課題2 手強い侍女を仲間にせよ②
「キャロライン様、お花はこちらに置きますね。」
「ありがとう。」
庭園にあるキャロラインがお気に入りの木の下に敷物を広げると、クッションと膝掛けをその上に置き、キャロラインは木に背中を預ける形でそこに座る。この場所で木漏れ日の中読書をするのがキャロラインは大好きなのだ。
お茶とお菓子も並べると、キャロラインのお気に入りの空間の完成だ。
今日はそこにロイから贈られた花を飾ることで、さらに華やかさが増し、目にも香りにも楽しめることができた。
キャロラインは本を読む前に花束に添えられた手紙を読むことにした。手紙の封を開けると、以前は気づかなかったが微かにコロンの香りがしてくる。カフェで再会した時ロイが身につけていた香りと同じ匂いに、ロイが手紙を書いたと匂いと共に伝わってくる。
前回と違う便箋はキャロラインの好みを反映したような男性が使用するには少しばかり可愛らしいもので、キャロラインのために用意してくれたものではないかと自惚れたくもなる。
なんてことを考えてしまったのかとキャロラインは我に返ると、急いで手紙の内容を確認した。
そこには昨日のお礼と昨日過ごせたことが楽しかったこと、そしてまた会いたいと書かれており、キャロラインは自然と笑顔になっていた。ほんの少し前までロイの気持ちが信じられずにいたのに、今ははっきりとその気持ちが嘘だとは考えられない。それどころかロイとの手紙のやり取りを楽しみにしており、また会える日を待ち焦がれている自分に気が付きつつある。
キャロラインの心は確実にロイに向けられていた。
「幸せそうなお顔をなされていますね。」
「顔に出ていたかしら?」
「はい。とても。」
「……お兄様には秘密にしてね。今お兄様に知られたくないわ。」
「それはもちろん。邸の者にも伝えるよう父に相談しておきます。旦那様にもまだ伝わらないように釘を刺しておきますね。」
「助かるわネモ。お父様もまだ知られるわけにはいかないからね。」
「キャロライン様、邸の者は全員キャロライン様の味方です。ご安心ください。」
「迷惑をかけてごめんなさいね。」
「迷惑ではありませんよ。それよりも私共は嬉しいのですよ。キャロライン様が恋をすることに前向きになっているのですから。」
「ネモ!恋ではなくその……お友達だから。」
「そうでしたね。まだお友達でございました。でもお友達から……というのもございますので。」
「ネモ!!」
「キャロライン様だってお気付きでしょう?ロイ様に対しての気持ちの変化を。明確に好意を伝えてきて、キャロライン様をしっかりと見てくださり、優しくしてくださる……そんな方に惹かれるのは当然ですよ。」
「そうだけど……。」
「大丈夫、焦らずゆっくり育んでください。それで違うと思えばそれだけの関係ですし、傷付けられたら私達の出番ですから!キャロライン様はただ今を楽しんでください。」
「ネモ……貴女も幸せになってほしいわ。」
「でしたら、キャロライン様が幸せになってください。私の幸せはキャロライン様が幸せになることです。素敵な方と結ばれて、奥方になられたキャロライン様にお仕えするのが1番の夢であり私の幸せですから。」
「ネモ……。」
「さあ、キャロライン様。読書より前に手紙を書かれますか?早く書かれた方がよろしいと思いますよ?」
「そうね。でもどうして分かるの?」
「今日届いたのは、赤いカーネーション。赤いカーネーションの花言葉は……あなたに会いたくてしかたがない……です。」
「そっそれって……」
「冷静沈着と噂の若きクレマチス様は、実はとても熱烈な方なのですね。沢山届けられた赤いカーネーションは、まるでロイ様の会いたい気持ちの大きさを表しているようです。」
「ネモ……それぐらいにして……。」
キャロラインは顔を真っ赤にしながら、顔を手で覆い悶えていた。いつかは夢に見てはいたが、慣れない甘い誘惑は刺激が強すぎるようであった。
「キャロライン様、本当に可愛らしい方ですね。では便箋をお持ちしますね。暫くお待ちください。」
ネモは楽しそうに微笑むとそのまま便箋を取りに邸へ戻って行った。1人残されたキャロラインは、まだ熱い顔と煩い胸の音を聞きながら、無意識にロイの手紙を抱きしめていた。
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「お父さんお願いできますか?」
「もちろんお嬢様のためなら惜しみなく協力する。旦那様と坊ちゃんのことは私に任せなさい。」
「ありがとうございます。」
「そうですね……奥様には伝えておきますか?」
「奥様は大丈夫でしょうか?」
「確かに奥様もこの家に染まってるが……元はこの家とは別の方……。大切な娘のため、旦那様や坊ちゃんの暴走を止めてくれると思うよ。」
「そうだといいのですが……。」
ネモはバロックの言葉に半信半疑だった。キャロラインの母エリーヌは結婚してハンスリン家に嫁いできたが、力こそ全ての家に馴染めたのはひとえに彼女が筋肉が好きだからだ。
