追加課題 熊の恋を見守れ!
キャロラインと結婚してから、ロイの邸は賑やかになった。当然娘がいなかったシュバルツ家にとって、義理の娘となるキャロラインが嫁いできたことで、使用人の数が増えたからと言われたらそうなのだが、キャロラインのおかげで毎日笑いが絶えない暖かい家となり、ロイの親であるクリスとユリンも愛娘のようにキャロラインを可愛がっている。
そしてこの家で1番の変化と言えるのは、警備として新たな仲間が加わったことだ。ただ私兵が増えただけではそこまで変化はない。そう……ただの私兵ではないため大きな変化なのだ。
「おはよう、よく眠れた?」
こうやって新たに加わった警護要員に朝の挨拶をするのが、最近のキャロラインとロイの日課になっていた。
声をかけられた方は嬉しそうに微笑むと、ロイは手に持っていたご飯を差し出し食事を与える。
「ふふっ……サブローはすっかりここの子ね。」
そう……新たに加わったのは熊のサブローなのだ。暴れん坊だったサブローはアルフレッドのお陰ですっかり大人しくなり、今回キャロラインの結婚を機にアルフレッドの命の下、キャロラインの護衛としてこの邸にやって来ていたのだ。
最初その提案をされた時はとても驚いた。当然だ。熊など無縁のこのシュバルツ家に熊を置くことなど可能なのか問題は様々だった。
もちろんロイの親であるクリスも最初は難色を示した。だがあの過保護なハンスリン家がこの申し出を断れば、嫁にやらんなど言いそうで、クリスとロイは相談を重ね、ハンスリン家に熊の世話の仕方や慣れるために、邸に通うことで合意を得ることができた。
キャロラインが嬉しそうに頭を撫でれば、サブローも幸せそうに頭を撫でられている。ロイも同じように撫でてあげれば、サブローは嬉しそうに喉を鳴らした。
サブローはすっかりキャロラインとロイに懐いており、以前暴れていたのが嘘ではないかと言いたくなるほど、丸くなり穏やかな熊であった。
ロイはただキャロラインの大切な人だからと言うのではなく、イシュカン王国からの帰り道でサブローと打ち解け、ロイがキャロラインとの結婚を認めてもらうために、アルフレッドの地獄のトレーニングを熊と共に行ったりしたことで、認められ深い絆が結ばれるようになっていた。
「サブロー、今日もキャロラインをお願いね。じゃあキャロライン、僕たちもご飯にしようか。」
「はい。またねサブロー。後でブラッシングしてあげるわね。」
「キャロライン、僕には?」
「もう……では先にロイ様ですね。」
「ありがとう。」
キャロラインへの独占欲は結婚してからも相変わらずで、それは人以外にも発揮されている。結婚してからも仲睦まじい2人のやり取りをサブローはいつも見ていたが、サブローも人間にしたら青年の年齢だ。そろそろ相手がいてもおかしくないため、ロイとキャロラインのような関係を熊でも築ければと考えるようになっていた。
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そんな矢先、アルフレッドが珍しく邸を訪ねてきた。
今日はロイが仕事が休みで、キャロラインと2人で出掛けている。なんでも王都で美味しいケーキを食べに行くそうで、サブローは街にいけないためお留守番をしていた。そんな中を前触れもなくアルフレッドが来たため、サブローは久しぶりに怯えていた。穏やかな生活で忘れていたアルフレッドの強烈なスキンシップを思い出していたのだ。今は味方であるキャロラインもロイもいないため、サブローは1人でアルフレッドの対応をしなくてはいけなかった。
だがどうやらスキンシップをやりに来たわけではないらしく、アルフレッドはいつもの目に恐ろしいほどの闘志を宿しておらず、キャロラインを見る目のように非常に優しい目をしていた。
「サブローー!!久しいな!!!義弟からお前の働き振りは聞いているぞ!よく頑張っているな!!」
そう言うとアルフレッドは優しくサブローを撫でた。アルフレッドから褒められたのはこれが初めてで、サブローはかなり驚いていたが、アルフレッドからようやく認められたのが嬉しく、喉を鳴らして喜びを表していた。
「今日はお前に紹介したい者がいるんだ。おいで!」
アルフレッドに呼ばれて前に出て来たのは一匹の熊であった。見た瞬間時間が止まってしまったかのようにサブローはその子から目が離せなくなっていた。
「この子はハナ。ここに花のような模様があるからそう名付けた。年はたぶんお前と同じくらいだ。知っていたか?」
アルフレッドの問いかけにサブローは首を横に振った。ミソニ国は広大なため、いくつかの熊の群れがある。その全ての群れを纏めるのがレットであるが、各群はその群れのリーダーが纏めており、それぞれの群は縄張りで生活しているため、サブローは他の群の熊など知る由もなかった。
