課題2 手強い侍女を仲間にせよ①
「お帰りなさいませ、ロイ様。本日も楽しかったようですね。」
「ただいま。実に素晴らしい時間だったよ。」
「それはよかったです。お食事はいかがなさいますか?」
「もう少し後でお願いできるか?それよりも、一つ頼みがある。」
「何でございましょう?」
「庭師にこの花を朝摘んで花束にするように伝えてほしい?」
「かしこまりました。手配いたします。」
「ああ頼む。欲しい花はこれを。色も指定で頼む。」
「かしこまりました。朝確認されますか?」
「そうだな。では朝食の時間に確認するからそのように。」
「確認後私が届けに参りますね。抜かりなく手配しておきます。」
帰りの馬車の中で書いたのか、少し乱れた文字の手帳から切り離した紙を手渡されたハーマンは、すぐに意図を理解すると何も聞かずに従った。
「ああ。頼む。」
ロイは部屋へ戻ると、今日のことを思い出し自然と笑みが溢れていた。今日のキャロラインも可愛らしかった。贈った花の意味は理解してもらえてなかったが、花を贈ることも、気持ちを伝えても嫌がられなかったのは嬉しいことだ。そして何より、キャロラインの口から名前を呼んでもらえたのは想像以上によいもので、にやける口元を引き締めるのに必死だった。
「可愛すぎる。ようやくここまでこれたのだから、もう離すものか……。さてまずは手紙だな。」
ロイは独り言を呟きながら、今日のキャロラインを思い出して顔を綻ばせていた。自分がこんなにも自然に笑えるなど思わなかった。いや実際できたのだがそれを押さえつけてできないようにしてしまっていた。
だがキャロラインを前にすると、その押さえ込んでいた感情すら溢れてくる。この感情のまま文をしたためてしまえば、恐ろしいほどの執着心を曝け出しそうで、ようやく近づけたはずなのに逃げられてしまうことが容易に想像できるため、ロイは慎重に言葉を選び、書き終えると内容を何度も確認し封を閉じた。
時計を確認すると、部屋に入ってからもう1時間が経っていた。仕事だと簡単に書ける手紙でも、大切な人に送る手紙はこんなにも時間をつかってしまうのかと頭を掻き呆れながら、ロイは自身の変化に笑っていた。
「次は……あの侍女だな。」
ロイは天井を見上げて呟くと、カフェにいたネモを思い出していた。侍女の服装ではなく、溶け込むような服装をしていたが、ネモの顔は事前に調べて知っていたし、何より不安そうにキャロラインを見つめる瞳と、キャロラインに害があるのか見極めようとロイを見つめる瞳を向けられて気付かない方がおかしい。
ロイは仕事で下調べをするのが得意だ。それは確実に仕事を完遂するためであるが、それは仕事以外にも発揮する。キャロラインをなんとしても手に入れたいロイは、キャロラインに近づくずっと前からキャロラインの事はもちろんのこと、彼女の家のことから周りのことまでとことん調べ抜いている。だからこそネモのことももちろん把握していた。
ロイの調べでは、ネモはキャロラインの幼少期から側におり、姉のような存在でもあること。そして兄であるアルフレッドに負けないほど、キャロラインを大切にしていること。ミソニ国で最強と言われているアルフレッドに恐れられている存在であることすら調べ上げていた。
ロイにとってネモはかなり強敵だった。兄はただのシスコンであるが、ネモは忠誠心もあり鋭い性格のため、中途半端に取り繕うと簡単に信頼を失いそうであった。
だが認められ協力してもらえれば、ロイにとってはかなり協力な助っ人であることは間違いなかったため、ネモとの対峙は慎重に行う必要があった。
「そろそろ次の段階へ進む時かな……。」
ロイはしたためた手紙を見ながら次の段階へ進むことを予感していた。ネモは仕事を後回しにしない。何でも早めに解決する性格であることは調べ上げているため、早めに動いてくることは察しがついていた。
そんなことを考えていると、部屋の扉が叩かれ夜ご飯の時間を伝えてくれる。ロイはそのまま立ち上がると手紙を手にし部屋を後にするのであった。
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「キャロライン様、本日はどうなさいますか?」
「………………。お天気がいいから庭で本でも読もうかしら?」
「かしこまりました。では昼食も庭でとれるよう後程伝えておきます。」
「ありがとう。ではこの本をお願いできるかしら?」
キャロラインは飲み物やお菓子をバスケットに詰めているネモへ一冊の本を託すと、自らも膝掛けを手に持って準備を手伝う。本当は本も自分で持ちたいが、キャロラインが持つことをネモは許してくれないため、せめてものと準備を手伝うことにしているのだ。
