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第11話

 夜闇が濃く残る未明の戦場。寒気が肌を刺し、彼らの戦闘はなおも激化の一途を辿る。そんな中、子爵は何かを察知して静かに準備を進めていた。


 戦況は最悪だ。東部、北部の支城は軒並み落城し、帝国軍の本城への攻撃はまさに苛烈だ。このままだと、私は明日の朝日を見られまい。やはりツァーリは手強いが、これは無理攻めだ。奴は無理攻めせざるを得ない理由を認知したのだ。静かに東を見据える私に、伝令への指示を終えたアマデウスが怒鳴るように言った。


「ヴォルフ君は来るのか!?そもそも来たとして、この死兵たちをどう捌く気だ!?」

「伯爵、ご安心を」

「まさか今になって策が無いとは言うまいな?」


 アマデウスはため息混じりに言った。そして私は静かに首を横に振る。


「いや、あるとも。ツァーリは退路を断たれている。奴の無理攻めが何よりの証拠だ」

「そうか、ツァーリが無理攻めを続けているという事は、退路の喪失や、兵站線断絶を確信するほどの変事がまさに今起きている証だな」


 今度は首を縦に振り、そして親友は苦笑しながら言った。


「つまりはここが踏ん張りどころだ。それにしても、ヴォルフ君がどのようにこの状況を覆すのか、期待せずにはいられないな」

『フックック、ハハハハハハ!』


 思わず声を合わせて笑ってしまった。そうとも、我々はまだ生きている。死んでないのだから、やれる事は山ほどある。よし、伝令に確認しておこう。


「ヴォルフ達の馬は準備出来ているか?」

「はい、馬鎧を着せて待機中、重騎兵鎧も準備済みです。長弓の矢筒も満載してあります」

「ついでに暖かい飯も用意させろ」

「承知」


 生きて帰ってこい、息子よ。私は今も生きているぞ。



 *********

 クリストフがヴォルフの帰還に向けて準備を進める。そして、戦場は次の局面に移り変わっていく。本城の尖塔から指揮していたクリストフは、東の地平線が明るく揺らめき始めたのを見逃さなかった。


「見てくれ、アマデウスよ。帝国軍本陣が燃えているぞ!」

「ハッハッハ!ついに来たか、ヴォルフ君!伝令、全ての前線へ、ヴォルフ君が敵本陣を撃破してまもなく来援。南門と西門は開門準備!」

「アマデウス、指揮を頼む。私は南門へ行ってくる」

「ヴォルフ君に宜しく伝えてくれ。セレナにもな」


 俄かに活気が生まれ、それが周囲に伝播する。伝令が八方に散り『ヴォルフ様ご来援!』と声を上げながら駆けていく。


 その頃、北東の城壁では死闘が繰り広げられていた。彼らの目は光を失っているが、その動きには異常なまでの執念があった。矢が骨を砕き、槍が喉を貫くも、彼らはなおも狂気じみた執念で槍を振り回し、血を滴らせながら前進を続けた。通常ならばこの光景を見ただけで足が竦むはずだが、彼らは屍を踏み越えてなおつき進む。その凄惨な姿を夜闇がかろうじて隠していたが、そこにあるのは意地か、それとも執念か。

 城攻めを指揮するツァーリは焦燥を胸に秘めながらも、その眼はなおも冷静だった。彼に課せられた使命は、戦場を駆ける全将兵の命運そのものである。その時も絶え間なく伝令が出入りしていた。そして、その日何度目かの悪い知らせを受けたツァーリは、決意を固めるように静かに語った。


「大将軍!井闌隊が投石攻撃を受けて壊滅しました!」

「下がらせて梯子隊に編入。堀を埋めている工作部隊に撤収指示。第四次総攻撃を始める。次の総攻撃で城壁を乗り越え、城門を開ける……!」


 彼はそう命じたものの、その胸には焦燥が渦巻いていた。これ以上の兵力を失えば、この城を落とす意味すら失いかねない。あるいは退却すれば、敵勢力が追撃を仕掛けてくるのは明白だった。選択肢はどちらも地獄だ。


「何かが近づいている……」


 薄闇の中で、彼は不吉な気配が背後に迫るのを感じた。彼が変事を悟り『本陣はどうなった!?』と声を上げたその時、彼らに騎馬隊が殺到してくる。その中でも白馬に跨った指揮官の存在は、ツァーリの経験にさえない異質なものであった。


 月明かりを背に、白髪の青年が一切の迷いなく駆けていく。それは銀色の軌跡となって戦場を貫いた。


「構え!……射て!」


 彼の指揮に応じて放たれた矢が、暴風雨の如く帝国軍に襲いかかる。ヴォルフ率いる騎馬隊は城攻めする帝国軍に、執拗に矢を浴びせながら駆け抜けていった。


「くそ、総員退却!北東支城へ集結して体制を立て直す!」


 彼は咄嗟に指示を出した。夜間戦闘では、受けた被害の全容が分からず、奇襲攻撃を仕掛けた敵勢力の規模も分からないからだろう。そして彼は異様な長弓を以て矢を放ち、声ひとつ上げずに走り去っていく騎馬隊を目撃した。周囲に斃れた護衛兵には長い矢が突き立ち、その鎧を易々と貫通している。騎兵が放った弓矢としては異質な威力だった。


「あれは何だ。先頭で駆けていた白髪が指揮官なのだろうが……」


 部隊再編の為、ツァーリが矢継ぎ早に指示を出しながら後退していく。その姿は、まるで不安を振り払うかのような焦燥を感じさせるものだった。



 もうすぐ夜が明ける。死闘は転換期を迎えつつあるが、未だ終わらない。

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