第34話:元勇者vs魔女 ②
不思議な感覚だった。
ラプラスが肉体の中にいる。正確には重なっているだけではあるが、自分の内側に別の何かがいるのは初めての感覚だ。
「なるほど、ラプラスを守りながら戦うためですか。その状態でラプラスを破壊しようとするなら、時雨悠人様ごとになりますからね。」
「少しズルいかな」
「いえ、それくらいは別にいいですよ。ルールを決めたわけでもないですし。しかし……それでは、ラプラスからのサポートが難しいのでは?」
「覚悟の上だ」
ラプラスのサポートは制限される。どちらにしても、ラプラスには、アリアのアクセスを切る役割がある。
しかも、直接触れる必要がある。
そこで、ラプラスが提案したのは、時雨悠人がどうにかしてアリアに触れ、その間に時雨悠人の体内にいるラプラスがアリアのアクセスを切るという作戦だった。
(俺の中に入るって何だよと思ったが……本当に魔力で肉体を作ってるんだな)
ラプラスは魔力生命体だ。それが、どういった存在なのかイマイチ分からなかった時雨悠人だが、身を持って理解することができた。
魔力による肉体の構成。曖昧にすれば、他者の肉体に重なることもできるということらしい。
(本当にできるとは思わなかったけど……)
問題は、サポートによる魔術の支援が難しくなること。更に言えば、時雨悠人がアリアを捕まえたときに、すぐ対応できるように準備する必要があるので、そもそもラプラスのサポートは期待できない。
この作戦の問題としては、アリアを捕らえるまで、時雨悠人1人の力でアリアと戦う必要があることだった。
『魔術合戦は無駄です。セブンスの肉体、そして悔しいですがアリアは私より魔術の腕は上です』
『だとしたら、接近戦か』
右手に持つ光り輝く剣を肩に担ぎながら、構える。
そんな時雨悠人の意図を察してか、アリアは受けて立つかのように杖を構える。
『それしかないです。魔術による完全拘束やノックアウトは、私の立場としとは非現実としか言えないです』
時雨悠人としてもラプラスの意見には同感だった。僅かな魔術の応酬でも、今の時雨悠人には彼女を上回る魔術は無理だろうと。
アリアには余裕があり過ぎる。底がまるで見えず、観察のためか先手は全部渡す姿勢にまでなっている。
だからこそ、油断している内にどうにかする必要があるだろう。
(ごちゃごちゃ考えるのは、苦手だな。やるだけやる!)
「行くぞ」
「うふふ、どうぞ。先に言っておきますが」
アリアの持つ杖の先端が羽のように広がると、その間から青白い光のようなものが生まれ――大剣の刃のような形状へと変化する。
「私は、魔女と呼ばれていますが……体を動かすのも大好きですよ」
※
勝ち目がどれ程あるのかは、ラプラスにも分からない。
ラプラスだけなら0だっただろう。そもそも、アリアと取引することもできず、破壊されてお仕舞いになったはずだったろう。
だが、時雨悠人がいる。正直に言えば、3ヶ月前までは自分の力で立つこともできず、今もアリア相手に手も足も出ない状態の彼に賭けるのは、愚の骨頂と言えるだろう。
だが、彼がラプラスにとって、いやセブンス達魔導人形、そして創造主であるアリアが人生の大半の時間を費やして探した存在でもある。
時雨悠人に全てを賭ける価値はある。
(ユウトも私の作成を了承した。ならば私は、私でやるべきことをやる)
自分はセブンスをアリアから取り戻すための、最後の攻撃に備える。アリアが5秒もあればと言っていたが、本当かも分からない。
おそらく、アクセスが切れる点は嘘ではないだろうが、自分が5秒で可能かどうかは分からない。それに、アリアが土壇場で抵抗する可能性もある。
そのため、ラプラスもできる準備はする必要がある。
問題なのは、時雨悠人がアリアを捕えることができるかどうかだが。
(まずいですね)
時雨悠人は自分に強化魔法を使用した後に、光剣による攻撃を仕掛けているが、
「はいっと、よ、ほっと!」
「ぐ!」
アリアに簡単に捌かれてしまっていた。お互いに、魔力で作成した刃で応じているため、金属音ではなく、電気が放電するかのような音が刃と刃が接触するたびに発生し、魔力が迸る。
そして、魔力で生み出しているからこそ、剣に重さはないのだろう。時雨悠人は剣に重さなどないと言わんばかりに、縦横無尽に上下左右、突き含めて光剣を振り回している。剣の数も1つから2つに。二刀流になっており、それ以外にも鎖による攻撃も織り交ぜているのだが――アリアには全く届いていない。
「なんというか……時雨悠人様は戦い慣れているようには感じるんですが、剣技がお粗末ですね。それでは、私に一太刀も届きませんよ」
アリアが時雨悠人の剣を弾き、周囲からの鎖を一瞬で大剣による斬撃で切り捨てる。
そのままの勢いで、アリアは時雨悠人に大剣を叩きつける。
カーンという音と共に、一瞬で時雨悠人が貼ったバリアがアリアの大剣と接触する。
だが、拮抗したのは一瞬で、すぐにバリアはアリアの大剣によって破壊される――が、時雨悠人は既にアリアの大剣の間合いからなんとか脱出している。
(やはり、アリアは様子見というか、観察をしていますね。追撃はいくらでも可能でしょうし。ユウトは、何というか)
アリアの言う通り、戦い慣れているのはラプラスも感じている。咄嗟の判断もだが、戦いに対して怯えなどは一切感じられない。焦っている様子もない。
その割に戦い方が非常に雑なのだ。
だが、その答えは時雨悠人が口にする。
「こっちはずっと魔物と戦ってきたからな。人と戦うことなんてしたことなんでね」
「ふむ……だとしても、もう少し剣術を学んでも良かったと思いますよ。本当に剣を振り回しているだけですし」
「戦いに勝ってから考えるとするよ。別に剣士になりたいと思っているわけではないけどね」
「うふふ、それでは私が教えてあげますよ。手取り足取りね」
そう言うと、アリアは初めて自分から一歩時雨悠人に近づく。
「さて、何分持ちますかね?」
「……」
時雨悠人は沈黙でアリアに答える。だが、ラプラスに対しては違う。
『ラプラス、無理やりアリアを捕まえる。だから、その瞬間を絶対に見逃さないでくれ』
『どうするのです? 現状、全くその見込みがあるように見えないのですが?』
『うぐ……だけど、俺に全て賭けているんだろう?』
戦闘の光景を見れば、時雨悠人がアリアにあしらわれているのは誰でも分かるだろう。だが、不思議なことに時雨悠人の言葉には、絶望感はない。
普段とあまり変わらず、余裕さえ感じられた。
方法は言ってくれない。本当に考えがあるのか、それとも気合いのような根性論で言っているだけなのか。
だが――
『わかりました。ご武運を』
ラプラスは時雨悠人を信じることにしたのだ。ならば、貫くべきだろう。




