第27話:儀式と暴走
「それでは、始めますよ」
「はい、マスター」
セブンスは、この日のために描かれた魔法陣の中心に置かれた2つの椅子の内の1つに座らされている。
何をされるかは知らされず、ラプラスを通じて強制的なスリープ状態となっている。
何も知らせなかったのは、抵抗させないため。創造主であるマスターの命令ならセブンスは、おそらく従うだろう。だが、儀式をする上でマスターとの契約を切る必要がある。
セブンスの肉体に契約が残っているのは、マスターがセブンスの体を乗っ取るのに不都合であったからだ。
だからこそ、万が一のリスクを考慮して、セブンスには何も知らせず儀式は実行された。
結果は――失敗であった。
途中までは上手くいっていた。そう、途中まで上手くいってしまったからこそ、最悪の結末を迎えてしまった。
魂は、セブンスの肉体に宿ることに成功した。
だが、セブンスの肉体は、マスターの魂を拒絶し弾き返してしまったのだ。
※
「どうして、どうして、どうして、どうして、セブンス! あなたは私が作った! 私の魔力に適合するようにした! 私の魔術をより高みへと引き上げるように調整した! あらゆる属性を使えるようにした! 私に相応しく、私が、私が私が……その体は私のものだ! この体のままでは……時間が足りない! ここに私の運命の! それなのに、それなのに!」
「マスター、まずは体の回復を! フォース、お願い!」
セブンスに拒絶された時にマスターの魂は大きなダメージを負い、それは精神だけではなく、肉体にもフィードバックされていた。
眠っていたセブンスがどうやってマスターの魔術を弾いたのかはわからない。そもそも、セブンスの責任だったのかも実際は分からなかった。
マスター本人のセブンスの体を自分のものとする儀式が失敗していた可能性もあっただろう。
だが、そのようなことを考える余裕はなかった。
「セブンス?」
様子を見ていた姉妹の誰かが震える手で、自分達を――否、その背後にいる眠っているセブンスを指差す。
誘われるように、ラプラスが振り返ると――セブンスの瞼が開いていた。
「セブンス、どうして」
深い眠りに入っていたはずだ。本来は起きるはずがない。
声に呼応するように、セブンスは俯きながらも、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
その様子にマスターも姉妹達も、そしてラプラスも数秒呆気に取られた。だが、意を決したように、姉妹の一人であるフィフスが前に進み出る。
その顔は、怒りに染まっていた。
フィフスはセブンスと仲が悪かった訳ではない。それは、他の姉妹達にも言える。だが、それ以上にマスターは絶対だ。そのマスターがセブンスによって傷つけられたのだ。たとえ、どのような理由だったとしても許せなかったのだろう。
「セブンス! あ、あなたのせいでマスターがっ!?」
セブンスに掴みかかろうとしたフィフスは、一瞬でラプラスの視界から消える。遅れて真横に大きな破壊音が鳴り響くのだった。
「これは!?」
原因は明らかだった。セブンスが、フィフスを破壊音がした方向に吹き飛ばすように杖を振り抜いていたからだ。
セブンスは、パワータイプではない。魔術がメインだ。しかも、サポートタイプ。
間違っても、杖の一振りで魔道人形を吹き飛ばせるような性能はないはずだ。
(しかし、実際には目の前で……)
混乱するラプラスを余所に状況はさらに悪くなっていく。
「あ、あああ、あああああああああ。嗚呼アアアアぁァぁぁーーーーーー」
正気を失ったかのような叫び声を上げるセブンスを中心に膨大な魔力が渦巻く。
(この魔力は……!?)
セブンスはサポートタイプだが、戦闘が不得意というわけではない。マスターの器としての役割があることから、むしろスペックは非常に高い。そのため、姉妹同士の戦闘訓練のデータや、ゼノ・グラウンドの戦闘データもラプラスは保有している。
だが、セブンスが纏っている魔力は、そのデータをはるかに上回るものだった。
驚愕するラプラスを余所に、事態は進んでいく。
「みんな! マスターを連れて下がって、下がって! セブンス! 止めなさい!」
一番戦闘力の高いファーストが前に進み出ながら、他の姉妹達にマスターの守りと、この場からの離脱を命令する。その表情と声には余裕は一切ない。
「アアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
叫び声と共に、空中に氷柱が生み出され――放たれる。
「この!」
ファーストは、その氷柱を右ストレートで叩き壊す。ファーストは、セブンスのように魔術を使えるわけではないが、身体能力は姉妹で一番であり、その身一つでゼノ・グラウンドの魔物を駆除することができる。
「やる気のない戦闘訓練とは大違いね」
1つの氷柱で終わることはない。
途切れることなく、氷柱、風の刃、火の槍、雷の網などあらゆる魔術が放たれる。
その攻撃を全て叩き落とすファーストだが、物理的に叩き落とせない電撃などは、受けざるを得ない。
「この程度!」
叫び声と共に、ファーストはセブンスに突貫する。ファーストに攻撃が殺到しているが、それらを無視して正面からセブンスに接敵する。ファーストの一撃は、戦いを終わらせる威力がある。
下手に守りに入るより、ダメージ覚悟でさっさと勝負を決めた方が良いと判断したのだろう。何よりも、施設が無視できないほど損傷する可能性もある。
