課題1 お友達になりましょう④
「楽しい時間でしたか?」
カフェでロイと別れたキャロラインは、すぐにネモと合流し帰路についた。本当はロイが邸まで送ると伝えてくれたが、ネモを1人にさせてしまうため、馬車を待たせていると伝えて今回は遠慮させてもらっていた。
部屋に着いてすぐ、目を輝かせてネモが聞いてくるため、キャロラインは今日のことを思い出していた。
「そうね。楽しかったわ。ロイ様はお話しがとてもお上手ね。」
「まあ、いつの間にお名前で呼ばれるようになったのですか?仲が深まって嬉しい限りです。」
「ロイ様が気持ちを伝えてくださったの。でも、まだ私がロイ様の気持ちを信じられないと思うから待ってくださると言ってくれて……。それでまずはお友達から始めることになって、その第一歩として名前呼びすることになったのよ。」
「そうでしたか。ではロイ様はキャロライン様を何とお呼びしてくださるのですか?」
「キャロラインと……。そうお願いしました。」
「素敵ですね。キャロライン様の気持ちが落ち着くまで待ってくださるなど、なんて大切に思ってくださるのでしょうか。」
「本当ね。ネモ、ロイ様は信じられるかもしれないわ。」
「キャロライン様の気持ちが少しでも前向きになれることは素晴らしいことです!周りの顔色などうかがわず、キャロライン様の気持ちに素直になって行動してください。私はいつでもキャロライン様の味方ですよ。」
「ありがとうネモ。」
「それにしても、ロイ様は噂と異なり熱烈な方ですね。あって間もないキャロライン様に愛を囁くなど。キャロライン様は素敵な方ですので当然ではありますが。」
「私も初対面なのにと不思議だったのだけど、ロイ様は私のことを夜会で何回か見かけて、その都度声をかけたいと思ってくださっていたみたいなの。だけど、いつも他の男性が先に声をかけてしまうため声をかけられなかったみたいで……。あの日はたまたま私が男性から断られる場面を目撃したらしく、すぐに声をかけてくださったみたいなの。」
「夜会でキャロライン様を見ていたのですか?!でもキャロライン様、ロイ様は滅多に夜会に出ない方で有名ですよね?そんな方が夜会に参加していたなどキャロライン様は噂話でも聞いたことはありますか?」
「そういえば……ロイ様が参加されているなどの会話は聞いたことがないわ。幻の方だしあれ程の身分で素敵な方だから、参加してたら女性達はロイ様の話題で持ちきりになりそうよね。」
「そうです!キャロライン様なら会場にロイ様がいれば気付かれるはずです。それを気付かず見初められていたなど……何か不自然な気がします。」
「ではロイ様のお話は嘘であるということかしら?」
「他に何か話されましたか?」
「たわいもない会話がほとんどよ。でも、私を幸せにしたいと本気で考えてくださっていて、幸せにするためならどんな障害も乗り越えるとは言ってくれたわ。だから名前を聞いたって怖くはないと。そういえば花を贈った時に何か気付いたかとは聞かれたわ。私はカードの事かと思ったけど、そう伝えるとロイ様は一瞬困った顔をした気がするの。気のせいかもしれないけど。でもその後は普通にまたお花を贈ってくれると言ってくれたわ。」
「お花のことはやはり意味があったということですね。それにお話を聞く限りではロイ様のキャロライン様への気持ちは嘘ではないでしょう。」
「どういうこと?」
「キャロライン様がお気付きではなかったので私から申し上げる訳にはいかないと思っておりましたが……お伝えするべきでしょうか。」
「教えてネモ、貴女が知っていることを。」
ネモはキャロラインが自分で気付くまでは伝えずにおこうと決めていたが、ロイの反応を考えると知っていた方がいいのではないかと考えるようになり、暫く考えてからネモは真実を伝えることにした。
「ロイ様から贈られてきた花は覚えていますか?」
「もちろんよ。ピンクの可愛らしい薔薇だわ。」
「そうです。正確に言えばピンクの薔薇が5本です。キャロライン様、花には意味があることはご存知ですよね?」
「ええ。でもそれぞれの意味はごめんなさい……分からないわ。」
「種類が多いので当然です。知らない方の方が多いでしょう。話を戻しますね。ロイ様が贈られた花にももちろん意味があります。5本の薔薇はあなたに出会えてよかった。ピンクの薔薇には可愛い人という意味があります。つまり夜会でキャロライン様と出会えた喜びとキャロライン様に対する気持ちを花に込めて贈られたというわけです。」
