第36話:あなたが欲しい
欲しいものがようやく手に入る。
どれくらいの時間が掛かったのだろうか。こういう時は、悠久の時とでも言えば、物語の主人公やヒロインが想い人との再会のために耐え続けた日々として美しく感じられるのかもしれない。
だが、アリアにとっては地獄のような日々であった。
いや――アリアのいる世界が地獄なのだから当然といえるだろう。
救いが欲しいのです。
救われたいのです。
愛したいのです。
愛されたいのです。
ここには、自分が求めているものがあると確信していた。
たとえ、周りから否定されようが、笑われようが、狂人と言われようが……だ。
そして自分は間違っていなかった。
時雨悠人
本当にいた運命の人。
(ようやく……それにしても、なんて)
綺麗な魔力――いや、無垢と言った方が正しいか。時雨悠人の魔力には、他者を癒し、悪いものを浄化する作用がある。
おそらく天性のものだろう。
気になる点としては、弱すぎることだ。
魔法を使えるのは驚きだが、その威力は大したことはない。この程度なのか、それとも本調子ではないのか、もしくは……
(力を失ってしまっているのか)
どれが答えかは分からない。
だが、それはアリアにとって些細なことであった。時雨悠人が強かろうが、弱かろうがどうでもいい。
ここにいてくれただけで、アリアは報われたのだから。
唇が触れ合う。
その瞬間、膨大な魔力を感知すると共にアリアは全身に大きな衝撃を受ける。
※
一瞬だが気を失っていた。遅れて体に鈍い痛みが広がってくる。
「……なに……が」
背中に冷たい壁の感触。どうやら、いつの間にか部屋の壁に吹き飛ばされたのだろう。
問題はどうやって吹き飛ばされたのか、だ。
アリアと時雨悠人の勝負は決したと言ってもよかったはずだ。
時雨悠人の肉体と魔法は、鎖で封じていた。あそこから、どうにかできるはずがない。
そのはずなのだが、目の前の光景は、そんなアリアの考えを否定するものだった。
膨大な魔力の渦だ。
その中心にいるのは、もちろん時雨悠人。
だが、魔力の渦は時雨悠人から放たれているものではない。
膨大な魔力の渦は、時雨悠人に吸い込まれているのだ。
その魔力の出どころは――
「周囲から魔力を吸収……どころじゃないですね。このゼノ・グラウンドの魔力が彼に集まっている!?」
不思議な話……ではない。そもそも時雨悠人は、ここの魔力の流れの中心にいたのだ。
だが、目覚めと同時に魔力の流れはなくなっていた。セブンスとラプラスは、時雨悠人を維持するためのクリスタルに使われていたと推測していたようだが。
その推測は、間違ってはいないだろう。一方で、その膨大な魔力を再度自身に集約できるとは思わなかっただろう。
アリアも目の前の光景を見なければ信じられないだろう。
時雨悠人がわずかな魔力を周囲から吸収していたのは気づいていた。それでも驚嘆すべきことではあったが、リスクを気にしないなら、難しいことではない。
だが、目の前の光景は、本人が無理やり吸収しているのとは違う。魔力が時雨悠人のもとに流れているのだ。
まるで魔力の流れが意思を持って、時雨悠人に向かっているように。
そして中心の時雨悠人とはというと。
(平然としてますね。まるで――)
今の状態が正しい姿と言わんばかりに。
だが、そんなアリアの予想は裏切られる。
「勇者……として戦うには、勇者の時の1割に届くか程度だから、無理かな。ズルな気がするし、正々堂々とは言えない。けど……これでも世界を救った元勇者。これくらいのズルは、ご褒美として許してもらうよ」
心が震える。
勇者という単語や、これでも1割なのかという驚き、そして世界を救ったと言葉に心が湧き立つ。
時雨悠人の言葉に嘘はない。この光景で信じない者はいない。何よりもアリアは、その存在を探して生きてきたのだから。
「うふふ、私は間違っていなかったのですね。」
「?」
世界に嫌われている。
この世界に生きている人類――元から生きていた地球人、異なる世界からやってきたアリアを含めた異世界人達、魔族、魔物……知的生命体と呼べる存在は世界そのものに嫌われている。
種が滅んでいないのは、世界の多少の手心か、または人類がしぶとい……生き汚いとでも言うべきなのだろうか。
そんな世界……星の体内とも言える、ここで守られ、目覚めた後も土壇場で大量の魔力が与えられる。
本物の勇者に出会えたのだ。
物語に出てくる勇者に。
いや――アリアが思うような勇者ではなくても、仮に勇者ではなくても良い。
瞳に映る、奇跡のような現象を起こしている人間なら、何者でも構わない。
だからこそ――
「絶対にあなたを手に入れますよ……私の運命の人」
「セブンスを返してもらうよ」
それぞれが求めるものを口にする。
そして、お互いに返答はしない。
勝者が欲しいものを手に入れる。
第2ラウンドが始まる。




