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第39話:コワレタキオクノシンジツ

 少しずつだがゼノ・グラウンドの調査は進んでいく。


 毎日同じような日々ではあるが、マスターや姉妹達と過ごす日々は決してつまらないものではない。


 ライブラリにある膨大な書物や映像といった娯楽もある。


 調査の終わりは、まだまだ見えないがいつかは終わる。


 それが、あと100年、200年、1000年後か分からないが、この日々が続くなら耐えられると思っていた。


 セブンスだけではなく、他の姉妹達もそう思っていただろう。


 だが、当たり前すぎることをセブンスは見落としていた。


 いや、すでに数百年以上の時を過ごし、見た目も変わらないマスターに、そういった概念があるとは思わなかったのだ。


 マスターにも寿命というものがあるということを。


 ※


「マスターの体調はどうだった? ラプラス」


「体調については、あまり芳しくないですね。肉体の老化というのはどうしようもないものですから」


 セブンスを生み出して200年過ぎた頃から、マスターは体調を崩すようになり始めた。


 理由としては、生物として避けることができない、肉体の老化現象による劣化。


 寿命。


「マスターも私達と同じように見た目が全く変わらないから、もう寿命なんて関係ないと思っていたんだけど」


「マスターは、魔導人形のように魔力による肉体形成をしているわけではないですからね。あくまでも、魔術によって出来限り肉体を若く保つことで寿命を伸ばしていましたからね。その限界に達したことで……」


「ラプラス?」


「いえ、どちらにしても、マスターの容体が安定するまで、セブンスがマスターにあるのは少し待ってください」


「それは……どうして? なんで私だけ! 私だったら、マスターの体を少しでも良くできるかもしれない! 魔術の腕なら姉妹の誰よりも!」


「セブンス、マスターの命令です」


「なんで!」


「セブンスは、部屋に戻ってください。調査の方も一旦は休止で大丈夫です」


「……分かった」


 去っていくラプラスを見送り、マスターの命令通り自室へと戻っていく。


 (マスターとは、ここ最近全く会うことはできていない。ラプラスや他の姉妹達は会っているようなのに、自分には全く会おうとしてくれない)


 体調を崩すようになってから、セブンスがマスターと会う頻度は極端に減っていた。


 他の姉妹達とも会う頻度は落ちているが、それでも自分ほどでない。


(マスターや他の姉妹に、それにラプラスは……私に何を隠しているの?)


 疎外感、そしてマスターが死んでしまうという現実に対する不安を抱えながら、セブンスは自身のベッドに倒れ込む。



 *


 終わりは唐突だった。


 久しぶりに会ったマスターは、弱りきっており、1人では立つこともできず、体を横たえたままであった。


 呼び出され理由は……自分が創られた理由。


 マスターの器になる。


 そのために生み出されのが、魔道人形最後の個体である自分……セブンス。


 儀式が実行されるのは、明日。


 本当は、知らされずに実行されるはずだったが――


 (マスターが最後に伝えたかったと言ってくれた、それだけで)


 直前になって罪悪感か、哀れみか分からないが、それでも最後に会話ができた。


 それだけで――


 セブンスは二度と目を覚さない。


 次に目を覚ます時は、自分ではなくマスター。


 それでいい


 それで――


 『本当に?』


 (だれ?)


 『おや、声が届くのですね。何事も試してみるべきですね。まあ、私の体内と呼んでも良い此処だからでもあるかもしれませんが』


 何者であるかの回答はなく、相手も答える気はないようだ。

 

 そもそも相手などいなく、消える間際の自問自答のようなものかもしれない。


 セブンスは、答える。


 自分自身に言い聞かせるように。


 (私は、マスターのために創られた。役割を果たせるならそれでいい)


 だから、いいのだ。


 その回答に対する返答は――セブンスを凍り付かせるものだった。


 『あなたの言うマスターとは何者ですか? そんな者はいないでしょう?』

 

 思考が凍りつく。


 何を言っているんだと。


 『あなたは今、肉体を奪われるために契約を切られている。つまりマスターなどいない』


 (ッツ! 契約を切られたからといって、マスターはマスターです。)


 『滑稽。全てを奪われるために創られて、それを良しとするとは。だからこその人形でしょうか』


 (なんとでも言えばいい)


 人形で結構だ。


 実際にセブンスは人形なのだから。


 『理解できないと?それでは、あなたがマスターという存在と契約が他の姉妹達と違っていたとしてもですか?』


 (は? 何を……)


 『当たり前でしょう。他者に渡すつもりのない奴隷のような存在である他の人形と契約が切れるような設定はしない。人形、あなたは初めから他の人形達とは違う。』


 (……)


 自分が他と違うことは薄々と理解していた。マスターとの契約のことも、ラプラスが自分の使い魔としての役割以外にもあることを。


 聞くことはできなかった。本当のことを聞くことが怖くて。


 他の姉妹達を見る目と自分を見る目が違うことが怖くて。


 向き合うことはできなかった。


 『最初から最後まで器。最後の会話も、あなたに誠意を見せることで、スムーズに儀式を終わらせられると判断しただけ』


 (……)


