課題11 その先の未来を見つめよ③
「ロイの仕事……外交官とはどんな仕事のイメージがあるかな?」
キャロラインが聞く意思を示してくれたことが嬉しいのか、ジルは優しく問いかけてくる。
「諸外国との交渉役……でしょうか?国内外を忙しく飛び回るお仕事であると認識しております。」
正直仕事内容はよく分からない。キャロラインが答えたこと以上のことは知らず、精一杯の答えであったが、ジルはその答えにとても満足そうであった。
「うんそうだね。正しいと思うよ。実はねロイは外交官を辞めたがっていた。」
「そうなのですか?!」
あまりに意外すぎる言葉に思わずキャロラインは声を大きくしてしまった。確かに大変な仕事かもしれないが、ロイの仕事の功績は大きく、仕事にやりがいを感じていると思っていたため、辞めたいとは思いもしなかった。
「驚くよね。正直私も驚いたよ。だけどね誤解がないように言うけど、仕事にやりがいを感じていたのは事実だ。そうだろう、ロイ?」
「ええ……。大変ですがね。」
ジルの問いかけにロイは短く答えるだけだ。話の核心はどうやら彼の口からは話してくれないらしい。
「ロイが外交官として気になっていたのは、諸外国を年に何回も訪れることだ。つまり国内にいる時間が短いということさ。」
「はぁ……」
「不思議そうな顔をしているね。そう、外交官なのだから当たり前のことをロイは嫌がるようになったんだよ。何故だと思う?」
外交官なのだから諸外国を相手にするのは当たり前だ。それを嫌がるなどそもそも外交官になるべきではない。だからこそそんな仕事を何故ロイが選んだのか納得できないキャロラインの気持ちを察知したジルが同意してくれる。だがジルからの問いかけは正直分からなかった。キャロラインが返答に困っていると助け舟を出したのは黙って話を聞いていたロイであった。
「そこは私から話すよ。働き出した頃は何とも思わなかった。むしろ諸外国を自分の目で見れることは見聞が広がるから、出張は好きだったよ。だけどね……キャロライン、君と付き合えるようになると今まで好きだったことが急に嫌になりだしたんだ……。」
「私のせいですか?」
「違う……。私の心の変化さ。君と一緒に過ごすうちに、長い時間君と一緒にいたいと思うようになった。だけど今の仕事だとどうしても国を離れて仕事をしなくてはいけない。君と離れて……ましてや違う国にいることがこんなに苦しいとは思わなかった。もし君の身に何か起きたら……、別の国にいてはすぐに駆けつけることもできない。それがどうしようもなく不安になったんだ。」
「ロイ様……」
「つまりね、ロイは君と離れることを嫌がったんだよ。仕事ばかりだったロイの変化に私も驚いたよ。キャロライン嬢、君は凄いよ。ロイをここまで変えたのだから。」
ジルは面白そうに話すが、果たして本当に凄いことなのかキャロラインは疑問符でいっぱいだ。国にとってクレマチスと国外に恐れられているロイを失うなど、大きな損失でしかなく、どう考えてもロイの気を惑わせた悪女の位置付けに感じてしまうからだ。
「今回の件、ロイが自分でやると立候補したんだ。誰もやりたがらない仕事を受け入れたんだ。その代わり交換条件を私に出してきた。」
「交換条件ですか?」
「そう……。この仕事がうまくいったら、その功績を認めて部署移動をさせてくれとね。正直十分今までの活躍で功績はあるし、僕の采配で何とでもできる。だがロイはそれを嫌がった。友人だから気に入られて融通してもらったと思われないために、自分だけの力で功績を認められて、正々堂々と評価されたいと考えていたんだ。」
「部署移動ですか……」
「ロイが希望した部署へは、今回の活躍が評価され正式に配属が決まった。ロイはどこを希望したと思う?」
「……わかりません。」
「私の側近だよ。ロイは第二王子である私の補佐……秘書官を務めることになった。」
「秘書官ですか?!」
秘書官は常にジルのそばに付き、ジルの考えを伝えたり、ジルの予定を管理したりする仕事だ。ジルの右腕として働く、大変名誉ある役職で、有能でなければなれない難しい役職でもあった。
「そう。私にはね専属の秘書官はいなかった。兄の秘書官と共有していたんだ。だが私だって個々の仕事は増えるし、こうして結婚することとなった。専属の秘書官は欲しいと考えていたんだよ。正直ロイだと気心も知れてるからやりやすい。誰にとっても有難い人事ってわけさ。」
「そうなのですね。でも外遊などありますよね?」
「もちろんあるね。だからついて来て貰わなければならない。だけどね、ロイが危惧することは起こらないんだ。」
「どういう意味でしょうか?」
「それは私の口から伝えるとロイが一生口を聞いてくれないと思うから、ロイに直接聞いてみて。とにかく僕は仕事はなるべく定時に終わらせたいんだ。リーシャとの時間を削りたくはないからね。つまりロイも定時に終わる。君と会える時間は増えるはずさ。」
