課題2 手強い侍女を仲間にせよ④
キャロラインとロイが乗った馬車が見えなくなるまで見送ったネモは、その足で大急ぎで邸の中へ戻り、目的の場所を目指す。ネモの冷静を装いつつも急ぐ姿から、邸の他の使用人達は何か問題がおきたのではないかと心配していることなど、今のネモは気付いていないほど、意識は別の方へ集中していた。
「お父さん、少しいいですか!」
ノックもなく突然開いた扉に、バロックは目を丸くしていたが、すぐに無作法に入室してきた人物が実の娘だと分かると、眉間に皺を寄せてあからさまに不快と態度で示していた。
「仕事中ですよ?呼び方を気をつけなさい。それに何ですか?こんな失礼な作法教えていませんよ?」
「申し訳ありません。急いでお伝えしたいことがありまして……。」
「……わかりました。彼との仕事が後少しで終わります。それまで待てますか?」
バロックのその言葉にネモは初めて先客がいたことを知る。先客がいることも確認せず扉を開け、ましてや仕事中だというのに父と呼んでしまった自分がどれだけ冷静さに欠いていたか思い知らされ、ネモは仕事でのらしくない失態に先程の勢いは無くなっていた。
「お仕事中申し訳ありませんでした……。外で待たせていただきます。」
ネモは廊下に出ると、バロックの仕事がひと段落するまで頭を冷やしながら、先程の己の行動を反省するのであった。
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「ネモ、お前があんなに取り乱すなど何があった?お嬢様を見送ったばかりではないのか?」
ネモがバロックの仕事部屋に通されたのは10分後のことであり、ネモの頭を冷やすには十分過ぎるほどの時間であった。
「申し訳ありませんでした……。」
「構わない。他の者がいた手間あのように言ったが、お前は私の娘なんだから呼び方は責めたりしないよ。ただ他の者がいる時は気をつけなさい。それからノックをしないのはいけないことだ。」
「反省しております。」
「それで何があった?お前がああなるなど何か起きたということだろう?」
「その……シュバルツ次期公爵様とお話したのですが……お父さん、探りを入れられてましたか?」
「何故それを?」
「やはりそうでしたか……。シュバルツ次期公爵様から聞きました。」
「まさか!内密に調べていたのだぞ。それを本人が気付いていたということか?」
「そうです。聞きたいなら直接聞くようにと仰ってました。こそこそ詮索するなと。」
「察しのいい方なのだな。わかった、すぐに調査を切り上げるよ。」
「何をお調べに?」
「彼とお嬢様の接点だよ。夜会嫌いのあの方が夜会で見初めるなど些か疑問なんだ。」
「それは私も思いました。それで何か分かりましたか?」
「何も……。まるで隠されているかのように何も分からないんだ。」
「探られると予想して予め隠したということですか……。かなり用意周到に準備していたと……。」
「どうしてそう思う?そういえば何故お前はあの方とお話できたのだ?」
「シュバルツ次期公爵様が来られた際、キャロライン様には厨房で料理長が呼んでいると言い遠ざけた隙に、応接間にお通しし話の場を設けてもらいました。キャロライン様を本当に幸せにしてくださるのか伺いたかったのです。」
「お前、そんなことをして万が一怒らせてしまったらどうするつもりだった?せっかくのお嬢様の幸せを潰していたのかもしれないんだぞ!」
「確かに考えが浅はかでした。ですがお父さんも同じではないですか?」
「私は直接接触はしていないし、こっそり調べていた。」
「でも気付かれていました。」
「……確かに。私もお前と同じだな。お嬢様のことが大切なはずなのに、結果として邪魔をしていた。これでは旦那様や坊ちゃんと同じだな……。」
「シュバルツ次期公爵様もキャロライン様を思っての行動だと理解し、許していただけました。ですから今後は詮索はやめましょう。次は許していただけませんので。」
「そうだな……。私たちはお嬢様の幸せを願うはずが、過保護になりすぎているのかもしれない。お嬢様もいい歳です。もうご自分のことはきちんと判断できる。なら私達はそれを信じ支えることが大切なのかもしれないな。」
「はい……。」
「それで話してみて何かわかったのか?」
「シュバルツ次期公爵様はキャロライン様を大切にしたいと仰ってくださいました。今まで出会った男と一緒にしないでくれと。そして、キャロライン様への気持ちはつい最近芽生えたものではないと……。」
「やはり夜会で見初めたのは違うということか……。」
「おそらく。ですがいつからなのかは教えてくださいませんでした。それはキャロライン様に伝えるものであって私達に伝えるものではないと。」
「それはそうだな。」
「それから……これだけ教えたのだから協力するよう言われました。」
「協力とは?」
「旦那様やアルフレッド様が不在の日を教えることや、この邸でシュバルツ次期公爵様がどのように思われているか教えて欲しいと。この邸に味方はいないので味方になれと。」
「なるほど。お嬢様の心が手に入るまでは邪魔が入らないようにということか。」
「はい。それから、キャロライン様やこの邸で働く者についてはほとんど調べ上げていると思われます。」
「なるほど。だからお前は用意周到だとそう言ったわけだな。」
「はい。」
