第32話:負けられない戦い
アリアが自分に固執していることは分かる。
なぜ自分なんかに固執しているのか分からないし、時雨悠人と結婚することのメリットも分からない。
一度も会ったことないのだから、アリアが時雨悠人に好意を感じる理由も分からない。
(言葉や態度は俺に好意があるように感じるが、マジでなんで?って感じなんだよな)
それとも自分がズレているだけなのか。
どちらにしても、一度は失った命だ。人間らしい日々を与えてくれたセブンスのために、体だろうが、命だろうが、いくらでも賭けることなどわけない。
(まあ、向こうは命じゃなくて、俺に何かしたい? させたい? のだろうけど……)
どちらにしても、アリアの返答次第――なのだが。
「えっと?」
時雨悠人は、自分なりに考え、真面目に覚悟して、向こうの望みである自分を勝負の賭けにしたつもりなのだが、どうもアリアの様子がおかしい。
何故か口をぱくぱくしている。
少し馬鹿っぽい感じになっているのだ。
そんなアリアに向かって何かを言うべきかと悩むと、
「ユウト! そんなことを言っていいのですか? もし負けたら一体何をされると思って!?」
「何をって……向こうが言うには、結婚なのか?まあ、別に俺のことはどうでもいいというか」
「よくないです! もし負けてユウトとあの女が結婚してしまったら、仮にセブンスが肉体を返してもらっても、目の前でNTRの光景を見せられるだけです。しかも二重の意味で! わかっていますか? セブンスの脳を破壊する気ですか!? 私の脳も破壊されますよ!?」
NTRって何?
セブンスの脳が破壊される?
今までラプラスと短い期間ながら2ヶ月ほど過ごしていたが、時折よく分からない単語を言ってくる。
セブンスは知らなくても良いと言っていたが、ここに来て知ろうとせずサボってきたのが裏目に出ている気がする。何を言っているのか分からん。
まさか、物理的にセブンスやラプラスの脳が破壊されるわけじゃないよね?
そんなラプラスの勢いに若干混乱している間に、考えがまとまったのか、アリアが時雨悠人の提案について確認をしてくる。
(横目で見ていたが、口をパクパクさせていたと思ったら、物凄い勢いでスゥーハーと深呼吸してたもんな)
想像以上に自分の提案がとんでもないのだろうか?
元々、向こうが取引内容として求めていたものを、戦いの勝利条件にしただけだ。いや、自身を好きにして良いと言ったから、一応はアリアの取引時の条件よりも上げているのか。
条件を飲んでくれるならどちらでもいいのだが。
「時雨悠人様、好きにして良いというのは、一体どこまで好きにして良いか伺っても」
「どこまでって言われても……別に結婚でも夫婦でもいいけど。会ったばかりの人間をすぐに好きになるのは俺には無理だと思うぞ? 愛し合うと言われても、まだ好意を持っていない人間に愛を感じないし。まあ、心情的な部分は難しいが、できることはやってあげるよ」
「ユウト……あの女が言っている愛し合うは、そういう意味ではないと思いますが」
愛し合うの意味が違う?
まあ、どちらでもいいだろう。果たして自分の回答はアリアが知りたいことなのだろうか。
「それとも、俺の体を研究者みたいに調べたいのか? ずっと調査していたゼノ・グラウンドの目的が俺だしな」
研究のために何かをしたいのか。勇者としての力のない今の自分に研究対象としての価値があるか分からないが、興味はあってもおかしくはないのだろう。
正直に言えば、勘弁して欲しいが、セブンスを取り戻すためなら仕方がない。
「体を調べる……いえ、研究者としてですか。興味がないとは言いません。いえ、私が勝てばどうにでもなるということですね。それに最初は愛情がなくても、時間があればいくらでも……フフフ……いいでしょう。本当はもっと穏便に済ませたかったですが、時雨悠人様、その勝負を受け入れます。もし、あなたが勝てばセブンスの肉体を返します。私が勝てば、あなたを好きに、いえ、あなたを貰った上で好きにさせて頂きます♡ それでいいですね?」
「それでいい」
食い気味に話しかけてくるアリアに対して、頷いて了承する。
覚悟を決めた提案が、なんだか妙な雰囲気にしてしまったことに戸惑っていた時雨悠人だが、とりあえず承諾を得たことにホッとする。
「待ってください! ユウト、根本的な問題が解決していません。アリアが本当に約束を守るかどうかです。あなたは、彼女が約束を絶対に守ると思っていますか?」
