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見合い

アドニスの十数回目の見合い相手にラントン家が白羽の矢を立てたのは、ベルトラン子爵家の令嬢だった。

子爵家といってもベルトラン家は四百年以上続く由緒正しい名家である。

しかし善良で金儲けの下手な当主が続いたせいか、今は田舎の領地に引っ込んで名家であることだけを誇りにしているような家でもある。

普通の貴族令嬢なら十代で嫁ぐところを、二十歳の彼女は軽く行き遅れの部類だ。

それは、社交下手で商売下手な現当主が娘に持たせてやる持参金を作るのにも苦労していたからだ。


ラントン家が彼女に目を付けたのは、正にそれが理由だった。

持参金はいらない、かえって莫大な支度金を支払おうと言えば飛びついて来るはず。

しかも筆頭貴族のラントン家に申し入れられて断ることはなかなか出来まい。

それに、田舎育ちというのもいい。

都会で育った令嬢たちは今、夫婦愛家族愛、そして女性の権利を声高に唱えている。

しかし田舎で育った令嬢ならば、古き良き時代の貴族的な考え方を持っているであろう。


◇◇◇


「…何故私が貧乏貴族の行き遅れなんかと…」

アドニスはその日、超絶不機嫌なまま見合いの席に臨んだ。

今度の相手は田舎の領地から出たこともないような貧乏子爵家の娘だと言う。

なかなか身を固めないアドニスの相手として、父が血統だけを見て連れて来た見合い相手だ。

後継を成すために嫌悪感を抱かない程度の容姿なら仕方ないと思っていたが、貧相で田舎臭い女だろうと思うと気が滅入る。

とはいえ、社交界にも顔を出したことがないようだから、大人しく従順な女ではあろうが。


実はアドニスは、全くの女嫌いなわけではない。

この世に生を受けて二十四年、唯一自分より美しい女性を知っていた。

それが、少し年上の従姉にあたる公爵令嬢フィリアだ。

自分と面立ちが似たその少女を、兄弟のいないアドニスは実の姉のように慕っていた。

彼女に対する気持ちが単なる親愛の情なのか淡い初恋なのかはわからないが、年頃になったアドニスは生涯フィリアを守っていきたいと剣を捧げた。

フィリアは生まれてすぐからこの国の第一王子の婚約者になっていたため、結婚して王太子妃になった彼女の、護衛騎士となったのだ。


見合いは、王都にあるラントン公爵邸で行われた。

このために、ベルトラン子爵令嬢は何日もかけて領地から出て来たらしい。

王都ではベルトラン家の所有する邸宅に滞在するらしいが、それも王都の外れにある、裕福でもない商家よりもさらに小さな家であった。


◇◇◇


(…まぁ、作りは悪くないな。見るに耐えないと言うほどでもない)

アドニスは見合いの席に現れたベルトラン子爵令嬢を不躾に観察した。

なんとも時代遅れのドレスに身を包み野暮ったいアクセサリーをつけているが、これもきっと彼女なりの一張羅なのだろう。

あまり手入れされていないのかせっかくの銀髪もくすんで見えるし痩せ気味で貧相だが、顔の作り自体は不細工というほどでもない。

今回の仲人役である伯母の伯爵夫人などは令嬢の姿を見て、扇子で口元を隠しながら明らかに嘲笑している。

(自分で取り持っておきながら失礼なことだ)

アドニスは名門というだけでベルトラン子爵令嬢を連れてきた伯母に鼻白んだ。


令嬢はぎこちなくカーテシーをすると、口を開いた。

「私はベルトラン子爵家の長女で、ニ…」

「ああ、名乗らなくとも結構だ。多分名前を呼ぶこともないだろうから」

アドニスは令嬢が挨拶しようとするのを遮った。

結婚すれば、アドニスは便宜上公爵家の持つ爵位の一つクライン伯爵を名乗る。そうすれば、彼女はクライン伯爵夫人と呼ばれることになり、アドニスが父の跡を継いでラントン公爵になれば公爵夫人と呼ばれるのだ。

また、屋敷では若奥様、奥様と呼ばれることになるだろう。

「そちらの希望は弟が一人前になるまで後見するってことだったかな?」

アドニスはすぐにこの結婚で両家が得る利益について話し始めた。

内容については縁談が持ち込まれた時点で両家で話し合われているが、再度本人同士の確認の意味だ。


ベルトラン子爵家には今年十二歳になる嫡男がいる。

彼は王都のアカデミーに入学を希望しており、ラントン公爵家はその支援を申し出たのだ。

それから、ベルトラン子爵領で盛んな養鶏事業もうまくいくよう、王都の商工会や高位貴族御用達の商家に顔つなぎしてやる約束もした。

「私の方は…」

そう言うとアドニスはいつもの見合いのように最低条件を口にした。

まず、愛は求めないこと。

公爵家の家政に口をはさまないこと。

そして男子を生むこと。

その三つさえ守ってくれれば好きにしていていいし、金はいくらでもあるから湯水のように使ってくれてもいい。

ベルトラン子爵令嬢は

「条件はそれだけですか?」

と真っ直ぐにアドニスを見つめた。

(おや?)とアドニスは眉を上げる。

大抵の令嬢はこの辺で怒り出すからだ。

「そうだな、最低限の社交をしてくれればそれでいい。あとは公爵家の名を汚すようなことをしなければ、好きにしてくれていいさ」


時間を置かず、ベルトラン子爵家から承諾の返事が来た。

あのような条件をのんでも、ラントン公爵家と繋がりたかったということなのだろう。


こうしてアドニスは、三度目の婚約を結ぶことになった。


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