第29話:終わりの始まり
ラプラスが部屋から出ていくのを見送った時雨悠人は、部屋の電気を消し、ベッドに体を預けていた。
「どうするかな」
時刻は既に夜中の1時を回っていたが眠気は全くない。
ぼんやりと天井を見ながら、先ほどまで話していたラプラスとの会話を思い出していた。
(セブンスが記憶を思い出し始めている……か)
ラプラスが把握しているのは、夢の中でマスターがセブンスの体を求める言葉だけという話で、起きたセブンスは覚えていないらしい。
ラプラスは、マスターはセブンスに儀式のことは伝えなかったと言っていた。
だが、暴走していた時の記憶があるのか、それとも実は知っていたのか。
そうでなければ、夢の中で創造主が自分の肉体を奪うような発言をさせるはずがないだろう。
問題なのは、ラプラスも、セブンスが暴走した時の記憶がない理由を知らないこと。
(セブンスが暴走した理由……か)
こちらも不明。
そもそも、セブンスを含めた魔導人形達は、契約の有無に関わらず創造主に逆らうことはできないらしい。
仮にセブンスが、その辺りを制御している術式に手を加えようとすれば、他の術式がセブンスの動きを封じるといったように、複数の安全弁が設けられていたとセブンスは言っていた。
どうやって、それらの術式を破ったのかは不明。
さらに言えば、ファーストとの戦闘では、明らかにセブンスは本来搭載されていない力を使っていたらしい。
純粋な戦闘力で一番のファーストが、ラプラスとの二人掛かりでギリギリなのも本来あり得ないということだ。
(分からないことは多いが……そこを考えても仕方がないよな。一番大切なのは、セブンスを死なせないこと。そして一緒に外に……か)
自分とラプラスが説得すれば、外に連れ出すこと自体は難しくないとラプラスは話していた。
問題なのは、外に連れ出せた後と、記憶が戻った場合だ。
マスターや他の姉妹たちに刃を向けたという事実。何よりも、マスターに肉体を奪われそうになったということ。
それらが、セブンスにどのような影響を与えるかは未知数だ。
最悪、自死の危険もある。
一方で、セブンス本人のマスターに対する思いが薄らいでいるとも、ラプラスは話していた。
何よりも、時雨悠人と一緒にいる時間を本当に楽しんでいる――とラプラスは言ってくれた。
(本人から聞いたわけではないけど、もし本当なら嬉しいな)
自分と一緒にいて楽しんでくれた人なんて思い浮かべることはできない。もし、本当なら自分にできることなら何でもしたいというのが時雨悠人の心からの本音だ。
「明日になったら、とりあえずセブンスに――」
セブンスとラプラスと共に、このゼノ・グラウンドから外に行けるように頑張ろうと決意する言葉は、施設全体に響き渡る破壊音によって遮られるのだった。
(何が!?)
急いで廊下に出ると、廊下のライトは危険を示す赤いライトが点滅しており、施設全体に鳴り響くサイレンの音と合わさり、100人中100人が異常事態が起こったことを察知できる状態になっていた。
「何が……魔物からの攻撃でも受けているのか?」
時雨悠人の脳裏によぎるのは、今日討伐した巨人や竜の姿だ。
危険ではあるが、セブンスとラプラスがいるなら、対処は難しくないだろう。
「だからと言って部屋で寝ているわけにいかないし……」
とりあえず、セブンスの部屋に向かってみようかと思うと、再度施設を揺らすほどの衝撃が襲う。
「は?」
時雨悠人の視界の少し先を巨大な光線が一瞬で過ぎていったのだ。
「何……が……」
光線が過ぎていった方向に目を向けると、進路方向にあったものは綺麗に消滅させていったのか、研究所の外を隔てる壁まで綺麗にトンネルのように抉られていた。
そして、肝心の光線の進路方向とは逆に目を向ける――
※
状況を理解することなど全くできなかったが、突然の攻撃を研究所内部から起こした存在の元に向かうのに躊躇いはなかった。
2回目の攻撃は来ない。
サイレンの音だけが鳴り響く研究所の中を歩き続ける。
ほどなくして、原因の場所に辿り着く。
普段から食事を食べるために活用している大広間よりもさらに大きな部屋……だった場所に辿り着く。
天井は吹き飛ばされており、ゼノ・グラウンドの洞窟の天井を確認することができた。
(さっきの攻撃を天井にも放ったのか?)
そんなことをぼんやりと考える。
辺りを見回すと、天井の崩落によって瓦礫だらけになっているが、この研究所の中でも異質だったであろうということが窺えた。
床には、円形の魔法陣のようなものが描かれており、その中心には人が座るための椅子が二つ置かれていた。
時雨悠人は、研究所で2ヶ月過ごしていたが、まだ足を運んだことがない場所だ。
だが、ここがどのような用途のための部屋だったかを察することはできた。先ほどのラプラスの話で出てきた、マスターの魂をセブンスに移すための儀式場なのだろうと。
だが、それは今問題ではない。
部屋の中心にある、二つの台座の前に一人の女性が立っていたからだ。
身長は、時雨悠人と同じ170センチあるかどうかだろうか。
夜に浮かぶ月のようなプラチナブロンドの長い髪に、白を基調とした法衣のようなものを着ており、その手には女性の身長と同じくらい長い白い杖。
何よりも、その容姿は14歳ほどの見た目のセブンスを成長させたようなものであった。
幼さが抜けて、大人の雰囲気を醸し出しながらも、神様が創造したような物語の中で登場するような美しさはそのままである。
「セブンス……なのか?」
恐る恐る声を掛ける。
視線の先にいる女性は、目を少し細め、口元に笑みを浮かべながら、鈴のような無邪気な声で答える。
「セブンス? いいえ、私はセブンスではないですよ」
「違……う?なら、一体?」
間違いなくセブンスだろうと思いながらの質問に否定で返される。
背中を嫌な汗が流れるのを自覚する。姿形はセブンスを少し大人にしたような目の前の女性。
何らかの方法で少し大人のような姿になったのだろうという時雨悠人の予想が外れたのなら、一体どういうことなのか。
そんな戸惑う様子を見せる時雨悠人をじっと見つめるセブンスのような女性は、自分の右手を胸に当て、無邪気な笑みを浮かべながら自身の名前を告げる。
「私の名前は、アリア=エンディミオン。この肉体のセブンスを生み出したマスターです」




