第35話:元勇者vs魔女 ③
ラプラスにかっこつけてしまったが、現状だと時雨悠人がアリアを力尽くでどうにかできる展望はない。
むしろ、負けるのも時間の問題と言ったほうがいいだろうか。
アリアからの攻撃は時雨悠人にとって苛烈の一言であった。
大剣による攻撃はもちろんだが、ステゴロによる攻撃も織り交ぜてきたからだ。
(自分もやっていたことだけど……読みにくい!?)
大剣と化した杖を両手で振り回してくる攻撃を反射神経のみで捌いていたのだが、アリアは途中から武器から手を離し、ステゴロによる打撃まで織り交ぜてきたのだ――大剣の攻撃も止めずにだ。
アリアの魔術によって大剣は空中でクルクルと回転しながら、攻撃の隙を生まないよう的確に攻撃をしてくる。しかも、魔術で浮遊しているので、空中からだったり、背面に回ってきたりとやりたい放題だ。
時雨悠人も勇者として戦ってきた時は、複数の光剣を周囲に浮かべて戦っていたので、文句は言えないが、相手にやられると非常に面倒で仕方ない。
勘弁して欲しい。
(攻撃する隙がないどころか、このままだと)
時雨悠人も複数の光剣を展開して、大剣の攻撃を捌いてはいるのだが、すぐに破壊されてしまう。
世界から魔力を吸い上げていることから簡単に魔力切れを起こさないが、魔力が追いつかなくなるのも時間の問題だろう。そして、アリアのステゴロに関しては……
「はい、はいっと、隙だらけですよ〜」
右、左と繰り出されるパンチが面白いくらいに時雨悠人の体を捉えていく。そして、時雨悠人がダメージ覚悟で攻撃しても、全て回避されるか、的確に防御されてしまう。
「この!?」
光剣による横薙ぎの一閃。万が一を考慮して斬撃にならないようにしているので、当たれば打撃に近いダメージが入る。当たればだが。
「よっと」
「まじ?」
アリアは、時雨悠人の光剣に乗っていた。ゲームや漫画でしか見られないような、振り抜いた剣に爪先で乗るかのように。
「ウグゥ!?」
アリアの蹴りが時雨悠人の顔面を捉える。
「すみません、足が出てしまいました。剣技もですが、体術もしっかりと覚えた方がいいですよ。時雨悠人様は、体の動きから何をしたいのか丸わかりですし」
「達人か何かで?」
「うふふ」
(やるしかないか……)
このまま戦っていても勝機は0と言っていい。だったら、無理やり捕らえるしかない。
光剣を消し、その代わりに全ての魔力を身体強化に注ぎ込む。
「よし!」
言葉と同時に、時雨悠人は突っ込む。
アリアは、空中に浮かせていた大剣を両手に戻して、突撃してくる時雨悠人を迎え撃つように構える。
構わずアリアの間合いに足を踏み込み、そのまま右手を伸ばす。
不思議そうな顔をするアリアは、大剣を叩きつけてくる。
その行動に内心ホッとしながら、時雨悠人は鎖を再び発生させる。アリア本人と自分に向けてだ。
その瞬間に、全身に凄まじい衝撃が発生する。体の臓器が致命的なダメージを受け、背骨も含めて体が折れたのではないかというほどの衝撃だ。
「これは」
「痛いのは慣れているのでね」
大剣に斬撃の効果はない。
アリアも自分同様に万が一を考慮しているのだろう。
だが、当たれば吹き飛ばされてしまう。それを防ぐために鎖で無理やり吹き飛ばされないようにしたのだ。
そのおかげか、大剣は時雨悠人の体に止まっている。
(これくらいの痛みは大したことはない。それよりも、向こうに先手を取らせる前に!)
勇者の時に四肢が吹き飛んだりするのは日常茶飯事であった時雨悠人にとって、痛みで動揺することも冷静さを失うこともない。
やるべきことを淡々と実行する。
鎖で縛られたアリアの体を自分の体へと引き寄せ、無理やり右手をアリアに触れるように伸ばし――その体に触れることに成功する。
『ラプラス、いまだ』
『ユウト、体が!』
「早く!」
思わず念話ではなく、叫んでしまうが、今更アリアに聞こえても構わないだろう。意図はバレているだろう。
『っつ!わかりました』
アリアの体を掴むと同時に、鎖は時雨悠人とアリアを一緒に巻き込んで拘束を始める。5秒間は無理やりにでも拘束し続けるためだ。
「肉を切らせて骨を断つ……でしたっけ? うふふ、実際に行動に出られる人は滅多にいないですけどね」
「離さ……ない」
アリアの余裕が消えないことに、嫌な予感がするが、その予感を振り払うように全力でアリアを拘束することに神経を研ぎ澄ませる。
「頑張っていただいたのは、嬉しいですが……解析は全て終えています」
その言葉と同時に二人を縛っていたはずの鎖が消失する。
「は?」
同時に時雨悠人の体は無理やりアリアの体から引き離される。
(これは……アリアの)
自分の白い鎖ではなく、鉛色の黒ずんだ鎖が時雨悠人の体を拘束していた。しかも、ただ拘束しているだけではない。
(魔力が!?)
