最終課題 幸せになること!
ロイとの両親と顔合わせを行い婚約まで結んだ日は、そのままロイの家で宿泊することとなった。流石に両親が心配するからと断っていたキャロラインであったが、クリスがロバートには許可を取っているという用意周到すぎる発言をしてくれたお陰で、キャロラインは帰宅を許してもらえず泊まることとなった。
流石にロイと共に眠ることは抵抗があったためやんわりと断ると、ロイも渋々納得し来客用の部屋で眠ることとなった。
そこからは怒涛の展開だった。
朝起きたら部屋には何故かネモがいた。いつの間にか自宅に帰ってきたのかと考えたが、見慣れない天井がここは自宅ではないと教えてくれる。どうやらロイが呼び寄せたらしく、ネモは結婚後もキャロラインの侍女として働くことになるそうで、こうしてやって来たらしかった。
ネモに準備を手伝ってもらい着替えれば、何故か見慣れない服を着せられて驚く。自分のではないと伝えてもネモはキャロラインの物と言い張り一歩も引かない。キャロラインも諦めないためネモはキャロラインを素早く着付けると手を引いて部屋のクローゼットの扉を開いた。そこには何着も美しく可愛らしい服が掛かっており、ネモ曰く全てキャロラインの物とのことだった。
そんなはずない。どれも着たことも見たこともないものばかりだが、ネモは間違いないとしか言わない。
時間がないということで話はここまでにして迎えに来たロイを部屋に招けば、朝の挨拶の後に嬉しそうに「やっぱり似合うね。」と言ってくるため、これがロイからのプレゼントであるとようやくキャロラインは理解するのであった。
食後、ロイの案内で夫婦の部屋を案内してもらうと、キャロライン好みの家具が配置されたとても明るくて広い部屋が用意されていた。ここがこれから2人の場所なのだと目で見ることで、ロイとの結婚を改めて実感できる。
キャロラインの部屋もキャロライン好みで、何故わかったのか聞きたいが、クレマチスにその質問は野暮なのでやめておく。案内された部屋の一角、衣装部屋に入ると先程のクローゼットの比ではない量のドレスなどが用意されており、キャロラインは思わず言葉を失った。
まさかこれが全て自分のものなのか……恐ろしく感じながら嘘だと言って欲しいと願いつつロイを見つめれば、満面の笑みのロイが「全てキャロラインのものだよ。」と伝えてくるため、思わずしゃがみ込みそうになる。
ギリギリで踏ん張っていると畳み掛けるように「母もキャロラインのために選んでしまったからこんな量になってしまったんだ。でも着てくれたら嬉しいな。」と伝えてくる。嫁姑問題を不安がっていたが、その逆、ここまで歓迎されていると思わなかったキャロラインは、ロイとロイの母であるユリンの愛の重さを痛感するのであった。
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それから月日は経ち、本当にロイが宣言した通り3ヶ月後の今日、結婚式を迎えることとなった。
朝から準備に追われていたキャロラインは、ネモによって花嫁の姿に仕立てられていた。
「お美しいです、キャロライン様。」
「ありがとう……ネモ。」
「幸せになってください!!何か困ったことがあればすぐにこのネモに教えてくださいね!!!必ずなんとかしますから!!」
「ありがとう……ネモ」
「それは困った。でも安心して。キャロラインを困らすことは決してないから。」
「ロイ様?!」
ネモとの会話に急に入ってきたのは、こちらも完璧な花婿の装いを身に纏ったロイだ。銀髪碧眼のロイが純白の衣装に身を包むと、まさしく物語の王子様のようであり、キャロラインは思わず見惚れてしまっていた。
「では私はこれで失礼致します。……いいですか準備に時間がかかります。くれぐれもあまり触れないように!!!」
「ははっ……わかってるよ!」
ネモはロイに釘を刺すとそそくさと部屋を後にしてしまった。
「キャロライン……美しいよ。夢みたいだ。」
「私もです……ロイ様も素敵すぎます。」
ロイはキャロラインの手をそっと取ると、愛おしそうにキャロラインを見つめてくれる。繋いでいない手でキャロラインを触ろうとしてピタッと手を止めると、その手を引っ込ませてしまった。
頭でも撫でてくれるのかと期待したキャロラインは少し残念そうにしていたが、
「髪をこのまま触れて乱すわけにもいかないから。」
というロイからなんとも含みを持たせた言葉を言われてしまい、キャロラインは顔を赤くするのであった。
「時間だ……行こうか……僕のお姫様。」
「はい!」
ロイの腕に手を回し2人はゆっくり一歩ずつ踏み締める。籍はひとまず先にいれていたが、神の前で誓う今日がやはり夫婦としてのスタートかもしれない。2人は噛み締めるようにゆっくり進み教会を目指すのであった。
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式は滞りなく終了し、その後のお披露目を兼ねた披露宴も大勢の人に祝福されて幕を下ろした。
