第30話:アリア=エンディミオン
「アリア=エンディミオン? それにマスターって一体……」
「言葉のままですよ。セブンスから聞いていますよね? この場所をゼノ・グラウンドと名付け、研究施設を建設して、ファースト、セカンド、サード、フォース、フィフス、シックス……そしてセブンスとラプラスを創り出した者。それが、私です」
「ッツ」
自己紹介をするようにアリア=エンディミオンと名乗ったセブンスそっくりの女性は、自分こそが魔導人形を生み出したマスターであると時雨悠人に告げる。
そんな訳がないと言葉にしたいが、それができない。
目の前の存在が、セブンスではないと直感が既に理解しているからだ。
だとしたら、本当にセブンスではなく別人?
突然現れたセブンスに似たアリアという女性を前に考え込む時雨悠人だが、
「そんなことよりも、本当にいらっしゃったのですね!」
呆然とする時雨悠人を置き去りにして、魔法陣の中心から時雨悠人の目の前まで駆け寄ってくる。
「心のどこかであり得ないと思っていました。所詮は、膨大な魔力のエネルギーの結晶程度のものなのではないかと、全て無駄なのではないかと、何度思ったことか」
「何を!」
伸びてきた白い手は、有無を言わさず、時雨悠人の顔を挟む。
「ああ、よく顔を見せてください。時雨悠人様」
「何で……俺の名前を?」
アリアの両の手を跳ね除け、後ろに下がりながら、自身の名前を知っていることを問う。
まだ、時雨悠人は目の前のアリアという女性に名乗ってはいない。
「ん? 先ほど言ったじゃないですか。この肉体を創ったのは私だと。セブンスの記憶から引き継いでますから、あなたの名前も、セブンスとラプラスがどのように過ごしたかなんて分かりますよ。む、それにしても羨ましい。私も、あなたのお世話をしたかったです。」
天井は崩落し、壁には大きな穴があり、不気味な魔法陣がある薄暗い部屋の中で、目の前の女性は、意中の相手が他の女性と仲良くしていたことに嫉妬するような表情を見せる。
まるで恋する女の子のように。
だが、そんなことよりも時雨悠人は看過することができない言葉をアリアに聞く。
「…………肉体を奪った?」
セブンスの記憶を覗き見ていたのか、プンスカしているアリアは、時雨悠人の言葉に対して、
「奪った? それは違います。元々、セブンスの肉体は私の肉体にするために創ったものです。私が魂を移すまで管理させていただけです。まさか、そのまま持ち逃げされるとは思わなかったですが……こうやって、返して貰ったのです」
何を言っているんだ?
それが、今の時雨悠人にとっての感想だった。
目を覚ましてから四六時中一緒にいた女の子。
体の動かない自分の世話に対して文句を言いながらも世話してくれた。
温かい食事を作ってくれた。
最近は、一緒に映画を見たり、肩を並べて本を読んだりもした。
先ほどはラプラスと一緒にどうやってセブンスを外に連れ出すか、もしセブンスが記憶を取り戻したら、どうやって助ければいいのかを考えていた。
勇者としてではなく、時雨悠人として生きていると実感できる日々――そんな日常の幸せや、悩みを与えてくれた存在が突然奪われた。
そんな今までに感じたことのない凄まじい消失感に苛まれそうになる時雨悠人だが、
「1000年前にセブンスに断られたと聞いたけどな……マスター殿。悪いけど、セブンスに返して貰っていいか?」
無理やり言葉を絞り出す。
ここで、判断を誤れば取り返しのつかないことになる気がしたからだ。
それこそ、セブンスと二度と会えないという可能性に。
「そんな表情もできるのですね。セブンスの記憶にはないですね。フフフ……嬉しい。それにしても、私が一度失敗していることを知っているのですね」
「ラプラスから聞いた。今更どうやって、セブンスの肉体を奪ったのかは分からないが……返して貰えるか?」
「ラプラスですか。アレは、お喋りですからね。」
「……答えて貰っていいか?」
「返してというのは語弊がありますね。何度も言うように、この肉体は私のものです。それに、セブンスも了承してくれていますよ」
「だったら、一度セブンスに変わってくれ。直接話を聞きたい」
「セブンスの自我はもうないので無理です」
「っつ!」
自我がない。その言葉に、時雨悠人の視界が歪む。
(セブンスが……もう……いない?)
こんなにも突然終わってしまうものなのか?
