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第2話:かつての魔導人形の1日①

 人工的な静寂と暗闇に包まれた部屋で、ベッドで眠っていた一人の少女が目を覚ます。


 窓がないので朝日で起きたわけではない。

 

 窓のない部屋に、朝日の代わりとなる光はなく、目覚まし時計の音もない。


 ただ、少女の体内時計だけが正確に時を刻み、毎日誤差1分以内に目を覚ます――まるでプログラムされたかのように。


「おはようございます、セブンス」


 部屋に挨拶の声が響く。


 その声に呼応するように、部屋の照明が点灯し、無機質な白で統一された空間が姿を現す。

 

 床も壁も天井も白い部屋。

 

 置かれている家具である、ベッドとデスクも白に統一されている。


 ベッドから身を起こしたセブンスと呼ばれた少女は、若干眠そうな目を擦りながら、自分に挨拶をした存在に返事をする。


「おはよう、ラプラス」


 自分を見下ろすように空中に浮かんでいる白い球体。視覚の機能がある場所は、黒瞼のように割れており、中心の瞳のような部分は黄色く光っている。


「本日のミーティングは、45分後の9時からになります。それまでに、準備を――」


 予定を述べるラプラスと呼んだと球体――使い魔を気にすることなく、のそのそと歩く。ラプラスも気にすることなく、彼女の後ろを追従していく。


 向かったのは、シャワールーム。


 扉は音もなく、横にスライドし、着ていた簡素な白いワンピース、下着を脱ぎ捨て、シャワーを浴び始める。


 ラプラスは、カシャリと微かな金属音を立てて、球体の一部が変形し、手のような細いマニピュレーターを伸ばし、セブンスが脱ぎ捨てた衣類を掴むと、シャワールームのすぐそばに備えた洗濯機に放り込む。


 その間も、ラプラスは予定を述べていたりするのだが、その内容はセブンスの耳には届いていないだろう。ラプラスも気にすることはない。


 何年も変わらずに続けているルーティン。


 10分ほどで、セブンスはシャワールームから出てくる。


 冷たい床に素足のペタペタという音だけを残し、セブンスはベッドに腰掛ける。


 裸のままのセブンスは、手にとっていたタオルで自身の髪の毛の水分を拭き取っていく。


 カチカチと音を出しながらセブンスの後ろに浮遊するラプラスだが、やはり彼女は気にしない。セブンスは、ある程度髪を拭き終え、タオルをベッド横に置く。


 するとタイミングを待っていたかのように、ラプラスが髪の毛を乾かし始める。


 ドライヤーなどを使うのではなく、ラプラスの正面に小さい赤い魔法陣から噴き出る温風によってだ。


「乾きましたよ、セブンス」


「ん、ありがとう」


 セブンスはゆっくりとベッドから立ち上がると、備え付けられている鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。


 鏡には衣類を身に纏っていないセブンスの容姿が映る。


 セブンスの身長は、150センチほどであり、キラキラと光るプラチナブロンドをお尻に届く辺りまで伸ばしている。


 肌は陶磁器のように白く透き通っており、瞳はアクアブルー、幼さ少し残しながらも整った容姿。


 人形めいた完璧な造形の中に、どこか儚げな少女の面影が宿る、そんなアンバランスな美しさであった。

 

 しかし、その容姿を賞賛する者は、この場にも、そして彼女がいる暮らしている施設にもいないのだが。


 故に彼女は、自分の容姿にはあまり関心は持っていない。


 鏡を見ているのも、自分の体に問題がないかを念の為確認するためと、髪を纏めるため。


 セブンスは、棚に置いていたゴム紐をとると、自分の長い髪をツインテールとして纏める。


「今日は、二つにまとめるのですね」


「昨日は一つだったから」


 髪いじりに興味はないのだが、なんとなく変化を加えられる数少ない行為の一つが自分の髪だ。今日は、なんとなくツインテールにしてみたのだ。ツインテールにしては長すぎる気もするが、セブンスはあまり気にしない。


「ん」


 セブンスがラプラスに手を向けると、分かっていたかのように、ラプラスはすでに彼女の下着を手にしていた。ラプラスは彼女に衣類を渡すと、セブンスは先ほど脱ぎ捨てた下着と同じ着心地と動きやすさのみを考慮した無骨な下着を着用する。


 ただし、白いワンピースは用意されていない。


 下着のまま立ち上がると、セブンスはパチンと指を弾く。


 その音ともに、下着姿だったセブンスは、紺色と白を基調とし、金の刺繍が施された、機能性と同時に気品も感じさせるデザインのドレスケープ姿に変わる。


 スカートの丈は膝下程と、少し短くなっているが、やはりいつの間に着用されている黒いタイツによって生足は見えなくなっていた。


「よしっと」


 クルリと鏡の前でターンしながら、身だしなみに問題がないかを確認する。本当は服装も容姿もどうでもいいのだが、マスターに失礼があってはいけなし、不快に思われるなどあってはならない。


 問題なしと判断し、セブンスは自分の部屋から出る。目指す場所は、朝食をとる場所であり、今日のミーティングをする会議室でもある場所だ。そして、朝食兼ミーティングの時間が、1日で唯一他の姉妹たちと、そしてマスターが集まる貴重な時間でもある。


 遅れることは許されない。


(最近は全員が集まることなんて滅多にないけど)


 自分が生み出された1年ほどは、ほぼ毎日全員が集まっていたのだが、最近は自分以外の誰かいるかどうかだ。


(私と違って、他の姉妹たちは現場の調査と採掘をしているから仕方ないか)


