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第18話:挿絵あり

■第18話


 曇天の下、乾いた風が血の匂いを運ぶ。散らばった残骸を隠すように枯葉が舞う中、青年たちは輸送部隊襲撃を終え、山中に身を潜めていた。


「損害報告を頼む」

「あぁ、損害は無ぇ。手慣れたもんだわな。掠奪品も揃えておいたんで、まだしばらくは潜伏出来らぁな」

「山賊になれる腕前だ」

「違えねぇ」


 風が冷たく、乾いている――まるでこれからの戦場を予告しているようだ。

 襲撃は上首尾だが、もはや帝国軍はこの程度の損害に頓着していないだろう。ロジャーが心配そうに見ているが、私は思いの外険しい表情を浮かべていたかもしれん。ふと彼が手近な石に腰を下ろし、疲れたように笑った。


「それにしても、しけた顔してんな。これが狙いじゃなかったのか?」

「狙い通りだが、この程度で終わるとは思わないさ」

「……何か企んでやがるな」

「残念だが、企まねばやってられん……ところで」

「へいへい、またご教授のお時間だってか?」


 相変わらず察しが良い。ロジャーの潜在能力は未だ計り知れないのだから、しょうがないだろ。


「そんな所だ。そもそも、ガング城近郊でなぜ帝国軍を死兵に追い込んでまで殲滅したか分かるか?」

「ん?そりゃまぁ他にやりようが無かったからじゃねぇのか?まぁ連中を死兵になるまで追い込んでたのは違和感があるっちゃあるが……」

「その通りだ。単純に防衛戦を遂行するなら、彼らの敗走ルートを開けておくだけで終結はしたんだよ。殆ど犠牲を出さずにな」

「そりゃそうだが、お前さんがそうしなかったんだからそう言う事じゃねぇか」


 乾いた風が落ち葉を巻き上げていく。信頼はありがたいんだが、それでは方面軍を任せられない。きっちり自立させないとな。


「では私が言いたい事は分かっているな?」

「俺の言いたい事も分かってるよな……頭使うのは向いてねぇってのに」


 ガシガシ頭を掻きながら文句を言いつつも、考え続けているようだ。ロジャーは真面目だし、頭は相当切れるんだが……自覚だけはしない。こういった、自身に関してのみ鈍くなる現象は、どの様に呼称するのが適切だろうか。


「あー……つまり、帝国軍に確実なダメージを与えないとマズいって事か」

「そうなんだよ。帝国軍は戦闘能力、指揮系統、補給能力のいずれも優秀だった。私が想定する範囲内でも最高水準だった訳だ」

「なるほどねぇ。ただでさえ六万の侵攻軍に六万の援軍だもんな……」

「全くだ。一撃で十二万を送られなかったのは幸いだったが、即座の援軍には辟易したよ」


 念の為備えておいたが、何か一つでも足りなければ即刻降伏を進言していただろう。私は十二分に備えていたと思ってたが、ギリギリ足りたのは奇跡的だった。十二万の侵攻軍に相対したとしても何とかなった見込みだが……その時は全ての予備作戦を出し尽くさねば勝ち筋は無かったはずだ。

 暗くなってきたな……冷たい風を受けながら目を閉じる。帝国軍を殲滅する必要がある――その正しさを理屈で理解しても、胸の奥にはどこか鉛のような重さが残る。戦いに必要以上の意味を求めるな、と自分に言い聞かせていると、ロジャーが重い口を開く。


「あんたはそれでも何とかしたんだろうけどな……まぁ、そんな優秀な帝国軍は殲滅しねぇとどうにもならねぇって事か」

「そうだ。彼我の国力差が絶望的だから、敗走を許すわけにもいかなくてな」

「うへぇ……今回の帝国軍六万も殲滅するってか」

「お前が言った通り、他にやりようが無かったという事だ」


 一撃で看破するあたりこいつ天才だよな。



 ***

 曇天がますます暗がりを増やす山中で、青年達は互いの天才性を改めて認識していた。青年の思考が無数の枝葉のように広がる中、野生味ある若い男は心底驚愕していた。


 いや待て、俺が言いたかったのはそういう意味じゃねぇ……。ふざけてるのか?いや、コイツがふざけるわけがない。いつだってヴォルフは大真面目だ。


「流石はロジャーだ」

「……多分あんたは勘違いしてるがな」

「相変わらず謙虚だな」


 清々しい笑顔なんだが、とんだ勘違いだ。何度訂正しても信じやがらねぇ。


「あーあー藪蛇だ……んで、今回の戦果はどんぐらいと見込んでるんで?」

「ご存知だろう?」

「知らねぇよ。ただまぁ……四万位は殺すか捕虜にするかって所か?」


 ざっくり試算してみた。前回戦役で帝国軍後方配備されてた一万が、元公爵家捕虜一万を引き連れて撤退したって話だ。んで、前回ほど引き込んだ縦深防御戦術が出来てねぇんだから、そう間違っちゃいないだろう。


「うーん、ロジャーの見立てだとその程度しか戦果が挙がらないか」

「その程度ってお前」


 こいつ、何する気だ。


「恐らくユアン将軍は後方に三千から五千くらいしか配備しないと思うぞ」

「まぁあれだけガチガチに固めりゃあそうかもしれねぇが……」

「だろう?だから撤退に成功する帝国兵は精々五千じゃないか」

「……ん?」


 全身に寒気が走る。だが、この寒さは山風のせいじゃねぇ。目の前の男が語る未来――五万を越える人々の死――その冷酷さに、背筋が凍る思いだった。


「お前……」

「何の怨みも無いが、これも腐れ縁だ。連中には殆ど死んでもらう事になるかもしれん……憂鬱だけどな」

「マジかお前……いや、そこまでしねぇとどうにもならないって事か」


 いつも通りぼんやりした表情だが、微かに瞳が揺れた。コイツはいつも平気な顔をひておきながら、しっかりダメージは負うからな……。

 ん?俺の寒気は近い未来の戦場だけじゃなく、他からも出ていやがるな。そもそも俺らが勝とうが負けようが、俺がコイツの嫁候補に殺されるのは変わらないじゃねぇか。フィオナやセレナ様、女王陛下にまでしばかれちゃあ命がなんぼあっても足りねぇ……。


「ところで、そろそろ帰ってくれねぇか……」

「すまん。この局面は私が前線に居なければまずそうなんだ。ユアン将軍はツァーリ殿に匹敵する名将だし、どうやら猛将のルーブル将軍まで来てるらしい。連中を蹴散らしてから、私と一緒に殺されてくれ……」

「お前さんの周りには怖い女が増えていくな……」

「ノーコメントとする」


 ルーブルって誰だよ。まぁコイツがそう言うんだから子爵の親父さんや俺じゃあ役者不足って事か……ま、お前に流石だって言われた身としては、気張ってやるしかねぇわな。



 青年たちは息を詰め、胸の中で恐怖を飲み込んだかのようだ。戦場の先には地獄が待っている――それでも彼らは前進するほかない。生き残った後で少女達に殺されるのは理不尽だが、それも生き残ってからの話。枯れ葉を散らす広葉樹とは対照的に、針葉樹の青々とした葉は揺るがない。だが、その屹立した姿でさえ、嵐の前の静けさに思えた。

 皆様良いお年を。

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