第24話:ラプラスの決意
「今日も1日働いたぞ〜!」
「お疲れ様です、セブンス」
セブンスは、時雨悠人との夕飯を食べ終わった後は、すぐに部屋に戻る……なんてことはせずに、一緒にシアタールームに行き、昔の映画を視聴したり、その映画の感想を言い合ったりし、十分ダラダラと過ごした後に自室に戻り、現在はベッドにダイブしたところだ。
その様子を見ながら、ラプラスは普段のセブンスの生活が大きく変わったことを改めて実感していた。
同じ時間に起きて、毎朝決まった朝食を食べて、決まった時間まで調査を続けて、決まった時間に入浴し、決まった時間に育てている植物に水をやり、決まった時間に夕飯を食べて、そして決まった時間に就寝する。
その間は、セブンスとラプラスが話すことは、ほとんど事務的な会話のみ。
1000年という時間は、話す話題を全て枯渇させたのだ。
このゼノ・グラウンドの調査が終わるだろう当日に数年ぶりに事務的な会話以外をしたほどだ。
その前の会話としては、花壇に次は何の種を蒔くかどうかを相談された時だったはずだ。
会話をしたとしても、一言二言で終わる程度。
ある意味、魔道人形と、その使い魔という作り手の指示通りに動くことが本来の役割であるということを考えると、正しい日々を過ごしていたのかもしれない。
だとしたら、なんで心なんてものを自分達に与えたのか問い正したいのだが、その相手であるマスターはすでにいない。
目的であるゼノ・グラウンドの中心部にたどり着いても、その成果を報告することもできない。
それでも役割は果たさないといけなかった。
いや、それ以外にするべきことがなかったからだ。ましてや、自分達の行動の意味などを考えることはできなかった。
生きる意味など考えたら、自分もセブンスも壊れてしまう。
だからこそ、毎日、毎日、毎日、毎日、何も考えず、ただ自分達のやるべきことだけを考えるようにした。そこに意味などないと分かっていたとしてもだ。
だが――意味はあったのかもしれない。
時雨悠人という人間に出会うことができたからだ。
彼との出会いによって、セブンスは変わり始めているように見える。
いや、確実に変わっただろう。
このゼノ・グラウンドの目的を達したら、自分自身を終わらせようとしていたセブンスは、今もまだ動き続けている。それどころか、毎日違う行動をとるようになったのだ。
時雨悠人のためにリハビリの計画を立てるのに頭を悩ませるセブンス。
時雨悠人が食べたいと言った料理を調べて、悪戦苦闘するセブンス。
動けない時雨悠人のために顔を赤くしながらも、着替えや入浴の手伝いをするセブンス。
ここ最近のセブンスは、マスターに創られて間もない頃の毎日必死ながらも、全力で日々を過ごし――希望を持っていた頃の彼女の面影を感じることができた。
ラプラスにとってはそれは、非常に好ましいことであった。
もしセブンスが、時雨悠人との世話をマスターから与えられた指示の延長線上として、ただこなしていたのならラプラスは、何もしようとしなかっただろう。
セブンスがマスターからの指示を終えたと判断した後は、彼女と共に――機能を停止して終わらせる。
ラプラスは、その覚悟をしていたし、全てを諦めていた。
(しかし、彼の――ユウトの存在が今はある。今のセブンスなら、ユウトと一緒なら)
「ねえ、ラプラス」
「どうかしましたか?」
ベッドでゴロゴロしていたセブンスの呼びかけによって、ラプラスは思考を中断する。黙っていたことに不思議に思われたのだろうか?
