課題2 手強い侍女を仲間にせよ③
ロイとキャロラインがカフェで会ってから1週間後、ロイの姿はハンスリン家の応接間にあった。
今日はキャロラインとピクニックの予定で馬車で迎えに来たのだが、まだキャロラインの準備が整っていないということで、応接間に通されたのだ。
ロイは馬車で待つと提案したが、その案をあっさり断られ応接間に通された。部屋で待つとすぐにネモが部屋に入ってくる。キャロラインの侍女であるはずのネモが、準備が整っていないはずのキャロラインを部屋に残しこの場に来ることは普通はおかしい。ロイはその状況から予想よりも早く事が進んだことを理解し、自分で仕掛けるよりも早く相手が行動したことに対して、内心喜んでいた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。」
「いや構わないが……キャロラインの支度に時間がかかっていると伺ったが……、君がここにいるというのはどういうことかな?」
「それは……。」
「君とは一度しっかり話したいとは思っていたんだ。私は回りくどいのは苦手だ。わざわざキャロラインを遠ざけ私をこの場に留めた。君だって私と話すためにそうしたんだろう?」
「流石……お見通しでしたか。」
「見くびらないでくれ。私の得意分野は情報収集と分析だ。……知っているだろう?ネモさん。」
「!!……私の名までご存知でしたか。では隠し立て致しません。あなた様とは面と向かってお話ししたいと考えておりました。」
「私もだ。……さて何を聞きたいのかな?もちろん私から話を聞くんだ。君もそれなりのことをしてもらうよ?」
「分かりました……。それよりまずはお茶を……」
「それはいい。私は早くキャロラインと出掛けたいんだ。」
「失礼いたしました。では単刀直入に伺います。キャロライン様のこと、どこまでお考えですか?」
「彼女に伝える前に君に伝えるべきではない。だが……曖昧にしたままでは君も納得できないのだろう?」
「その通りでございます。」
「とても大切にしたい……そう考えている。君は今までの男と同じではないかと不安なんだろう?もちろん彼女もそれが1番不安だろう。だがこれだけは言える。私を他の男と一緒にしないでくれ。」
「……何故そこまで言い切れるのですか?」
「彼女に対する気持ちはつい最近芽生えたわけではないということだ。」
「それはいつから?」
「それは伝える義務はない。質問はしても構わないが、全て答えるとは伝えてないからね。君だってキャロラインに一から十まで全て胸の内を曝け出してないだろう?例えば……今日この場に来るために彼女に嘘をついたこととかね。」
「……間違いありません。おっしゃる通りです……。」
「そういうこと。だから私も君に全て話すつもりはない。」
「……出過ぎた真似をしました。」
「気にしなくていい。君がキャロラインを想うなら……傷付いた彼女を間近で見ているからこそ……当然の行動だ。」
「…………シュバルツ次期公爵様、どうかキャロライン様をよろしくお願いいたします。」
「もちろんだ。それから私のことは名前で呼んでくれて構わない。君はキャロラインに近い人だからね。」
「ありがとうございます。」
「後、君の父親に伝えてくれるか?知りたいことがあれば直接聞いてくれと。」
「何か父が動いていましたか……。父のことで不快にさせていたら誠に申し訳ありません。」
「キャロラインを思ってのことだろう?だから今回は許す。だが次はない。今後はこそこそ詮索するのではなく直接聞いてくれ。」
「必ずお伝えいたします。」
「この家は皆キャロラインのことをとても大切にしているのだな……。家族もここで働く者達も。」
「はい。キャロライン様の幸せを何より願っています。」
「そうか……。なら協力をしてくれ。」
「協力とは?」
「私の味方になり、キャロラインの情報などを定期的に教えて欲しい。」
「などと言うことは……この家のこと全てということですか?」
「察しがいいな。そういうことだ。だが安心してくれ。この家を乗っ取ろうなどとは考えてないから、この家の大切な情報は伝えなくてもいい。それよりも私が知りたいのは、人の感情とスケジュールだ。」
「なるほど……。キャロライン様の家族になるべく会わずに出掛けられる日を知りたいこと……、そしてロイ様がハンスリン家でどのように感じられているか知りたいということですね。」
「そういうことだ。きっと彼女はまだ家族に知られたくないんだろう?私の話を聞いたんだ。協力してくれるだろう?」
「そうお約束いたしましたし、何よりキャロライン様のことです。ロイ様信じてよろしいのですね?」
「信じてくれ。もし裏切られたと感じたら遠慮なく文句なり殴ってもらって構わない。」
「殴るって……。」
「ミソニの大熊を懲らしめるのは抵抗はないのに、私にはあるようだな。」
「……!そこまでご存知なのですか?!」
「私は事前準備を怠らないんだよ。得られる情報は全て得る。」
「……それだけ用意周到に準備されてから近付いているということですね……。」
「そういうことだ。だが人の心まではどうなるか最後までわからない。今は手探りで動いているのも事実だ。だから君の協力が必要なんだよ。」
「キャロライン様は今とても楽しそうに過ごされています。そのためなら協力は惜しみません。ですが、約束通り裏切られたと判断した場合は遠慮いたしません。」
「それでいい。頼んだよ。」
「かしこまりました。」
「ではもういいかな?キャロラインとの時間をこれ以上削られたくないんだよ。」
「大切な時間をいただきありがとうございました。ご案内いたします。」
ネモが時計を確認すると、部屋に案内してから思いの外時間が過ぎていることに気がつく。確かにロイとは話をしたかったが、楽しみにしているキャロラインの時間を奪ってしまっていることは申し訳なく感じてくる。
ネモはキャロラインに対する感情からか、帰路はいつもより早足でロイを玄関まで案内するのであった。
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「ネモ!お料理の確認できたわよ?特に確認も必要なさそうだったけど……。」
「……キャロライン様の確認が必要でしたので。ご満足いただけているならよかったです。」
「そう……。っ!ロイ様!お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。」
ネモとロイが玄関へ向かうと、先に待っていたキャロラインが声をかけてくる。どうやらロイが来ていることを知っていなかったらしく、普段通りネモに話していたところ、視界にロイが入ってきたことで、キャロラインはらしくもなく取り乱しており、そんな姿をロイは優しく微笑んで受け止めていた。
「気にしなくていいよ。彼女が話し相手になってくれたしね。話に夢中になってしまって……もしかして待たせてしまったかな?」
「いいえ……。お待たせしたのは私の方ですのでお気になさらず。」
「ではキャロライン、出かけようか?」
ロイはキャロラインが手に持っていたバスケットをさりげなく手に取り、キャロラインが荷物を持たないように配慮する。そしてもう片方の手を以前夜会の時には叶わなかったキャロラインの手を取ると、嬉しそうにゆっくり歩みを進めた。
「キャロライン、今日もとても可愛らしいね。」
「あっ……ありがとうございます。」
馬車に乗るまでのわずかな距離で甘い言葉を囁けば、さらに真っ赤な顔をしたキャロラインのロイと繋がれた手が、ピクッと反応する。
その愛らしい恥じらい方を愛おしいと感じながら、ロイはまた一歩目標に近づいた喜びを噛み締め、キャロラインの手を強く握り返すのであった。
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