課題11 その先の未来を見つめよ④
「沢山いただいてしまいました。」
お茶会の帰り道、キャロラインはお酒を飲んでいないのにデザートの美味しさが嬉しかったのか、ほわほわしていた。どこか飛んでいってしまいそうなキャロラインをロイはしっかり繋ぎ止め、幸せそうなキャロラインをただ優しく見守っていた。だがどこかその表情が緊張をはらんでいたことをキャロラインはまだ気づいていなかった。
「キャロライン、まだ時間は大丈夫?」
「はい。王城への呼び出しでしたので、帰宅時間は不明と伝えてあります。」
「それはよかった。久しぶりに会えたから夜ご飯も一緒にしたいと言ったら困る?」
「いいえ……実は私も同じことを考えていました。夜ご飯はいらないと伝えてあります。」
「それはよかった。でもさすがにお腹がまだいっぱいだよね?ねぇ、少し王都を散策しない?沢山歩けばお腹も減るから。」
「はい!よろしくお願いします。」
2人は待ち構えていたロイの家の馬車に乗り込むと、そのまま夕暮れの王都の街を散策した。いい感じにお腹が空いてきた時間に食事を摂れば、2人のお腹も満たされるのであった。
美味しい食事は幸せな気持ちにしてくれる。キャロラインは一口食べる毎に嬉しそうな顔をし、ロイもそんなキャロラインを嬉しそうに見つめるが、どこか表情が固いことに気がついた。だがすぐにいつもの表情に戻るためなかなか聞くことができず、そのままレストランを後にして再び王都を散策するのであった。
当てもなく歩いているようで、実はロイが行きたい場所に連れてこられていた。
そこは王都を見渡せる広場で、街灯の灯りが照らす王都は美しくキャロラインは思わず見惚れてしまっていた。
だからこそロイが何か行動を起こそうとしていることに名前を呼ばれるまで気が付かなかった。
「キャロライン……」
酷く甘い声で呼ばれて振り返れば、そこにはいつの間にかキャロラインの隣から後ろに移動していたロイが、いつになく真剣な表情でキャロラインを見つめていた。
「ロイ様?」
普段と違うロイにキャロラインは不思議そうに尋ねれば、ロイは深い深呼吸をした。
「キャロライン……、君に伝えたいことがあるんだ。僕は君を幼い頃より見て、好意を寄せていた。君と付き合えてから、いろんな表情が見えて、その一つ一つが愛おしく、会う度に僕の心を掴んで離さないんだ。キャロライン……君が好きだ。この気持ちは変わらない。強くなるだけなんだ。キャロラインに会えない日が続くと苦しくなる。もう僕はキャロラインがいないとどうやって生活したらいいかわからないぐらいなんだ。……だからキャロライン、僕の側にずっと……今よりももっと多くの時間を一緒に過ごしてくれないか?君と離れるなんてもう嫌だ……。」
あまりの真剣な表情にキャロラインは目を離せない。ロイはそこまで話すともう一度深く深呼吸をすると、キャロラインの両手を胸の前まで挙げると、ロイの手でしっかりと包み込んだ。
「キャロライン……僕はこの命が続く限り君を誰よりも大切にする。あの最強のお兄さんに負けないほど強くなり君を守ると約束する。だからどうか……キャロラインの夫に僕を選んでくれないかな?僕の妻は……キャロライン君がいいんだ。…………キャロライン、僕と結婚してくれませんか?」
ロイの言葉の一つ一つがキャロラインの心に染み込んでくる。ずっと夢見ていた言葉、それを大好きな人から告げられることがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。
キャロラインは全てはっきりロイの言葉は耳に届いていたし理解していた。だが何故かうまく言葉が出てこず、その代わり大粒の涙が溢れて止まらなくなっていた。
ロイはそんなキャロラインの涙を黙って手で拭ってくれる。それでもいつまでも溢れ続ける涙は止まることを忘れたように流れ続けていた。
「キャロライン?」
いつまで経っても泣き続けるキャロラインにそっと優しく名前を告げる。焦らせるつもりはない。ただどうしても大切な言葉だけは聞きたいロイは愛しい人の名前を呼んでみた。
「本当に……私でいいのですか?」
「うん。君以外考えられない。」
「あんな兄や、父がいるんですよ……。気持ちが変わったと言ったら……許してくれませんよ?」