心配していたアルフレッドは確かに大声で泣いてうるさくはあったが、暴れなかったのはグレーシアが側で宥めてくれていたからであろう。
それより何よりも驚いたのは、熊達が祝福に駆けつけたことだ。当然大群となって押し寄せてきた熊に招待客達はたちどころに顔色を悪くしていたが、ロイがサブローに何かを伝えると、サブローがレットに近づきレットが一哭すると、熊達はレットに続いて移動してしまった。
披露宴の途中、ロイに連れ出されたキャロラインが向かった先に熊達が待ち構えていた。どうやらロイはすっかりサブローと仲が良くなったらしく、サブローもロイの言うことは聞くようになったらしい。
熊が来る事を事前に想定していたロイは、披露宴会場の近くの広場を熊達の待機場所とし、そこに予め彼らのご飯を用意しておくことで、すんなり移動してくれたのだった。
そんなこともあった披露宴はお開きとなり、キャロラインとロイは夫婦の部屋で休みながら今日の思い出に浸っていた。
「キャロライン、指輪気に入ってくれたみたいだね?」
披露宴が終わってから何度となく左手に嵌められた指輪を嬉しそうに眺めているキャロラインを、ロイもまた愛おしそうに見つめていた。
「はい。こんなに素敵な指輪……ありがとうございます!」
結婚指輪は2人で決めたとてもシンプルなものだ。しかしキャロラインの左手薬指にはもう一つ指輪が嵌められていた。それはもちろん婚約指輪だ。
本来婚約指輪は婚約したら贈られるものだ。だが何故かロイは婚約指輪を結婚式の時に初めて嵌めて欲しいと言ってきたため、キャロラインは式の本番、指輪交換の時に初めて婚約指輪を目にしていたため、喜びもひとしおだったのだ。
「気に入ってくれてよかった。キャロラインはあまり大きいのは嫌だったでしょう?」
「よくご存知でしたね?」
「リーシャ様の指輪を見た時少し引いていたからね。それにお義兄さんにもやめさせようと必死だったと聞いたからね。」
「結婚してもロイ様が知らないことでも知ってしまうのですね。」
「クレマチスだからね。」
「もう!!でもそうですね。リーシャ様は少し重たいと言っていましたから……。私はずっと身につけたいと思っていましたので……。でもよろしかったのですか?」
「うん。確かに婚約指輪だけなら小さいかもしれない。でもね、君が身につけた耳飾りに首飾り……それにまだこれから贈る予定の宝飾品に付けるから。合計にしたらかなりの大きさだよ?」
「……ほどほどにお願いします。」
この国では何故か愛情の深さを、婚約指輪で贈る宝石の大きさで表す風習があった。もちろん大きな宝石ともなれば値段が弾むため財力によって限度はあるが、持てる財力に見合ったできるだけ大きな宝石を皆こぞって贈っていたのだ。先程話に出たジルだって張り切って大きなダイヤを贈っており、とても貴重なのはわかるし、輝きが美しく高価であることはわかるのだが、いかんせん重すぎてリーシャは苦労していた。
アルフレッドは今まで溜め込んだ貯金がかなりの額であったため、グレーシアの瞳の色に似たこれまた大きなルビーを贈ろうとしていた。有り金全部注ぎそうな勢いであったため、キャロラインは身につけるならほどほどの大きさでお金は後々必要になるから取っておくように諭していたのだった。
キャロラインの婚約指輪にもダイヤが付いていた。だがその大きさは決して大きくはなく、キャロラインの細い指にとても似合う大きさであった。もちろん小さくはあるが平民には手に入れられない大きさであるのは間違いないがロイの財力からすると些か小さかった。
大きなダイヤが一粒、そしてそのダイヤを取り囲むようにエタニティーデザインでメレダイヤが散りばめられた指輪は、カット技術が素晴らしいのかとにかく美しく輝いていた。
ロイは一粒ではなく合計の大きさで愛情を示そうとしていたのだ。結婚式で身につけた首飾りも耳飾りもどちらも美しいダイヤが使われており、それだけでもかなりの量になりそうなのだが、まだ今後贈るということなので、リーシャを超える量が贈られるのではないかとキャロラインは戦々恐々とするしかなかった。
「これはクレマチスですか?」
大きなダイヤの両端には金細工で花が添えられていた。可愛らしい小さな花はまるで贈った相手を示しているかのように美しく鎮座していた。
「正確!この指輪を見れば、キャロラインが誰の妻かよく分かるはずさ。」
嬉しそうに微笑んでいるが、指輪で所有者を示しているようで恥ずかしくもなる。だがそれが心地よく感じてしまうのは、やはり惚れているからなのであろう。
「そうだキャロライン。結婚指輪の中って確認した?」
「いいえ。式ではめてから外していません。……もしかして何かしたのですか?」
一緒に注文した時はお互いの名前を刻印するように頼んだだけだ。だがそれだけならわざわざ確認してとも言わないはずだ。キャロラインは婚約指輪を外してから結婚指輪を外して内側を確認すると……そこにはまた小さな花が刻印されていた。