「流石なお方というわけか。おそらく私達が知らないうちに、彼の方はお嬢様の周辺を調べ上げ、逃げられないよう包囲した後、声をかけてきているのかもしれない。私達が気づいた時にはすでに追い込まれているのかもしれないな。」
「ミソニの若きクレマチス……名前通りの方ですね。」
「ああ……。だがお嬢様への気持ちは遊びではないはずだ。仕事も誠実な人という噂だから、今は見守ることにしよう。お前も協力しつつ、何か気づいたら報告するように。」
「わかりました。」
「くれぐれも暴走はするな。お嬢様の幸せが第一だ。旦那様や坊ちゃんの対応は任せなさい。」
「よろしくお願いします。では仕事に戻ります。」
「ああ。頼んだぞ。」
バロックは退室するネモの背中を見送りながら、深いため息を吐いた。
娘の暴走には頭が痛かったし、でもそんな娘と似たような行動を自身も行っていたため、強く責めることができないこと、キャロラインの幸せを願ったはずが親子で邪魔をしてしまったこと、ロイには勘づかれてしまっていたし、これからは1番邪魔をしそうなキャロラインの父と兄を牽制する方法を考えなくてはいけないこと……バロックは考えること、やることの多さに気合を入れ挑むしかなかった。
「クレマチス……名前通り侮ってはいけない人物か……。この感じだと全て調べられている。なら隠さず堂々と受けて立つだけだ。」
バロックは窓の外を見て呟くと、ペンを手に取り手紙をしたためる。そこに書いたのは「調査終了」という文字だ。これ以上ロイの身辺の調査を継続しロイの機嫌を損なうことを止めるよう指示する内容であった、
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「キャロライン、大丈夫?疲れてない?」
馬車の窓の外ばかり見てロイと目を合わせないキャロラインにロイが声をかければ、キャロラインはようやくロイに顔を向ける。
「大丈夫です。どこも悪くはありません……。」
「そう?顔が真っ赤だよ?熱ではないよね?」
ロイがそう聞きながらキャロラインの頬に手を当てれば、キャロラインは声にならない叫び声を上げそうになるのを我慢しながら、顔をさらに真っ赤にさせると、ロイは声を出して笑い出す。
「ハハッ……キャロライン君は本当に可愛らしいね。」
「ロイ様……揶揄うのはやめてください。」
「揶揄ってはいないよ?乗り物酔いでもしたのかと本当に心配したし、僕と同じ空間が嫌なのかと思ったけど……どうやらどちらも違いそうで安心したよ。」
「……ご心配をおかけしました。」
「君は本当に真面目だね。そう言ったけどただ君に触れる機会を伺っていたのが本音だ。」
「ご冗談を……」
「冗談ではないよ?僕は君を口説いている最中だからね?好きな子の気を引くためならなんだってするし、触れたくもなる……幻滅した?」
「幻滅など……。その頑張ります……。」
「キャロラインはどんな時も真剣に対応するし考えてくれる……。変わらないね……。」
「……ロイ様?」
「何でもないよ。気にしないで。それよりも僕から目を逸らしていたのはいけないね。何故逸らしたのかな?」
「何故って……。」
キャロラインはどう答えれば正解か考えるがいい言葉が見つからない。なかなか言葉が出ず慌てているキャロラインを見つめるロイは、最初は澄ました顔だったのが気付けば口角が上がり笑っていた。
「ロイ様、その顔わかっていますよね?」
「何のことかな?」
「もう……意地悪は嫌いです。」
「ごめんねキャロライン。君があまり可愛らしいから。ねっ機嫌を戻して?」
キャロラインの気持ちなど見透かされているかのようなロイの表情に、キャロラインは恥ずかしくなりまた窓の外に目をやれば、少しだけ慌てたようなロイの声が返ってくる。冷静沈着と言われているロイの感情が自身の発言で少しだけ動いていることがキャロラインは分かると、ロイのキャロラインに対する感情は本気だと伝わってくる。
「キャロライン―、こっちを見てくれないなら、僕だって考えがあるよ?いいのかな?」
先程の慌てている声とは打って変わって少し意地悪そうに呟けば、キャロラインの肩がピクッと上下に反応する。
「そっか……。じゃあ好きにさせてもらおうかな。君が僕を見てくれるまで隣に座って手を繋いで僕の気持ちを沢山囁こうか。それから……。」
「ロイ様!どちらに向かっているのですか?!」
ロイの言葉に耳まで真っ赤にさせたキャロラインが慌ててロイの顔を見る。ロイの言葉を想像したのであろう。慌てふためく顔でさえ、ロイがその顔を作らせたと考えるとロイは少しでもキャロラインの心に自信の存在が刻まれているようで嬉しくなる。
「もう少しだよ。でも僕から目を逸らした罰だ。着くまではこうしてようね?」
ロイがキャロラインの手を取ると、そのままその手を握りしめる。手から伝わるキャロラインの体温は温かく、その原因をロイが作ったことが分かると、ロイはまた嬉しさで笑顔になっていた。
「本当……なんでこんなに可愛いんだろう。」
ロイはキャロラインに聞こえないよう小さく呟くと、再び手の温もりを感じながら馬車に揺られるのであった。
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これで課題2は終わりです
明日からは課題3に入っていきます
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します