光剣で切断しようとするが、鎖によって、体に宿る魔力そのものを押さえつけられているようで、発動させることができない。
そしてアリアの鎖の影響は、時雨悠人だけではなくラプラスにも及んだ
『ギ……グググ……アアア……』
『ラプラス!』
『…………」
魔力によって構成されているラプラスにとって、魔力を抑え込む鎖は致命的に相性が悪いのかもしれない。
(まずいな……拘束を力尽くで解くことも)
試しに力を入れてみるが、体に巻かれた鎖はびくともしない。
「チェックメイト……ですかね」
「魔眼……か」
アリアの瞳。正確にはセブンスの瞳だが、その目は普段のアクアブルーではなく、金色に輝き、時雨悠人を射抜いていた。
「込められている魔力自体はそれほどでしたが、複数の属性が入り混じっていたので、少し時間がかかりました。魔力そのものに癒しや浄化が付与されている人を見るのは初めてでしたよ。私が今まで見た魔力の色の中で、ここまで美しいのは見たことがありません」
「それはどうも」
「正直に言えば戦闘というよりも、人を癒したりすることに特化している魔力と言えるでしょうね。特殊すぎるので、私でも再現はできませんね。もっと、魔力を込めることができていたら、5秒以上は持っていたでしょうが……さてと」
「……」
「積もる話は後にして、一旦は勝負を終わらせましょうか。安心してください優しくしますよ♡ セブンスの肉体も私の元まで案内したらセブンスに返してもいいです。今更セブンスの肉体に固執する必要もないですから」
獲物を狙うような目をしながら、ペロリと唇を舌で舐めながらこちらにゆっくりと近づいてくる。その様子を時雨悠人は、内心諦めながら見つめる。
「ラプラスも壊さないでもらえる?」
「ラプラス……ですか。いいでしょう」
パチンという音とともに、ラプラスが時雨悠人の体から弾き出される。
「ギギギ……ユウ……ト……」
「ラプラス……ごめん」
弾き出されたラプラスは、周囲を鎖で縛られている状態であり、何かができるような状態ではない。下手に何かをさせないためだろう。
心のどこかでどうにかなると思っていた。
元勇者としてどこか自分なら「どうにでもなる」という驕りがあったのだろう。まさか、ここまで手も足も出ないとは思わなかったのだ。
(一番油断していたのは、自分だったのかもな)
だが、セブンスは取り戻すことは結局できる。アリアもセブンスの肉体は返してもいいと言っているし、なぜかアリアは時雨悠人に嫌われたくないらしい。だとしたら、嘘ではないのだろう。
本当なら戦わなくても、一応は目的を達成できたのだ。
けど――
(嫌だな)
自分を犠牲にしてセブンスやラプラスを助けられるなら、時雨悠人としては十分なのだ。
元々死ぬつもりだった命だし、軍の中で自由を奪われてもいた。大切な人を守るために、誰かのものになること自体は昔と変わらない。むしろ好意がある人間のものになるなら、軍よりもマシかもしれない。
だが、それでセブンスやラプラスが本当に救われるのだろうか。
肉体を取り戻したセブンスは、笑うことができるのだろうか?
アリアがラプラスやセブンスを大切に思っていないのは、ここまでの会話で確信できる。そして、ここで時雨悠人が負けたら二人も一緒に、アリアの元に戻ることになってしまうのではないだろうか?
(それは……ダメだ)
二人には笑顔でいて欲しい。そして自分も一緒にいたい。
「こんの……!」
「無駄ですよ。大丈夫です。時間はたっぷりありますから……♡」
必死に鎖を解こうとする時雨悠人を見て、頬を赤らめるアリアだが、そんな変化に気づく余裕は今の時雨悠人にはない。肉体に力を入れながら、なんとか魔法を発動させようとする。
するのだが――
「それでは……いただきます♡」
時雨悠人を拘束している鎖がジャラジャラと音を立てながら、暴れないように縛り上げる。
「ッツ!」
抵抗のために体を動かせなくなった時雨悠人の顔に、ゆっくりとアリアの唇が近づいてくる。
その光景に思わず時雨悠人は、目を瞑る――同時に懐かしい声が時雨悠人の耳に届く。
『おはようございます、時雨悠人。状況的に、もしかしてピンチだったりしますか? それとも特殊なプレイの最中だったりします?』
どことなくラプラスに似た口調ではあるが、全く違う、自分にとって一番付き合いの長い相棒――世界の声だった。