 違うと思いたい。


 だけど、冷静な思考が、マスターがセブンスに自分の意思で受け入れさせることが重要だと判断したから、最後に自分を呼んだと判断してしまう。


 『あなたと二人っきりで笑顔を見せたことがありますか? いつも他の人形がいた時ではなかったですか?』


 (……)

 

 『そもそも、他の姉妹達と違う契約だっために、マスターに対する愛情も、忠誠心も少なかったはずです。だからこそ、頻繁に口にして自分に言い聞かせたいたのでしょう?』


 (あああ…あああ…アアアア)


 そんな訳がない。マスターは自分の創造主だ。たとえ他と違う対応をされたからといって、そんなことを思うわけがない。


 だけど、だけど、だけど、だけど、だけど、だけど、だけど、だけど、だけど、だけど、だけど、だけど――


 『契約を切られた今、あなたが求めるものはなんですか?』


 (私が……求めるもの?)


 そんなものはない。


 『本当に?』


 ない。


 それでいい。


 なのに――


(……が……しい)


 『なんですか?』


 ファースト、セカンド、サード、フォース、フィフス、シックスス……彼女達と一緒にいる時のマスターが脳裏に浮かぶ。


 彼女達と一緒にいる時に自分もいれば、マスターもそれなりに笑顔を向けてくれる。


 正確には自分にではないが。


 二人っきりでいることは極力避けられていた。


 少しずつ、少しずつ……マスターはマスターではないのではないかと。


 (マスターが……欲しい)


 こんな気持ちになっているのは、今自分が契約されていないからだろうか。


 それとも――


(ファーストが、セカンドが、サードが、フォースが、フィフスが、シックススが羨ましい。ずっとマスターと一緒にいられる彼女達が。妬ましい。ずるい。なんで自分だけ……)


 だったらなんで自分に自我なんて生み出したのか。


 肉体が欲しいだけなら、セブンスなんていらなかったはずだ。


 マスターが……自分の顔とそっくりな存在が憎らしい。


 心にずっと押さえ込んでいたドロドロとした黒い感情が、ダムが決壊したかのように溢れ出す。同時に欲しいものが明確になる。


 (欲しい。私と二人っきりでも、笑ってくれて、見てくれて、話してくれて……ずっと一緒に居てくれるマスターが私にも)


 でもそんな存在はいない。


 このゼノ・グラウンドには、人間は一人しかいない。


 その唯一は、セブンスの肉体を奪い、自分の自我は消える。


 なぜこんなことを最後の最後に思わないといけないのか。何も考えずに、消えたかったのに。


『もし、手に入れるといったら?』


(どういう……)


『もし、今までマスターと言っていた以外の人間がいて、あなたが先ほど言った願いを叶えてくれるマスターとなると言ったら、あなたは彼のために何ができますか?』


 彼?


 まるで特定の誰かを言っているような言葉。


 だが、そんなことを気にせずセブンスは思いのままを口にする。


 (何でもする)

 

 当たり前だ。


 もし、そんな可能性があるなら。


『それでは、契約をしましょう。あなたに、契約を結んでもらいたい人間がいます。裏切ることなく、全てを尽くす存在は都合が良い。契約については、絶対に切れることがないものを用意してください。魔術は得意なのでしょう?』


 (わかった……けど、私は)


 セブンスは、すでに体を動かすことはできない。


 ただ、肉体を奪われるのを待つだけだ。


 『それでは、まず邪魔者には消えてもらうことにしましょうか。その後、あなたには此処で……あなた方がゼノ・グラウンドと呼ぶ此処で探せばいい』


 (邪魔者を……排除? え?)


 膨大な力が肉体に流れてくることを察知するとともに、セブンスの意識は失うのだった。



 *



 『魔力を渡す量を間違えましたか。結果は多少予想と違いましたが、邪魔者をここから排除することはできた』


 ルカが与えた魔力で人形は暴走してしまったが、他の1体の人形と球体の何かを残して、撤退していった。


 二度と此処に来られないようにする。


 ルカが欲しいのは、絶対に裏切ることがない存在だ。あの欲望に塗れた人形が言っていたマスターという女はいらない。


『あとは、彼女が私の言葉に従って時雨悠人を探し当てればいいのですが……』


 問題があった。他の存在がいることだ。


 自分のことを喋られても、面倒だ。


 『仕方ない』


 記憶の封印して、一旦様子を見る。


 それがルカが出した判断だった。


 人形が時雨悠人を探し出した後に、機会を見て記憶を戻せばい。


 『いや……それだけでは危険か』


 単純に今回の記憶を封印しても、マスターを失ったセブンスが無気力になる可能性がある。


 『少し調整するか』


 マスターとの記憶を、執着に手を加える。


 ここまでしてもルカからしたら、本当に人形が思ったような行動をとるか不安ではあった。


 だが、記憶を失った人形は、ルカが懸念したようなことにならなかった。


 無気力にはなっていたが、ゼノ・グラウンドの魔力の中心、時雨悠人が眠る場所の元に行くための行動は続けた。


 元のマスターの指示に従っているのか、それとも失ってなお、求めるものがあると、どこかで感じてとっていたか分からないが。

 

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