どちらにしろ、ファーストに他の姉妹が勝つことはできない。そのように設計されているのだから。
だが――
「マジ?」
思わず、ファーストが普段のような軽い口調で、しかし、間違いなく引き攣ったような表情で目の前の出来事に戸惑いの声を漏らす。
それはラプラスも同様だった。
セブンスは、ファーストの拳を受け止めていたからだ――魔術障壁ではなく、生身の掌で。
バキバキと床が衝撃でひび割れる。ファーストとセブンスの力勝負の影響で、互いの両足によって床が砕かれているのだ。
「あり得ない――本当にセブンスなのですか?」
二人の戦闘を呆然とラプラスは見つめていた。セブンスとファースト、マスターや他の姉妹の直線上にいなかったため、攻撃が来ることがなく、眺めていることができたのだ。
「ラプラス! 協力しなさい!」
「っ!」
ファーストの声にラプラスは、自分が何をすべきかを結論づける。
止めなければならない。
「セブンスの魔術はできる限り防ぎます。ファーストは?」
「それはいい! それよりも、セブンスを正気にするか止めるか、無理なら少しでも隙を作れるようにして! 長引いたら、施設がもたない!」
なんとか右ストレートを振り抜くことができたファーストが叫ぶ。
「わかりました」
ラプラスは、そのファーストの指示に従う。
だが、ラプラスは、ファーストの懸念を防ぐことができるとは思えなかった。
セブンスは、杖の先端を槍のような形態変化をさせながら、周囲には数多の魔術を展開させていたからだ。
「……ファースト勝てますか?」
「はぁ……ラプラス、作戦変更。悪いけどマスターに伝えに行って」
「なんと?」
「施設から脱出するよう、伝えて」
※
戦いは3日に及んだ。
ゼノ・グラウンドの辺り一面にクレーターが作られ、抉られたような横穴が多数作られた。
物理的な損害だけではなく、マグマの池のようになった箇所、果ては凍てつく氷の世界のようになった箇所など、今後の調査をしていく上で、大きな障害になるような空間まで生まれてしまっていた。
だが、それでも結果だけで見れば最悪は避けることができていた。
なぜなら、ファーストがなんとか、施設の外にセブンスを追い出すことができたため、施設の崩壊は防ぐことができたからだ。
そして、ファーストとセブンスの戦いの結果は――ファーストの勝利によって終わった。
「ハァハァ」
「終わったようですね……セブンスは?」
「殺しては……いない。だけど……」
気を失い、地面に倒れたセブンスを見下ろしながら、ファーストは言葉を続ける。
「どうするべきかは、マスターに決めてもらうしかないわ。その決断次第では……」
「そうでしょうね。ただ、まずはセブンスが目を覚ました場合の危険性を考えなければならない。」
目覚めても暴走が収まっていない可能性も十分あるのだ。
危険を考えるなら破壊するのが一番だろう。だが、セブンスはマスターの肉体としての役割がある。今回は儀式に失敗したが、再度試すことも考慮するべきだろう。
だが、何よりも――
「セブンスを……妹を殺したくない」
「マスターの命令だったとしてもですか?」
「まだ……されていないわ」
「でも、マスターの儀式は止めなかったですよね? 成功していれば死んでいたと思いますが」
「マスターの命令は…………耐えるしかないわ。マスターは絶対だから。でも、私の意思で妹を、家族を殺したくない。たとえエゴでもね……」
何かを諦めたような表情をしながら、自虐的な笑みを浮かべるファースト。
彼女は、普段からマスターだけでなく、他の姉妹たちのことも一番気にかけていることをラプラスも理解している。
セブンスの儀式のことを知って、衝動的に激昂し、一番憔悴していたのも彼女だ。
「ラプラスも同じでしょ?」
「私は、マスターの命令を忠実に実行するだけです。セブンスに対して情などありません。」
「……そう。だったら、あなたの任務はまだ続いているということでいいわね。セブンスの監視と世話は頼むわ」
「ファースト、あなたは?」
「マスターと合流……と行きたいけど、セブンスが目を覚まして暴走したら、ラプラスじゃ止められないでしょ? 私も残る」
「セブンスが目覚めた後は――」
「うーん?」
「どうするべきか」と言葉を続けようとするタイミングで、ファーストでもラプラスでもない声が割り込む。
当然、この場所で二人以外で割り込めるのは一人しかいない。
緩んでいた空気に、緊張が走る。
ファーストは、すぐに臨戦体制に入る。
ラプラスも、周囲に複数の魔法陣を展開する。
二人の視線は、倒れているセブンスに向けられる。
「ん? ここは……ラプラス?」
上半身を起こしながら周囲を見回すセブンス。
まるでここで何があったか何も覚えていないとでも言うような所作に、ラプラスはセブンスの暴走が収まっていることにホッとするが、すぐに後悔することになる。
「ねえ、なんでマスターの魔力が探知できないの?」
ラプラスも、そしてファーストも、そのセブンスの邪気のない質問に返答することはできなかった。
ここにもし、他の姉妹がいれば、セブンスに激昂しながら問い詰めることもできたかもしれない。
だが、ここにいるのは姉妹を何よりも大切にするファースト。
そして――
(なぜ、私は躊躇っているのでしょうか?)
ただの魔道生命体の使い魔。心などなく、指示通りに動き、問われたことは事実通り話すだけ。
それなのに、ラプラスは喋れなかったのだ。
「ねえってば? 何があったの?」
ただ、セブンスの声だけが虚しく響くのであった。