「これは?」
「これはキキョウ。花言葉は永遠の愛さ。僕のにも刻印してあるんだ。」
「ロイ様はどこまで私を幸せにするつもりですか?!」
花言葉を聞いてすかさずキャロラインはロイに抱きつく。こんなにも深い愛情を変わらず示してくれることがこの上なく嬉しく、またそれがいつか終わってしまうのが少し寂しく感じていた。
「ずっとずっとさ。キャロライン僕を甘く見ないで。もっともっと君のためにいろいろな策を講じるから!」
「お手柔らかにお願いします……あっ!!私からもプレゼントがありました!!」
キャロラインは思い出したかのように一旦私室へ戻ると直ぐに大きな板のような物を持って帰ってきた。
「私ばかりがいただくわけにはいきません。ロイ様……よしければこちらを受け取ってください。」
「えっ?僕に?なんだろう…………これは?!!」
突然のことにロイは驚きつつキャロラインから受け取ると、下になっていた面を上へ向ける。そうして現れたものにロイは思わず言葉を失ってしまった。
「今までいただいた花を押し花にして集めてみました。……ロイ様は絵がお好きだと伺いましたので……。やはり素人が作ったので気に入らないですか?」
「これは全部キャロラインが?」
「はい。いただいたお花を少しずつ抜いて押し花にしたんです。あの花はロイ様の気持ちです。ただ枯らして捨てるなどしたくなかったのです。」
ロイが受け取ったのは大きなキャンバスだった。そこにはロイが今までプレゼントした花が押し花となって貼られており、まるで花束のようになっていた。
ロイはその絵をそっと机に置くと、キャロラインを強く強く抱きしめた。
キャロラインがただ側にいてくれるだけで幸せだった。それだけで十分だと思っていた。だけどこうして自分のためにプレゼントを用意してくれたことがこんなに幸せだなんて思わなかった。彼女を大切にしたい。ただそれを強く願ってしまっていた。
「ありがとう……大切にする。この部屋に飾ってもいい?」
「もちろんです。気に入っていただけて嬉しいです。」
「もう一つだけお願いしていい?」
「はい、何でしょうか?」
「今日のブーケに使った花もここに追加してくれないか?一つ一つにもきちんと意味があって決めてるんだ。」
「じゃあまたその一つ一つの意味を教えてくださいね。」
「ああ……じゃあ押し花を作りながらゆっくり教えるよ。」
「楽しみにしています。」
「キャロライン……」
「はい?」
「愛している。」
「ふふっ……私も……愛しています。」
ロイとキャロラインは見つめ合うとそっと口付けを交わし甘い一夜を過ごすのであった。
2人の結婚は瞬く間に広まり、披露宴で熊を手懐けていたロイの姿を見た人物からロイは猛獣使いという新たな名がつけられるようになった。
それはサブローを手懐けたことはもちろんなのだが、ミソニの大熊の妹を射止めたこと、その父であり娘離れが出来ない親バカなロバートに結婚を認められたこと、そして何より、ミソニの大熊を懐柔し彼から義弟よ!と親しげに呼ばれていることから由来しているなど、キャロラインは知る由もなかった……。
それから2人の間には力が強く簡単におもちゃを破壊してしまう娘と、怖がりで泣き虫、母であるキャロラインに常に甘える息子の2人の子宝に恵まれた。
娘の方はおもちゃを壊してしまうためもっぱら熊に乗って遊んでおり、アルフレッドから後継者かと期待の目で見られている。
対して息子はキャロラインに常に抱っこしてもらっているのだが、この息子はロイによく似ており、キャロラインに抱かれている時父親であるロイを見る目はいつも勝ち誇った顔をしているのだ。
そうこの息子、ロイとキャロラインを取り合う仲で、小さいながらも己の持てる可愛さを存分に発揮し、キャロラインにべったりくっついているのだ。
子供ながらにさすがクレマチスの息子……すでに策士の片鱗を見せているが、そのことに気付いているのはまだロイだけである。だからこそロイが息子とキャロラインの取り合いをしているといつもキャロラインに叱られてしまうのはロイなのだ。
だがそこでへこたれないのがクレマチスだ。子供が寝たら邪魔者はいないため自分だけの時間だ。その時間を有効活用してドロドロにキャロラインを甘やかすのが今のロイの日課になっており、息子が知らない時間にキャロラインを供給しているのだが、その話はまた別の話。
キャロラインとロイは可愛い子供達に囲まれて、少しうるさい兄やその兄そっくりの三兄弟の甥っ子達や第二王子なのに頭角を表しまくっているジルやリーシャ、その息子のちょっとませた王子など賑やかな人達に囲まれて幸せに暮らすのでした……。
お読みいただきありがとうございます
これで本編は終了です
少しだけ番外編を更新しようと
思っています
更新は明日の11時の予定です
引き続きよろしくお願い致します