「そんな……そんな意味が込められていたなんて。」
キャロラインはネモからの言葉に顔を真っ赤にさせていた。まさか贈られた花にも、贈った本数にまで意味を込めたなど知らず受け取り、ロイにただ花のお礼だけ伝えてしまった。あの時のロイの表情が、キャロラインが理解していないことに対する感情の答えだとすれば申し訳なさすぎた。
今はロイの花に込めた気持ちを知ってしまい、嬉しさと無知な自分への恥ずかしさで感情が入り乱れてしまっていた。
「どうしましょう。そんなことに気付かず私は……ただお礼を伝えるだけでした。」
「先程も伝えましたが分かる方の方が少ないです。ですからロイ様も通じなくても怒ったりしませんよ。」
「そうだといいわ。ネモ、今度からは教えてね。」
「かしこまりました。ロイ様のキャロライン様に対する気持ちは嘘ではないはずです。ただ何か隠していることはありそうですね。ミソニの若きクレマチス様です。何かキャロライン様が気付かずうちに作戦を練られているのかもしれません。」
「そんな大袈裟なことをするかしら?」
「わかりません。ですが外交の場では誰もが考えつかない案を出したり、綿密な下調べで有名な方です。そしてプライベートでは人付き合いが苦手な方が、キャロライン様には積極的に動かれています。キャロライン様が考えているよりも、ロイ様は先を見据えて行動しているかもしれませんね。」
「ネモ……私大丈夫かしら?」
「問題ありません。いざとなったらこのネモがキャロライン様をお守りします。ですから今度お会いになる時は、私も少しだけロイ様とお話できる機会をいただけますか?」
「ネモ、何をするの?」
「何もしません。ご安心を……アルフレッド様みたいにいきなり叱ったりしませんから。ただ一つお聞きしたいことがあるだけです。」
「……わかったわ。その場に私はいない方がいいわよね?」
「そうですね。お願いします。」
「今日のお礼も伝えなくてはいけないし、また近い内にお会いできるようにしてみるわ。ネモ、話を聞いてくれてありがとう。」
「キャロライン様のためですから。さあ、今日はお疲れでしょうから早めに休まれては?」
「でもお礼の手紙を……」
「私の予想では明日、ロイ様から花と手紙が届くはずです。それからでも遅くないですよ。」
ネモはいつもより少し早い時間にキャロラインの部屋を後にすると、自室に戻りながら今日の出来事を思い出していた。
ロイは店に入るとすぐ店内を見渡し、キャロラインが既にいることに気付くと嬉しそうに彼女に近づいていった。キャロラインに声をかけ席に座る前、その一連の流れを目で追っていたネモとロイの視線がぶつかった。偶然だと思ったが、真っ直ぐにネモを見て視線を逸らさないロイの行動は、偶然ではなくキャロラインの侍女と分かっての行動だと瞬時に判断がついた。
そのまま時間にして5秒ほど見つめた後、ロイはネモに一度だけ頷いて視線を外し席に着いた。言葉にしなくても何も心配いらないという態度で示された気分だ。
それからは一回もネモを見ることなく会話を続けたロイは、帰りがけ席を立つとまたネモの方を見た。それは送れないキャロラインを任せたと言われているようで、ネモは静かに頷くことしかできなかった。
そもそもネモはロイと会ったことがない。気付かれないように邸で着る制服も着ていなかったため、店内にいるネモがキャロラインの侍女だと誰も気付く者はいないはずだ。それをいとも簡単に顔も知らないはずのネモを見つけて合図を送ってきたということは、ロイは事前にネモのことを知っていたことになる。
「ミソニの若きクレマチス様は、かなり用意周到に行動されているのかも……。」
ただの侍女まで調べられていたとすれば、もうその事に気がついた時には既に、周りを包囲されているのかもしれない。逃げられない蟻地獄に誘導されているような気持ちを抱きつつ、それでもあれ程穏やかで優しい顔をキャロラインに向けるロイは、キャロラインを幸せにしてくれると確信があった。
ならば自分ができることは一つ。ロイと話す機会を得るまでに話す内容を考えようと心に誓いながら、キャロラインは帰路を急ぐのであった。
お読みいただきありがとうございます
これで課題1は終わりです
明日からは課題2へと入ります
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します