追加課題 生きて帰れ!!
命を賭けることはこの平和になった世界では、そう滅多にない。戦場へ出向くこともなければ、極悪人に出会い命を狙われる機会はまずない。
国同士の交渉だって大昔は失敗したら命を落としていたかもしれないが、今はそんなことは全くなく、次に備えて仕事仲間で打ち合わせを重ねこれ以上の損失が起きないよう、皆が助け合い仕事をするため、仕事に命を賭けると言っても本当に命を賭けるわけはなく、それぐらいの意気込みで仕事に向き合うという意味合いでしか使われておらず、その言葉通りに経験する人などこの時代には存在しないと考えられていた。
だが今この時代にその言葉を文字通り体現しようとしている者がいた。
その人物の名はロイ・シュバルツ。若き外交官であるが非常に優秀で他国からは「ミソニ国の若きクレマチス」として恐れられていた。
そんな彼が命を賭しているのは、外交問題で他国に捕らえられているわけではない。平和なミソニ国での出来事なのだ。もちろん極悪人に囚われているわけでもない。
貴族の家の応接間での出来事なのだ。
何故そのような状況になったのか。それはよく聞く結婚の申し込みをするためだった。政略結婚なら当人同士が子供のため、双方の親が子供の代わりに婚約を結ぶ。
だが恋愛結婚の場合は結婚したい当人同士が、それぞれの親へ結婚の許可をもらいにいかなくてはいけない。「娘さんをください」というあれだ。
だいたいは当人同士がいいならと簡単に認めてくれることがほとんどだが、ごく稀に身分違いで反対されたり、婚約者がいる身でありながら、別の人物と恋仲になり揉めるという話は出てくるが、最終的には親が認めて事なきを得ることが多い。
ロイの場合は身分差は問題なく、婚約者もいない。そして何より2人はお互いを愛し合っており何も問題はないはずなのだが、1番の問題が今ロイの目の前に鎮座しているキャロラインの父、ロバートと兄であるアルフレッドであった。
ロバートもアルフレッドもキャロラインのことを好きすぎるあまり、過剰に暴走しがちなのだ。
そして1番厄介なのは、2人とも強すぎるということだ。キャロラインの実家であるハンスリン家は家訓が「筋肉は裏切らない」という恐ろしいほどの力至上主義なのだ。
そのため力そこ全てのこの家では、この2人に勝たなければ認めてもらえないのだ。
ましてやキャロラインの兄であるアルフレッドは「ミソニの大熊」として恐れられている。熊のボスであるレットに勝利したことで全ての熊の最高峰に立つのがアルフレッドであり、彼の一声で熊が動いてしまうほど恐ろしい存在なのだ。
そんな2人を前にロイはまさに今結婚の申し込みをしたわけだが、当然2人はとんでもない殺気をロイにぶつけており、ロイは命懸けということなのだ。
幸いなのはアルフレッドには一度勝負をして勝っているということだ。またアルフレッドに妻となるグレーシアを紹介したのもロイだ。そのためアルフレッドはロイを少なからず認めており、うまくいけば父親を抑えてくれる可能性を信じてやってきていた。
「ロイ殿……先程の言葉……冗談ではないのですな?」
未だ凄まじい殺気をぶつけてくるロバートが、まるで尋問をするかのように低い声で問いかけてくる。普通の人ならこれだけで尻尾を巻いて逃げ出したいくらいだが、ロイは引き下がるわけにはいかなかった。
「冗談ではなく本気です!どうか認めてください。」
ロイは深々と頭を下げ、なんとしても認めてもらおうと必死だった。
「顔を上げなさい。キャロラインも君を大切に思っていることは十分承知している。娘の幸せを願うのが親の役割だということも理解している……。だがな君は本当にキャロラインを守れるのか?」
「必ずお守りいたします!」
「……アルフレッドには勝利しているとは聞いている……。だから強いんだろう。だがなそんなに簡単に認めれないんだよ……」
「あの……どうすれば認めていただけますか?」
「……まず先に聞きたいが、何故キャロラインが同席していない?」
普通結婚の申し込みは2人揃って行う。だがキャロラインは今ネモと外出して不在であり、ロイ1人でやって来ていたのだ。
「……彼女には全て終わってから伝えたいと考えているのです。ご家族が認めていない中で彼女に結婚を申し込んでも、彼女はご家族のことを気にして返答に迷ってしまうはずです。自分の幸せより私のことを考えて決断してしまいそうで……。彼女にはそんな選択をしてほしくないのです。彼女自身の気持ちで応えていただきたいのです。」
「キャロラインが断る可能性だってあるんだぞ?」
「それも承知の上です。それが彼女の本心なら私は潔く身を引きます。」
「……君はなかなかな男だな。はっきりと私たちの存在がどういう事か伝えてくるとは……度胸がある男だ!」
「ご気分を害されたのなら申し訳ありません。」
「いや構わん。本心を話さず綺麗事を並べる奴よりよほどいいよ。」
それもロイにとっては百も承知だ。裏表が嫌いなロバートやアルフレッドには、包み隠さず全て伝える方が心象がいいことも理解しての発言なのだ。
「父上どうなさいますか?また私が戦いましょうか?」
「…………いやそれは必要ない。」
「ではキャロラインとのことお認めに?!」
予想外の早い展開にロバートとアルフレッドのやり取りをロイは期待した目で見ていたが、やはりそこはハンスリン家。一筋縄ではいかなかった。