「そうか、知らないか。お前もそろそろいい歳だろう?レットがお前の伴侶はこの子がいいのではないかと言って来たんだ。どうだ彼女と一度デートでもしてみるか?」
サブローはその問いかけに即座に首を縦に振って答えた。サブローは彼女に一目惚れしていたのだ。
群れの中で伴侶を見つけるものもいるが、うまくいかないことももちろんある。そんな時仲人の役割を果たすのがレットの仕事の一つでもある。レットが相性がよさそうな熊を選んで顔合わせをするのだが、サブローの場合野生ではなくロイの邸で仕事をしているため、レットが気軽に行くこともできず、代わりにアルフレッドが来たということだ。
当然アルフレッドは熊の言葉などわからない。だが長年の経験でレットの言うとが理解できるため、こうしてハナを連れてくることができたのだった。
ハナはサブローのことに大して興味がないのか、サブローが見つめても素っ気ない。だがここで諦めれば男が廃るならぬ熊が廃る。サブローはやる気に満ち溢れていた。
「では詳細は義弟に伝えておくよ。頑張れよサブロー!」
嵐のようにやってきたアルフレッドは、また嵐のように去っていった。
その日の夕方、キャロラインとロイは邸に戻ってくるなりすぐにサブローの元へやってきた。アルフレッドがサブローに会いにやって来たのを聞いたためだ。
「サブロー、お兄様は何の用事だったの?それよりも何かされてない?」
サブローは首を横に振り何もされていないことは伝えるが、お嫁さん候補が来たことは伝えられない。ただおどおどするサブローにキャロラインもロイも心配そうにしている。
「ごめんねサブロー。君が何かを伝えたいのはわかるんだけど、僕達は理解してあげることができないんだ。だけどお義兄さんには何もされてないみたいだから、キャロライン、とりあえず落ち着こうか?明日登城したら時間を見つけてお義兄さんに事情を聞きに行くよ。サブローそれで大丈夫かな?」
ロイのその言葉にサブローが頷くので、キャロラインはひとまず安心したような表情を浮かべていた。ロイもキャロラインもすっかりサブローを可愛がっており、大切な家族として扱ってくれている。だからこそ彼がここから連れ出されるのではないか、ただそれだけを危惧していたが、サブローの反応からそれは違いそうなため、今日のところは落ち着くことにした。
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「ただいまキャロライン。変わったことはなかった?」
「お帰りなさいませロイ様。何もありませんよ。今日はお義母様と楽しくケーキを作りました。ロイ様が昔お好きでよく食べていたケーキだそうですよ。」
「ああ……あれは好きだったな。それは僕も食べられる?」
「もちろんです。お夕飯の後出しますね。」
「楽しみにしているよ。ああそうだ、お義兄さんから話を聞いたよ。ご飯前に少し話そうか?」
仕事から帰宅したロイを玄関で迎え入れるのがキャロラインの大切な仕事の一つだ。今日何があったのかたわいもない会話をしながら部屋に帰るのが流れで、仲睦まじい2人の様子をいつも使用人達は温かい目で見てくれている。
今日も優秀なロイの執事であるハーマンが2人の会話の内容から、夕食を少し遅らせようと判断し動いているなど、2人は知る由もなく、部屋に帰っていった。
「それでお兄様はどんなご用件で?」
部屋に入るなりキャロラインが聞いてくるため、ロイは苦笑いを浮かべるとまずは彼女にただいまの口付けを落とす。これも帰宅する際の流れで毎日行っているが、キャロラインは未だ慣れないのか毎回顔を真っ赤にさせている。
「サブローにねお嫁さん候補を紹介しに来たみたいだよ?」
「お嫁さんですか?!」
「そう。サブローも結婚適齢期なんだって。それでボスであるレットが連れて来た熊……ハナというそうなんだけど、その子と今度デートするみたいだよ。」
「デートですか!!」
「うん。どうやらサブローは気に入ってるみたいだよ。だからうまくいくといいね。」
「はい!可愛いお嫁さんなら大歓迎です!!あっ……でもロイ様、お邸は大丈夫ですか?熊が増えますけど。」
「……………………それは父上と相談しておくよ。でも大切なサブローの結婚だからね。家が邪魔をしてはいけないから説得してみるよ。」
「ありがとうございます!!サブローに明日頑張れって声をかけませんといけませんね。」
すっかり親バカとなっている2人はサブローを応援することに必死だ。もちろん受け入れるための問題もあるが、そこはなんとかしてでもサブローに幸せになって欲しかった。
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デートまで後少しというある日、ロイはサブローと話をするために1人でサブローの元にやって来ていた。