 今日はマスター以外の誰かいるだろうか。そのようなことを考えながら、セブンスはラプラスに時間を尋ねる。


 「ラプラス、今の時間は?」


 「8時30分です。まだ、ミーティングまでに時間はありますが」


 「庭園を散歩していく」


 「いつも通りですね」


 ここ最近毎日繰り返されるやりとり。ラプラスから返されるミーティングまでの時間まで同じだ。


 自分の部屋から出たセブンスは、部屋同様に白を基調とした廊下を迷うことなく歩いていく。毎日、毎日……セブンスが生み出されてから、まだ10年ほどなのだが、すでにセブンスは自身のルーティングを構築していた。


「植物の成長を見ていると、時間が経過しているのがわかるね」


「一応は、この土地である日本の四季に合わせた日照時間、温度などを参考にしていますからね」


 セブンスがいる庭園は、外ではない。セブンスがいる施設は、地下に建造されており、空を見ることもなできなければ、日の光など入ってくることもない。庭園には、人工的なホログラムによる空と太陽が映し出されており、温度や照明の光は自動調整となっている。本物は、植えられている土と植物だけである。


 それでも、セブンスは時間の流れが明確にわかる、この庭園を気に入っていた。この場所に来ると日々少しずつ変化していく植物たちを見ることができるからだ。


 セブンスは、魔導人形と呼ばれる存在だ。他の姉妹達も同様であり、魔力によって動いている魔導人形は定期的なメンテナンスをしていれば、老いることはない。成長することもない。


 何も変わらず、ただ与えられた任務のために生きていくだけだ。


 だからこそ、変化の分かる庭園はセブンスにとってのお気に入りであった。

 

「おっはよう〜! セブンス!」


 庭園に植えられている植物を見ていたセブンスに声がかけられる。ラプラスではない。他の魔導人形であり、長女である魔導人形――


「おはよう。ファースト」


 振り返ると、そこにはセブンス同様に整った容姿を持った一人の女性がこちらに手を振りながら近づいてきた。セブンスのような14歳ほどの少女のような容姿ではなく、身長が170センチほどあり、プラチナブロンドはなく艶のある黒く長い髪を纏めずに流していた。


 また、スタイルも非常に良く、胸は無駄に大きい。本人曰く、Gカップだとか。


(動くのに邪魔で、戦闘があればマトが大きくなるのに――なんで、自慢気だったんだろう?)


 別に普段からファーストが自分の胸を自慢しているわけではなく、そのことを話したのも1回きりだ。それなのに、ファーストを見ると、何故かその時のことを思い出してしまうのだ。


 「植物が好きだよね。セブンスは」


 「セブンスの日々のルーティングです」


 「そっかそっか。それじゃあ、この時間に庭園に来れば絶対にセブンスに会えるという訳ね。良いことを聞いたよ。ありがとね、ラプラス」


 「どういたしまして」


 そんな話をラプラスとしながら、ニコニコしながらファーストはセブンスの横に立つ。


 「セブンスは、なんで植物が好きなの?」


 「植物が好きという訳じゃない。ただ、成長を見るのが好きなだけ。時間の流れが嫌でも分かるから」


 「あはは、私たち魔導人形は成長なんてしないからね。まあでも……結局は……」


 「結局は……何?」


 庭園の植物を見ながらファーストは、意味深な部分で言葉を止める。その先の言葉を気にするなというのは、流石に無理というものだ。


 だが、ファーストは、それ以上の言葉を続けることはなかった。


 「いや……なんでもないよ。その内わかることだし」


 「?」


 「っと、そろそろ朝食の時間かな」


  何を言おうとしたのか気になるセブンスは、話題を変えようとするファーストに若干の不満を感じるが、朝食兼会議の時間が迫っているのも事実であった。


 「ハァ……」


 小さい溜息と共に、セブンスはファーストに背を向けて、大広間に向かう。


「セブンスは、目を覚ましてどれくらい経ったけ?」


 セブンスの後を追うように、ファーストの少し後ろを歩きながら話しかけてくる。向かう場所が同じだから、ついてきるわけではないのだが。


 「10年くらい?」


 「正確には、10年と11ヶ月の4日目です」


 素気なく答えるセブンスの言葉にラプラプスが捕捉の説明をする。正解な年月なんてどっちでもいいだろうとセブンスは思うのだが。


「へ〜それじゃあ、もうすぐ誕生日なんだ」


「魔導人形に誕生日の感覚なんて必要?」


「いや、不要かな。なんとなく言ってみただけ」


「あ、そう。だったらわざわざ口に出さなくても――」


「まあ、そうなんだけどね! それよりも、10年も経ったなら、そろそろセブンスも決めようよ!」


 セブンスの淡々とした苦言に重ねるように、ファーストはニッと笑顔な表情をしながら、セブンスを覗き込む。セブンスのアクアマリンの瞳と違う、トパーズのような透き通った瞳が爛々と輝いていた。


「決める――とは一体?」


 全く、思い浮かばない。魔導人形が生まれ10年経ったら何を決める必要があるのだろうか? だとしても、このように突然提示されるのには違和感があるのだが。


 純粋な疑問を抱きながら、セブンスはファーストに問うのだった。


 そして、その回答はセブンスが全く予想できず、意味がわからないものだった。


「そりゃあ勿論、セブンスのキャラをどうするかだ!」


「………………………………はい?」


 魔導人形として創造されて10年と11ヶ月と4日、セブンスは初めて思考がフリーズし、意味をなさない声を思わず発すのであった。


 何を言っているんだ、コイツは?

 

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