「気持ちが変わるもんか。お兄さんやお父上のことは頑張るよ。大切な娘を奪う男だからね。それぐらい覚悟はあるさ。」
「家は普通の家とは違いますーーー」
「」
キャロラインは駄々をこねた子供のように泣き出した。自分の家が普通ではないことは知っていた。キャロラインと結婚するということはあの濃すぎる家族と繋がるということだ。簡単に切れない絆で繋がるということは、嫌になっても逃げ出すことなんて容易ではない。ましてやあの家族だ。どこまでも追いかけてきそうな勢いのある家だからこそ、ロイを巻き込みたくないと考えてしまう。
ロイのことはもちろん好きだ。だからこそ彼の幸せを奪ってしまわないかそれが心配でしかたなかった。
ロイはそんなキャロラインをただ優しく抱きしめた。優しいがその力は強く、絶対離さないと伝えてきているようであった。
「キャロライン、何度でも言う。僕は君が好きだ。君は僕のことを考えてくれるからこそいろいろ考えてしまっているよね?」
ロイの問いかけにキャロラインはただ静かに頷いた。
「キャロライン、君は優しすぎる。もう少し自分が幸せになることを考えるべきだ。キャロライン、家のことは一回忘れてただ君の気持ちだけを考えて。君は僕と結婚するのは嫌?」
「嫌なわけありません!ロイ様とずっと一緒にいられるなら……どれだけ幸せか。」
「ようやく君の本心が聞けたよ。ありがとう。」
ロイは嬉しそうに呟くと胸に顔を当てていたキャロラインの顔を上に向かす。何も心配いらないと優しく微笑みかけ、キャロラインをただ安心させるように努めてくれていた。
「何の問題もないよ。君の気持ちが1番なんだ。兄上もお父上も君が幸せなら受け入れてくれる。だから何も心配しないで家においで。」
「おっ……お邪魔します。」
「ふふっ……お邪魔しますってすぐに帰ってしまいそうな言葉だね。それは困った。じゃあ言い方を変えよう。キャロライン、僕と結婚して僕と一緒に住もう?」
「はい。よろしくお願いします。」
泣きながらも満面の笑みを浮かべるキャロラインの顔は本当に幸せそうで、心からロイとの結婚を喜んでいる。ロイは嬉しそうに満面の笑みを浮かべるとキャロラインを強く強く抱きしめた。
「ありがとう。一生大切にする。毎日愛されてるって実感させるから。」
「はい。私も毎日ロイ様が幸せでいてくれるように頑張ります!」
「キャロラインが側にいれば幸せなんだよ。ありがとう。もう君とは離れない。」
「ですがお仕事でジル殿下に同行されますよね?寂しいですが、ロイ様と夫婦になれるんです。不安はありません。お家で大人しく待っていますね。」
キャロラインのその言葉をロイは首を横に振って否定してきた。だがロイはジルの秘書官になるのだ。外遊に同行しなくてはいけないはずであったため、キャロラインはロイが不在の間は我慢すると決めていた。
「秘書官はね外遊先でジルと行動を共にする。だからこそパーティーなんかにも参列しなくてはならない。ジルは今後はリーシャ様を同行させるから自ずとパートナーがいる者はパートナーを同席させるんだよ。」
「えっ……つまり?」
「そう、外遊先に君は僕の妻として同行するんだ。パーティーに出たり、後は……これは一つ頼みなんだけど……」
「何でしょうか?」
「リーシャ様はまだこの国に慣れていない。それは他国でも同じだ。大切な会談などの時は同席できない時もある。そんな時君がリーシャ様の側にいてくれないか?」
「えっ?!私がですか?」
思わずキャロラインの声が大きくなってしまう。当然だ。城に勤めた経験もない者がいきなり第二王子妃に近づきになるなど反発がおきるのは想像がついた。
「第二王子の秘書官の妻なんだよ?当然のことさ。それにね、リーシャ様は君を気に入っている。彼女が望んでいるんだよ。彼女の願いを蔑ろにしてまで別の者を当てがうなどあり得ない。私の妻が適任なのさ。」
「分かりました。どこまでもロイ様についていきます。ですが1年はお互い我慢ですね。」
この国では貴族の結婚にはだいたい婚約してから1年ほどかかる。貴族の結婚は2人だけの問題ではなく、家の結びつきも深くなるため、それなりに準備が必要なのだ。使用人の選別、嫁ぐ先の部屋の改装、家具などの準備、そして嫁ぐ先の勉強……つまり花嫁修行が必要になってくるのだ。