2人で準備をするためあっという間に支度が整うと、キャロラインは庭へ出るために玄関へ向かう。ネモと楽しく会話をしながら玄関へ向かうと、父親の執事を務めるバロックが来客の対応をしているところだった。
「こんな朝早くに珍しくわね?」
キャロラインは朝早くの来客に驚きつつ、玄関前の階段を降りていると、玄関の2人の会話が聞こえてきた。
「お嬢様のためにありがとうございます。」
「こちらこそ朝早くに失礼いたしました。どうしても早く届けて欲しいという指示でして。」
この邸でお嬢様と呼ばれるのはキャロラインだけだ。つまりキャロラインのために来客は赴き、そして何かを届けたとなると……考えられるのは一つしかなかった。
「もしかしてシュバルツ家の方ですか?」
立ち聞きし会話に混じるなど失礼かもしれないが、キャロラインは聞かずにはいられなかった。そのまま急いで階段を降りると、突然のキャロラインの登場に目を丸くしているバロックの横に並んだ。
「突然声をかけて失礼いたしました。キャロライン・ハンスリンと申します。」
「お初にお目にかかります。キャロライン伯爵令嬢様。私はハーマン。シュバルツ家の次期当主、ロイ・シュバルツ様の執事をしております。本日は主人の命でこちらに参りました。」
ハーマンは礼儀正しく挨拶をすると、目線を一瞬バロックに向けた。キャロラインはそれにつられるようにバロックを見れば、バロックは前回貰った物よりも立派な花束を持っていた。
「ロイ様からキャロライン伯爵令嬢様へのプレゼントです。気に入っていただけると嬉しいです。」
「このような立派な物をありがとうございます。お礼はお手紙でまた書かせていただきますが、まずは簡単なお礼をお伝えしてくださいませんか?」
「もちろんでございます。喜んでいただき私も嬉しい限りです。」
「あの……お忙しい所申し訳ないのですが、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、何なりとお聞きください。」
「ロイ様は何がお好きですか?いつもいただいてばかりで何もお返しができておりません。何か好みなどあれば教えてくださいませんか?」
「わざわざお気遣いありがとうございます。あなた様が喜んでくださるだけで主人は大喜びなのですが、そうですね……、主人は絵を眺めるのが好きですね。ただ邸には飾っていないのですがそろそろ何か欲しそうにはされていました。後は甘い物も好きです。」
「絵ですか……。それはどのような?」
「どんな絵でです。絵の具で描かれなくても、どんな物で描かれても絵であれば喜びますよ。それがあなた様からいただけたら……主人は喜ぶこと間違いありません。」
「どんな物でもですか?」
「はい。間違いありません。」
キャロラインの問いかけにハーマンはにっこりと優しく微笑んで答えてくれる。その笑顔に嘘は見受けられなかった。
「わかりました。お忙しいところありがとうございました。どうかロイ様にお花もお手紙もとても嬉しいです。ありがとうございますとお伝えください。」
「必ずお伝えいたします。朝早い時間に失礼いたしました。これで失礼いたします。」
ハーマンは姿勢のいい深いお辞儀をすると帰っていった。
いつの間にかキャロラインの隣にいたバロックは、キャロラインの邪魔にならないように移動し、ネモに花を預けて姿を消していた。
「キャロライン様、父より預かりました。お部屋に飾りますか?それともお庭にご一緒に運びますか?」
「庭にお願い。それから後でお願いがあるの、聞いてくれるかしら?」
「もちろんでございます。では参りましょう。」
ネモは手に花とバスケットを抱えると問題ないというように、何食わぬ顔で歩き出した。
「ネモ、重くない?私も何か手伝うわよ?」
「そんなことさせられません。もしそんな姿を見られたら……父に叱られてしまいます。」
「バロックはそんなに厳しいの?」
「キャロライン様には甘い父ですが、私には厳しいのですよ。そのお陰で今こうしてキャロライン様の侍女としてお仕えできているので、厳しくしてくれた父には感謝していますが。」
「そうだったのね。なんだか意外だわ。」
2人は笑いながら、暖かな陽射しに包まれた庭に向かって歩みを進めるのであった。
お読みいただきありがとうございます
本日より課題2の始まりです
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します