何よりも、セブンスが了承したというのを時雨悠人は信じたくなかった。
「なんで、セブンスが……」
「セブンスにとって、マスターである私が全てです。1000年前の時も……他の人形達には止められていましたが、こっそりと儀式の前日に創り出した理由を告げて、本人にも了承を貰っていました。なぜか暴走を起こして、私を拒絶する結果になりましたが」
「何故……今更?」
ここにはマスターであるアリアはいない。事件があったのは1000年前だ。それなのに今更、セブンスの肉体にアリアの魂が移動するのは何故だ。
そんな当たり前の疑問を時雨悠人は口にする。
その疑問が解消しても、結果は変わらないとしてもだ。
「ラプラスに聞いたと言うことは、セブンスが当時何があったか覚えていないのも知っている?」
まるで教師が生徒に難しい問題の答えを優しく諭すような口調でアリアは喋る。
「ああ」
「セブンスが思い出してくれたから」
「思い……だした?」
「そう! セブンスが当時のことを思い出したの! 何があったか、自分が何をしてしまったのかを! 同時に、記憶と一緒に封印されていた私の魂も解き放たれることになったの」
「それで、セブンスはマスターであるあなたに肉体を譲ったと?」
「うん! その通り!」
時雨悠人の言葉にビシッと指を差して肯定する。
そのアリアの態度に怒りを感じると同時に、目の前のセブンスのマスターは、セブンスそのものに何の愛情も感じていないのだろうと思ってしまう。
同時にセブンスが話していた思い出との相違に違和感を感じる。
(セブンスは、マスターと良好な関係を……それこそ、一緒に映画を見たり、ゲームとかしていたはずだ。ふざけ合った話もしていただろう。なのに……)
そんなセブンスの思い出が本当なのかと思えるほどに、アリアはセブンスを自分の肉体のスペアという認識以上の感情を持っていないように思えた。
「突然のことで色々と混乱するのは分かるよ。私も突然肉体を手にしたことで、少し暴走して天井や壁に穴を開けちゃったし。私もまだ冷静になれていないの」
時雨悠人を気遣うように肩に手を置きながら、アリア本人も、自身が冷静ではないことを告げる。
だとしたら、時雨悠人の違和感もそこにきているのかもしれない。
一方で、アリアの言葉を簡単に受け入れていいのかも時雨悠人には分からなかった。
「とりあえず、一旦部屋に戻ろう。質問には何でも答えてあげるから」
さっきまでは、無理やりセブンスの肉体を奪ったなら、どうやっても奪い返すという気持ちでいた。
だが、本人が望んでおり、どうやってもセブンスを戻せないのなら。
何よりも、やりどころのない怒りをアリアにぶつければ、結局はセブンスの思いを蔑ろにすることになるだろう。
時雨悠人は、目の前のセブンスの肉体を手にしたアリアに対してどうしようもない怒りと、やるせなさ、そして消失感から何も言い返すことができなかった。
受け入れるしかないのだろうか。
答えが纏まらないまま口を開く時雨悠人の声は、
「俺は――」
すぐに止まる。
その時雨悠人の容姿にアリアは不思議そうに首を傾げているが、本人は気づいていないのだろう。
自分の肉体に起こっていること、その瞳から涙が流れていることに。
(セブンス……)
目を瞑り、心の中で彼女の名前を呟く。
決意は固まった。
勇者の時のように流されたまま、戦っていた時とは違う。自分で自分の行動を決める。もしかしたら、間違っている可能性もある。
それでも自分の直感を信じる。
時雨悠人は自身の右手に光輝く剣を生み出す。勇者の時と比べたら、塵のような魔力で生み出された剣だ。
その剣をゆっくりとアリアに向ける。
「何のつもりですか?」
本当に不思議そうにアリアは時雨悠人を見つめる。そこには恐怖もなければ、怒りもない。おそらく、時雨悠人の剣に全く脅威を感じていないのだろう。
「何故かな……ただ、ここであなたの言葉を受け入れたら、本当に二度とセブンスと会えないと思ってね。涙……気付かないか?」
「なみ……だ?」
アリアは自分の頬に伝う涙を掬い、驚いたような表情でパチクリする。
「悪いけど、あなたの言葉を信じるわけにはいかない。セブンスの肉体は返して貰うよ」
「完全に悪者扱いですね……それも含めて、まずは話し合おうとしているのですが。セブンスもマスターである私を疑われて悲しみますよ? 何よりも、私と戦ってどうやってセブンスを取り戻すのですか?」
「それは――」
その通りだ。仮に自分が勇者としての力があったとしても、どうにかできるか分からない。
だが、何を言い返せばいいか分からない時雨悠人の代わりに、もう一人――セブンスを何よりも大切に思う使い魔が会話に割り込む。
「くだらない嘘と妄言は終わりにして貰っていいでしょうか? セブンスの肉体は返して貰いますよ」
ラプラスの声が部屋に響く。