だからこそ1年間は婚約者とはなるが今のままの関係が続くため、その間の外遊は婚約者の立場では同行することは叶わないため、2人は離れ離れになるのだ。
「何故我慢するの?」
ロイは何故か不敵に笑ってキャロラインの言葉を否定してくる。その顔はまさに策士そのもので、ロイの目を見たキャロラインは彼が何かしら行動していることはすぐにわかった。
「僕がそんなヘマするわけないよ?」
「えっ?!」
「婚約はすぐできるし、結婚式しないと結婚できないわけではないんだよ?」
「はい……それは存じ上げていますが、公爵家ともなればそうはいかないのでは?」
確かに最近は籍を入れてから結婚式を行うことが多いとは聞いたことがある。結婚式を自分達の好みで演出するのが流行っており、結婚してから準備期間を多く設けるらしい。だが公爵家ともなればお披露目の意味合いも強いため、新郎新婦のこだわりでやる訳にもいかないはずなのだ。
「安心して。式は3ヶ月後に執り行うよ。」
「はい?!」
我が耳を疑うとはこのことだ。ついさっきプロポーズを受けたばかりで何故3ヶ月という期間を明言できるのか。そもそも婚礼衣装がそんな短期間で間に合うわけはない。身分が高くなるほど豪華になるため、半年以上時間がかかるのだ。そもそも婚約だって婚約証書の作成に時間がかかる。家同士の取り決めを決めたりするためで、擦り合わせの時間も必要なのだ。あの厄介な父であるロバートと兄のアルフレッドを納得させるだけでも一月かかりそうであった。
「婚約証書も作成済み、ドレスは後はキャロラインが着ての最終調整だけ、部屋の改装はもちろん終わっているし、式の招待客は押さえてある。もちろん君の父上や兄上には了承を得ているよ。後はキャロライン……君の署名と気持ちだけなんだよ?」
「そんな……」
信じられない。結婚までの大変な事を全て済ませ、外堀を完全に埋めてからキャロラインに結婚を申し込む……もし断ったらどうするのか……そんなことを考えると頭が痛くなってしまいそうだが、キャロラインが断るはずはないため、そこは自信があったんだろう。
「ごめんね、勝手なことをして。だけどもう離れたくなかったんだ。」
「あの……いつから?」
「君と付き合えてから私の父に協力してもらっていろいろ動いておいた。流石に君の父上に挨拶は早すぎてはよくないから、慎重になったけどね。」
「父もこのことを承知で?」
「許可を取ってから話したさ。クレマチスが怖いと頭を抱えてたけどね。」
そりゃそうだ。ここまで用意周到で挨拶に来るなど誰が考えるのだろう。だがロバートからしたらそこまでしてでも娘であるキャロラインを迎え入れたいという気持ちが伝わり、安心してキャロラインを任せられると感じたはずだ。
「もう!なんで教えてくれなかったのですか?!私すごく悩んだのにーーー!」
「ごめんごめん。悩ませたことは悪かったよ。でも君の本心が聞きたかったんだ。心から僕との結婚を望んでくれたのが嬉しいよ。」
「もう!!私にクレマチス様の力を発揮しないでください!!」
「いやこの機会が1番使う時さ!」
「もう!!」
キャロラインは悔しそうにロイの胸をポカポカ叩く。ロイはそれを笑いながら受け止めるが、時々キャロラインが力加減を間違えて強く叩いてくるため、その度に「ゔっ……」と小さい声を漏らしていたが、それでも楽しそうにキャロラインの攻撃を受け止めていた。
それからしばらくして、キャロラインが満足できたであろうと判断すると、彼女の手を掴んで動きを封じ、その代わり耳元で「うちの両親に挨拶に来て欲しい。」と囁くと、有無も言わさずキャロラインをロイの自宅に連れ帰ってしまった。
キャロラインはなす術なくロイの両親と会うこととなったが、彼らはキャロラインのことを盛大に歓迎し、恐れていた嫁姑問題などあり得ないとはっきりとわかる歓迎だった。そうこうしているうちにいつの間にか用意されていた婚約証明書に署名を行い、あっという間に婚約が成立してしまうのであった。
お読みいただきありがとうございます
これで課題11は終わりです
明日は最終話となります
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




