どうぞお幸せに
「お母さん、また来てるわよ」
長女が休憩中のニケを呼びに来た。
ニケが会社の裏口に回ってみると、背の高い男が壁に寄りかかってこちらを伺っている。
「ニケ!」
男はニケの姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
少し年はとったが、相変わらずこの男は美しい。
「ごきげんよう、ラントン公爵様。今日はお約束の日ではありませんが」
「そんな意地悪言わないでくれよ」
アドニスはその美しい眉を下げてニケを見つめた。
あれから、アドニスとニケは子どもたちを含めた四人で、月に一度は一緒に食事をとることにしている。
ほとんどは外食だが、公爵家でおよばれすることも、また、ニケが手作りでもてなすこともある。
因みに、義母はすっかり気落ちした義父に絆され、結局五年ほどの別居の後公爵家に戻って行った。
ニケと義母は実の親娘のように仲が良かったから、もちろん公爵邸に戻った今もちょくちょく顔を見せてくれている。
「今日は忙しいのかい?仕事が終わるの待ってるから、デートしようよ」
子どもたちが成長した今、アドニスはニケと二人で会いたいと言う。
ニケが応えるのは五回に一回もないほどだが、それでも懲りずに誘ってくるのだ。
「申し訳ありませんが、今夜は先約がありますわ」
「先約って…。まさか、デートじゃないよね?」
情け無い顔でたずねるアドニスに、ニケは黙って笑みを返す。
美しく魅力的な女社長は社交界でも経済界でも人気者だ。
仕事上の付き合いかプライベートかわからないが、イケメン紳士とのツーショットの目撃情報も多々ある。
それに、副社長を務める彼女の乳兄妹とは非常に仲が良く、公私共にパートナーなのではないかと噂されているくらいだ。
そんな噂や目撃談を耳にするたび、アドニスの心は千々に乱れる。
「そんなことより、公爵様こそ婚活の方は順調ですの?」
「また意地悪言って…。私が結婚したいのは製本屋の女社長だけだよ。ずっと、そう言ってるだろう?」
再び独身貴族となったアドニスの元には、縁談が殺到している。
例の、仲人好きな伯爵夫人が、山のような釣り書きを持ってくるのだ。
実際周囲に押し切られて何度か見合いはしたようだが、結局婚約までこぎつけたものはなかった。
そして今、公爵家の運営と領地経営に精を出しているアドニスに、女性の影は全くない。
元々女性関係には潔癖だったアドニスではあるが、離縁してからもずっと彼の心はニケに囚われたままなのだ。
今の彼は、あの無関心な日々はなんだったのかと思うほどニケの近況を知りたがる。
そして。
彼は離縁の数年後から、毎年離縁記念日にプロポーズをする。
「今日は十回目のプロポーズだよ」
アドニスはニケの前に、指輪とアネモネの花を一輪差し出した。
アネモネはニケの好きな花。
指輪は、離縁したあの日、ニケが自分の指から外してアドニスに返してきた結婚指輪だ。
「結婚はもう懲り懲りですわ」
とニケは笑う。
仕事も私生活も充実している今、ニケは幸せを感じている。
アドニスとの距離感も、今が一番心地いいのだ。
先のことはわからないが、今はまだこのままの関係でいたいと思う。
約三年間の結婚生活を我慢したニケは、欲しいものを手に入れた。
可愛い子どもたちと。
やりがいのある仕事と。
だから本当に強かだったのは、きっとアドニスじゃなくて自分の方だ。
「ありがとうございます、公爵様。お花だけいただきますわ」
ニケはアドニスの手から花だけを受け取ると、艶やかに微笑んだ。
「ご両親にどうぞよろしくお伝えください。貴方様もどうぞ、お幸せに」
寂しそうに元妻の後ろ姿を見送るアドニスを振り返りもせず、ニケは軽やかに仕事に戻って行った。
♡おしまい♡
※スッキリしない方はごめんなさい(>_<)