エリーヌは結婚する前から鍛え抜かれた筋肉を眺めるのが好きな少女だった。騎士団に所属していた父のトレーニングを眺めるのが彼女の日課となっており、娘の話を父親が職場で話したお陰でハンスリン家の耳に入り、それがきっかけでエリーヌは現ハンスリン伯爵でありキャロラインの父であるロバートと婚約することとなった。
エリーヌにとってみれば毎日筋肉のトレーニングに勤しむこの家はまさに天国であり、家訓である筋肉は裏切らないは素晴らしすぎる響きだった。
だからこそ嫁いでからは簡単なトレーニングに勤しむようになったし、当然のように生まれてきた我が子にも幼い頃から家訓を言い聞かせ、トレーニングも毎日行わせた。
キャロラインも当然そのように育て、また結婚するなら強くて逞しいロバートのような人を選ぶように教えていた。
そのことを知っているからこそ、バロックからの提案は受け入れ難かった。ロイは騎士ではなく外交官であるため、ロバートやアルフレッドのように筋骨隆々ではなかったため、エリーヌから2人の仲を反対されると思ったからだ。
「安心しなさい。奥様はお嬢様の味方だ。あのお方は気付いていらっしゃるんだ。」
「何をですか?」
「お嬢様が昔と違ってトレーニングに励んでいないこと、この家のしきたりに困っていることも全てね。」
「そうなのですか?!」
「一度話されたんだ。お嬢様には強い男というだけで決めるのではなく、お嬢様の内面を好きになってくださる方がいいのではないかと。親が相手を決めてしまえば、お嬢様を一生この家に縛り付けてしまいそうだと。お嬢様の幸せのためなら、旦那様を説得すると仰っていた。あの時のお顔は嘘ではないと私は思っている。だから奥様にお伝えすべきだと思う。」
「お父さんがそう言うなら従います。」
「任せなさい。お嬢様の初恋大作戦、邸の者総出でお支えしましょう!」
「ネーミングセンス……。やりすぎ注意ですよ。くれぐれも陰から支えるぐらいでお願いします。」
「……そうですね。また進展があれば報告を。情報は共有するように。」
「分かりました。では失礼します。」
部屋から退室するネオを見送ると、バロックは
「さてまずは彼のことを調べますか。」
そう呟きペンを手に取りどこかへ手紙を書くのであった。
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「お帰りなさいませ、ロイ様。」
「ああ今戻った。……どうした?何かいいことでもあったか?」
邸で出迎えてくれたハーマンに着ていた上着を預けると、ハーマンがいつもより上機嫌であることに気がつく。
「ええ……ありましたね。」
「何故勿体ぶる?」
「すみません。言われた通りハンスリン家に届けに行きました。」
「それで?」
「ハンスリン伯爵の執事が応対してくれましたが、それをキャロライン様に目撃されまして。」
「なっ?!彼女と会ったのか?」
「ええ。偶然ですよ。出掛けようとなされてたキャロライン様とたまたま玄関でお会いしたのですよ。」
「それで?彼女の反応は?」
「冷静沈着と噂のロイ様も、キャロライン様のこととなると冷静ではいられないのですね。」
「……揶揄うなよ。」
「ふふっ……。そういうところ、坊ちゃんは大人になっても変わりませんね。」
「坊ちゃんって……。子供扱いしないでくれ。」
「私にとってみれば坊ちゃんはいくつになっても可愛い坊ちゃんですよ。貴方が昔みたいに感情豊かになることが嬉しいのです。」
「……心配かけてすまない。」
「いいえ。……ああ、キャロライン様のことですが、お花とお手紙にとても喜んでおいででした。お花とお手紙とても嬉しいですと直接私にロイ様に伝えるよう言葉をいただきました。」
「そうか……それはよかった。」
「それと、ロイ様が何が好きか尋ねてこられました。」
「私のことを?」
「はい。ですからお伝えしておきました。」
「それで何を伝えた?変なことを伝えてないよな?」
「変なこと……ご安心を。キャロライン様のことを何年も前から慕っているなどは伝えていませんよ?」
「ハーマン!やはり揶揄っているではないか!それに何故それを知っている?!」
「あなたを幼い頃より見ています。それに旦那様が嬉しそうに話してくれたことがあるのですよ。」
「父上……。あの時のか……。今回のことは?」
「まだお伝えしておりません。」
「そうしてくれ。」
「キャロライン様から早速お手紙が届いておりますよ?お食事の前に読まれますか?」
「もう?!もちろん先に読む。」
「かしこまりました。では食事が整いましたらお声がけに参ります。」
「よろしく頼む。」
ロイはキャロラインからの手紙受け取ると、急いで部屋に戻っていった。その背中を見送りながら
「それでも旦那様の耳は地獄耳です。近いうちに気付かれますよ……」
ハーマンはそう楽しそうに呟いていた。
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