守るわけがない。言外にそう言っているラプラスの気持ちは時雨悠人も理解している。
「そこに戻るのですね。確かに解決はされていませんね。私も時雨悠人様からの魅力的な提案に動揺してしまいましたが……しかし、提案をしたと言うことは、私のことを信じるしかないと思ったからでは?」
「いや、信じていないよ。だけど……守らせる方法はある。もし、アリアが約束を破ったら、俺は自分で自分を殺すことにするよ」
「!?」
「ユウト、それは……」
「気が遠くなるような長い年月にわたって俺を……いや、正確にはゼノ・グラウンドの秘密を追ってきたのだろう? あなたの言葉を信じるなら、セブンスの肉体を手放しても、ゼノ・グラウンドの外に本体があるあなたは、ここで万が一負けても次がある。だけど、嫌がらせか何かでセブンスの肉体を破壊したり、約束を破って肉体をセブンスに返さないなら――」
一旦ここで、言葉を止める。先ほどまでの余裕のある笑みは失われていた。
そんなアリアの様子に内心自分の思惑は大丈夫だろうと安心する。
「アリア、1000年以上探し求めていた俺という成果は失うことになる」
「……いいでしょう。時雨悠人様、あなたの戦いの条件を嘘偽りなく飲みます。代わりに、そこまでの覚悟があるなら、私が勝った場合は、本当にあなたの全てを貰いますし、あなたを好きにさせてもらいますよ?」
「さっきも言ったけど、もちろんだ」
「それでは、勝負方法ですが……殺し合いではないですし、負けを認めさせ合う戦いも意味がないですね。拷問のような手段は今後のことを考えると意味がないですし」
「……アリア、あなたからのセブンスのアクセスをどうやっているか教えてもらっても? それを解除できたら私たちの勝ちというのはどうですか? もちろん、嘘はなしです」
勝敗の付け方に悩むアリアにラプラスが自分たちの勝ち方について提案する。
確かに、それを教えてもらえるなら勝負に有利になる。
(教えてくれるものなのか?)
アリアにとっての生命線でもある。わざわざ教えるとは思わないのだが。
そんな時雨悠人の不安をよそに、アリアはあっさりと承諾する。むしろ、ラプラスの提案がベストだと思ったかのように。
「確かに……それで勝負がついたとした方が分かりやすいか。構わないでしょう。その代わり私の勝ちとしては」
アリアはラプラスに目を向けていた視線をすぐに時雨悠人に戻す。
時雨悠人の負けの条件。
アリアの負けは、アリアのアクセスがラプラスから切れるのだから、一目で分かるだろう。
問題は、自分だ。言葉で「負け」というまでは論外だろう。時雨悠人としては助かるのだが、まず間違いなく自分は言わない。
おそらく、それは向こうも分かっているだろう。無理やり言わせるのは、アリアにとっても都合が悪いようだし。
一方で、自分も自分の負けをどう提案するべきか分からない。
「では、こうしましょう! 私の勝ちは、時雨悠人様に口付けをすること。どうですか?」
「口付けって…………キスという認識で合っている?」
「もちろんです! あなたを私のものにするという意味では、一番相応しい終わり方でしょ? 了承していただけるなら、セブンスのアクセスの切り方を教えてあげますよ」
「わかった。それでいい」
ペロリと唇を舐めるアリアに、背筋が何故かゾクゾクする感覚を不思議に思いながら、了承する。
ただ捕らえられるだけではなく、キスされるまでの時間を稼げるなら、向こうもそれなりに難易度が高いだろう。女の子を助ける戦いで、敵と言っていい相手の女の子にキスされて負けるというのは、あまり戦いの体裁が良くないのは承知しているが、こちらの方が状況的に分が悪いことを考えると妥協せざるを得ないだろう。
「ユウト……いえ、やむを得ないですね。アリア、あなたのアクセスを切る方法とは」
「そうだね……だったらラプラス、あなたが直接触れることができたら、私にアクセスできるようにしてあげる。あなたなら5秒もあればどうにかできるはずよ。外部からアクセスは許さないのは継続させてもらうけど」
「やはりバレていたからですか。わかりました。それで十分です」
「それじゃあ」
「ええ、はじめましょうか!」
勇者としてではなく、女の子を救うための時雨悠人として初めての戦い。
不謹慎だと思いつつも、心が躍る時雨悠人だった。