「まだ認めん!よいかロイ殿!我が家は熊を従える家だ!!」
「はい。存じております!」
正確に言えばアルフレッドが熊を従えている。新たに熊だけの軍団をつくり、その統制を任されたのもアルフレッドだ。アルフレッドの指示で動く熊は他国には脅威となり、ミソニ国の軍事力はさらに強固になったと言われている所以だ。
「その熊の訓練を体験してみろ!」
「えっ?!熊の?!」
「そうだ!キャロラインは熊から可愛がられている。その熊達も納得させれるのは、熊と対等となり認められることだ!」
「えっと……何をしたら?」
「これからアルフレッドが熊の訓練を行う。今日一日耐えれたら認めてやろう!そういうことだアルフレッド。今日1日ロイ殿を頼む。」
「分かりました!父上!!!さあロイ殿参りましょう!!」
「はい?!」
「驚くことはない!!私だっていつも一緒に訓練しておりますよ!!なに簡単なスキンシップだと思ってください!!」
「スキンシップ……」
キャロラインからよく聞いていたその言葉。だがそれは可愛く表現しているだけで本来の言葉はお仕置きが相応しいと聞いている。
荒くれ者だったサブローを大人しくさせたのもスキンシップだ。
予想外の展開すぎてさすがのクレマチスも血の気が引くのを感じていたが、有無を言わさず連れ出すのが空気が読めないアルフレッドだ。
訓練仲間ができたと大喜びでロイを引っ張り部屋を後にしてしまった。
ロイは結婚の申し込みをするためにそれなりの身なりで来ていたため、まずはハンスリン家の私兵団の服を拝借することになった。その際こっそりと耳打ちで「頑張ってください」と励まされただけで、その後の恐ろしさが理解できてしまう。
ロイは何としても生き延びようと心に誓い、身なりを整えて訓練場へ出向いた。
訓練は想像以上だった。
どんな山道も走れるようにまずは獣道をひたすら走る訓練を行った。熊達は何ともないように走るし、何故か人間であるアルフレッドも熊に負けないスピードで山を駆け巡っている。
ロイはなんとかついていくのに必死だ。まず熊は四足歩行だ。対してロイは当然人間なので二足歩行。そこが違うため当然熊に追いつくことは不可能なのだが、何故二足歩行のアルフレッドが追いつけるのか不思議でしょうがない。
アルフレッドは熊なのかと本気で感じるほど、アルフレッドは人並みはずれていた。
次の訓練は木登りだ。こちらも当然熊は得意なためすらすら登る。ロイも時間はかかったがなんとか登ることはできた。
それからも様々な訓練を行い最終訓練が熊との相撲だった。一対一のトーナメント方式で負ければ即脱落だ。
ここでもアルフレッドは人間とは思えない力で熊を次々投げ飛ばしあっという間に決勝まで勝ち進んだ。
対してロイは当然熊を持ち上げることは不可能だ。そこでロイは熊の急所をつく作戦を結構し、なんとか決勝まで勝ち進むことができた。
決勝戦はまさかの人間同士の戦いとなった。血気盛んなアルフレッドは熊のような息遣いで獲物を定めたようにロイを見ている。ロイも真っ正面から行けば簡単に投げ飛ばされるのは目に見えていたので、ここでもアルフレッドの急所を突くことに専念した。
両者一歩も引かない戦いは長期戦となり、アルフレッドが手をついたのと、ロイが枠から出たのが同時となり両者引き分けで決着となった。
ボロボロになりながら邸に戻ったロイを、ロバートは優しく迎え入れてくれた。まずは湯をということで有り難く体を清めさせてもらい、再びロバートの元へ向かえば、彼は満面の笑みでロイを迎え入れた。
「ロイ殿お疲れ様でした。」
「こちらこそお気遣いありがとうございました。おかげですっきりできました。」
促されるまま座り、用意されたお茶を飲みようやく一服できたロイが安心したように深い深呼吸をすると、ロバートはそれを実に楽しそうに見ていた。
「ロイ殿ご苦労様でした。私はあなたをみくびっていた。こんなに根性がある方だとは知りませんでした。」
「……キャロライン嬢のためです。」
「あの子は本当に大切にされているのですね。ロイ殿娘をよろしくお願い致します。」
「よろしいのですか?」
「もちろんです。熊達もあなたを認めています。ほら……」
ロバートが窓の外に目を遣るので続いてみれば、窓の外には熊が大勢ロイを見るために集まっていた。もちろんその中にはアルフレッドもいる。
「これは熊が認めた証拠ですよ。皆あなたのことを信頼している。熊も力が全てです。あなたの強さを認めました。そんな相手ならキャロラインを任せても大丈夫です。」
「ありがとうございます。必ず大切にします!!」
「次はあの子と共に結婚の挨拶に来ることを楽しみにしています。」
ロイは深く一礼をすると邸を後にした。馬車に乗る前、サブローがロイの元にやってきて頭を差し出したのには驚いたが、撫でてという合図だと分かるとロイは嬉しそうにサブローの頭を撫で、再会を約束した。
いつのまにかロイとサブローには強い信頼関係が結ばれていたのだ。
「生きて帰って来れた……」
馬車の中ようやく緊張の糸が切れたロイは、ホッとしたように珍しく体制を崩して馬車に座れば、そのまま眠りについてしまうのであった。
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