「そうなのですか?」
ジルの言葉を確認するようにロイを見つめれば、ロイは何故か視線を合わせず短く「ああ……」と言うだけだ。何か隠していそうなその反応が気になり、後程詳しく聞こうと心に決めたキャロラインは、もう一つの話を聞くことにした。
「あの……私に頼みと言うのは?」
「ああ……それはね、彼女のことさ。」
ジルは思い出したかのように隣に座るリーシャの肩を叩いた。
「リーシャは知っての通りこの国の者ではない。そしてイシュカンに抑圧されたために諸外国との交流や面識がほとんどないんだ。そんな環境にいた彼女は身一つでこの国へ嫁いでくれる。慣れない環境に苦労をかけることも多いはずだ。……そこで君に頼みたいのは、彼女と友人になってくれないだろうか?話し相手でもいい。お茶の相手でもいい。彼女がこの国で気軽に相談できる相手になって欲しいんだ。」
「私なんかでよろしいのでしょうか?」
キャロラインは恐る恐るジルとリーシャの顔を見比べる。2人とも実に穏やかな顔をしていた。
「私の親友が好きになった相手だ。リーシャを任せる相手として申し分ない。」
「お願い、どうか友人になって欲しいの。」
2人の懇願する眼差しを拒絶することはできない。横に座るロイを見ても、彼も静かに頷き賛同するためキャロラインは受け入れるしかなかった。
「私でよければお引き受け致します。よろしくお願いいたします。」
「ありがとう!私とても嬉しいわ。」
キャロラインが深々と頭を下げれば、リーシャの嬉しそうな弾む声が聞こえてきた。
顔を上げたキャロラインが目にしたリーシャの表情は本当に嬉しそうで、心からキャロラインと友人になりたかったのだと伝わってくる。
「よろしくね、キャロラインちゃん!私のことはリーシャと呼んでね。」
「はい。リーシャ様。よろしくお願いいたします。」
「本当に可愛い。私友人なんていなかったの。隠れて暮らしていたから。だからあなたとお友達になれるのが凄く嬉しいわ。」
「私もです。」
「ふふっ……ちーくんが夢中になるのも納得ね。女の私でも彼女の可愛らしさに夢中になりそう。ねぇ今度一緒に服を選ばない?キャロラインちゃんに似合う服私も選びたいわ。」
「ありがとうございます……あの、ちーくんとは?」
正直ちーくんが頭から離れず話の半分も耳に入ってきてない。話の内容から誰だか想像はつくが、それでも確認せざるを得なかった。
「ああ、あなたの恋人のことよ。名前で呼ぶのはやめてくれなんて言われてね、彼あなた以外から名前で呼ばれたくないんですって。とんだ独占欲よね。だからね、クレマチスから呼び名を考えてみたの。くーくん、れーくん……って一字ずつ当てはめていって、私が気に入ったちーくんにしたのよ?」
「そうだったのですね。」
情報量が多すぎてキャロラインは当たり障りのない言葉しか出てこない。確かに以前グレーシアがロイ君と名前で呼んでることが気にはなった。だが人の名なのだからその人達が納得しているのならとやかく言う必要はないと思っていた。だが確かに最近グレーシアはロイのことをロイ君と呼ばなくなっていた。「ねぇ」とかで呼びかけ決して名前で呼ばないのは、ロイからの名前で呼ぶなという命令のせいなのだろう。グレーシアは呼び名を模索していそうなので、後でこっそりちーくんという呼び名を教えることにしよう。
それにしてもキャロラインにしか名を呼ばせないとは……いささか強引すぎる気もするが、ロイの名を呼べる女性はキャロラインとロイの母親ぐらいだとすると特別感が増し嬉しい気持ちになるのも事実だった。
「それぐらいにしてください。ほらせっかくお茶菓子を用意してくれたのでしょう?それをいただきましょうよ。」
どこかそれ以上話をしないでくれというようにロイが話題を変えてくる。そんなロイの態度をジルとリーシャはお互いの顔を見合わすと笑い出し、お茶会が開催されることとなった。目の前に置かれた色とりどりの美しいデザートに正直キャロラインも興味津々だったので、今から食べれると思うと嬉しくてついつい顔がニヤけてしまう。
そんなキャロラインを3人は優しく見つめつつ、男性陣は率先してお互いの相手が好きそうなデザートを皿に盛り付ける。大切にされている幸せを感じつつ、差し出されたデザートを一口頬張れば、そのあまりのおいしさについつい蕩けた顔をしてしまう。
そんなキャロラインにどのデザートよりも無意識に甘い顔をするロイを、ジルとリーシャは何度目か分からないか目配せをして笑い合うと、それぞれお茶やデザートを口へ運びお茶会を楽しむのであった。
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