「サブロー、父上から許可はもらったよ。お嫁さんが来ても大丈夫なように受け入れできるから、後はサブローが頑張る番だよ!」
ロイが頭を撫でれば、サブローは嬉しそうに喉を鳴らしてくれる。いつもはそれだけなのだが、今日はやたら甘えたがりでロイの足に擦り寄り、上目遣いでロイを見つめていた。
「サブロー?もしかして僕に何か聞きたいの?」
何かを訴えるような眼差しにロイが尋ねれば、サブローはすぐに頷いてくる。ロイから聞きたいことは何か……考えを巡らしたロイは一つの答えを導いた。
「もしかして、恋愛指南してほしいとか?」
その問いかけにサブローは大きく頷く。そうサブローは恋愛の先輩であるロイから恋愛指南を受けようとしていたのだ。
「確かにキャロラインのためにいろいろ頑張ったけど……熊に通用するかな……?」
ロイが困ったように聞けば、瞳を潤ませて悲しそうな目でロイを見つめてくる。サブローは藁にも縋り付く気持ちでロイに助言を求めていたのだ。
「わかった……!僕のアドバイスでうまくいくかはわからないけど……やらないよりやった方がいいかもしれない!!サブロー、一緒に頑張ろうね!!」
こうしてロイからの恋愛指南を受けることになったサブローは、デート本番の日まで、ロイから指導を受けることになった。
「サブロー、熊は花が好き?僕はよくキャロラインに花を贈るよ。」
そう聞けば、可愛らしい花を探し
「サブロー、熊がみんな好きな食べ物とかある?そう言うのをプレゼントするといいかもね!」
そう聞けばサブローが大好きな木の実を集めて、それをロイに袋に入れてもらったり
「とにかく身だしなみは大切だよ!まずは綺麗でなくちゃ。」
そう言われれば水浴びをいつもより丁寧に行い、
「女の子を何より大切に扱うんだ。大切な子なんだろう?サブローにとってその子が特別だと伝わるようとにかく優しく接するんだ。」
そう聞けば、ロイのような振る舞いを学び、デート本番までにやれる対策は全て行った。
そうして迎えたデート本番の日。サブローはロイとキャロラインに温かく送り出されて待ち合わせ場所まで向かった。
初対面で素っ気なかったハナであったが、今日はサブローに興味をもったのか愛想がよかった。そしてロイから教わった恋愛指南のおかげか、花や木の実のプレゼントを大変気に入ってくれ、木の実は2人で分け合って食べた。
サブローの丁寧に洗われたもふもふの毛並みも気に入ってくれたらしく、サブローの毛並みに頬擦りまでしてくれる仲まで進むことができた。
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それからサブローは無事にハナをお嫁さんに迎えることができた。サブローが願っていた通りロイやキャロラインに負けないほど仲がいい夫婦となっていた。
「おはよう。今日もみんな元気ね。」
今日もサブロー達への朝の挨拶から1日が始まる。キャロラインが嫁いできてから変わらない朝の始まりだが、最近そこに少しだけ変化が起きた。
「あら?少し大きくなったかしら?」
キャロラインは抱き上げたものが少し重くなったことに気がつく。キャロラインの腕の中には小さな子熊がいたのだ。
「成長している証だね。みんなすくすく成長してるみたいだね。」
ロイもまたもう一匹を抱えて大切そうに頭を撫でている。サブローとハナの間にはこの春可愛らしい子熊が2頭誕生したのだ。
「本当に可愛い。ふふっ大きくなるのよ。あっでもパパみたいに暴れん坊になっちゃだめよ?」
キャロラインは楽しそうに昔の暴れん坊だった頃のサブローを思い出し、ついつい笑ってしまっていた。
ロイはその言葉を聞くと、自身が抱えていた子熊を置き、キャロラインから子熊を取り上げた。
「キャロライン、子熊の世話もいいし、サブローをパパと呼ぶのもいいけど……。そろそろ僕もパパって呼ばれたいな?」
耳元でキャロラインだけが聞こえるように甘く囁けば、キャロラインがたちまち真っ赤な顔をする。サブローには慣れた光景だが、子供にはまだ見せたくない。サブローはそっと子供達を自分の影に隠し、2人の世界に入れるよう空気を読む。サブローは父となり気遣いが出来るようになっていた。
「まだ……朝です!!」
必死に抵抗するキャロラインの肩をがっちり掴んでロイは邸の方へ歩みを進める。
2人の後ろ姿を見送りながら、サブローは近い未来大好きな家族に新しい命が増えることを楽しみに、穏やかな日常を過ごすのであった。
お読みいただきありがとうございます
番外編は明後日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