会話など滅多にしなかったが、最近は昔のように頻繁にセブンスから話しかけられるし、ラプラスからもセブンスに話しかける。ましてや、だらしなくゴロゴロとベッドに転がっていれば、一言、二言も何も喋らない方が少ないだろう。
だが、セブンスはラプラスが何も話しかけてこないことに対して不安を感じたり、不思議に思ったりした訳ではなかった。
「シグレから、戦闘の訓練をしたいから、付き合って欲しいって相談されたんだけど、どう思う?」
「どう思う……とは?」
「う〜ん、シグレって戦えるのかな?」
セブンスは時雨悠人を馬鹿にしている訳ではないのだろう。ただ、セブンスにとって時雨悠人は自分が手助けしないと普通に生活するのも困難だったのだ。今は、自分で体を動かして生活できるようになっているが、それでも「戦闘の訓練」などできるようには思えないのだろう。
魔術ではなく魔法を使えるのは驚きだが、それでも何の攻撃性もない光球を生み出しているのを見た程度だ。
そんな人間が戦闘の訓練をしたいと言われても、困ってしまう気持ちはラプラスにも分かる。
分かるが、ラプラスは時雨悠人が単なる人間とは思ってもいない。それは、セブンスもわかっていることだ。
「戦えるかと聞かれたら、今のユウトに戦えるような力はないでしょう」
「だよね! だったら、そんな危ないことなんてしなくても――」
「しかし、元々戦える力はあったと思いますよ。この場所に眠る前のユウトなら」
「なんで、そんな確証があるの?」
「ユウトは、ゼノ・グラウンドの魔物を見ても、驚きはあっても、恐れているようには見えなかったですからね」
「むむ……とは言っても、それだけで」
確かに。魔物を恐れなかっただけで、時雨悠人に力があったと決めることはできないだろう。
だが――
「そもそも、このゼノ・グラウンドの中心に眠っていた存在が普通の人間なんてことはないでしょう」
「まあ……ね……」
強さを保証する裏付けではないかもしれない。だが、普通の存在が許されるような場所ではない。時雨悠人の話が本当なら、彼は3000年以上前の人間だ。
そんな人間が、この場所でずっと眠っていた、何の力もない、ただの人間だという方がおかしいだろう。
「本人は、ゼノ・グラウンドに眠る前は魔物と戦っていたと言ってましたね」
「うん。ただ、今日であったような龍とか巨人のような魔物じゃなくて、黒いヘドロが生物の形をとっている気持ち悪いものって言ってたよね〜 そんなのいたのかな?」
「あなたが、嘘だと判断しなかったのでしょう?」
「うん。本気だったね」
「なら、本当なのでしょう」
「なのかな? 私自身も、ラプラスや姉妹くらいにしか試せてないから、100%の自信はないんだけど」
セブンスの目は、相手の魔力を見ることできる。そのため、相手が嘘をついた場合の揺らぎなども判断することができる……らしい。それで、姉妹たちの嘘なども看破していた。
だが、100%ではないらしい。
本人が嘘を真実だと思っていたら当然看破できない。また、魔力の揺らぎを一切表さないほどに魔力コントロールの練度が高い相手でも無理らしい。
そのためセブンスは、マスターの嘘は看破できない。
ラプラスから見て時雨悠人が、それほど魔力コントロールが得意なようには見えない。
「本当か嘘は、一旦大きな問題ではないのですか? それよりも、セブンスはユウトの戦闘訓練については反対なのですか?」
「いや〜反対という訳ではないんだけど。シグレってやっぱり外に出たいんだよな〜て……」
「セブンスは……どうするのですか?」
「どうするって?」
わかっているはずだ。何を言われているのか。ラプラスがセブンスに対して何を問うているのかを。だからこそ、ラプラスは答えない。
「……」
「……」
数秒の沈黙が続くと、観念したように大きくため息をついた後に、セブンスが口を開く。
「あ〜わかっているよ。私が……自分を終わらせるのかどうかだよね。私はね……迷っているよ」
「何に迷っているのですか?」
「決まっているでしょ? 分かってて聞いている? そんなの……シグレと一緒にここを出るかどうかだよ」
何を堪えるような表情をしながらも、ついにセブンスの口からラプラスが聞きたかった言葉が吐き出される。
同時に、ラプラスが聞きたくない言葉も。
「それに、外に行けばマスターと会えるかもしれない! マスターが私に出した命令も達成したんだから、きっと褒めてくれるだろうし。シグレが眠っていたのを知ったらきっと驚くだろうな」
「……そうですね」
全てを諦めて、自分を停止させて終わらせることを決めていたセブンスと、存在しない希望を口にしながら表情を緩めるセブンス。
どちらがマシなのだろうか?
そんなのは決まっている。
このままでは、結局セブンスは壊れてしまうだけだ。いや、全てを諦めて停止するよりも最悪な結果がセブンスに待ち受けているだろう。
(そうならないためにもユウト……あなたに賭けますよ)
ラプラスはセブンスの相手をしながら、今日の夜に時雨悠人に話す内容を整理するのだった。




