課題11 その先の未来を見つめよ①
ロイ達が帰国してから1週間が経った。あれからミソニ国内外はイシュカン王国の件で大騒ぎだ。
ロイ達がイシュカン王国へ向かったのは国王自らにことの重大さを伝えるためで、メリスラ王女と共にミソニ国に来ていた者達と同じように、国王もその側近達も最初は抵抗し書類は無効だと騒ぎ立てた。だが国を代表してやって来た王女が間違いなく署名した書類の効力は強く、勘違いで署名したなどという嘘は通用しなかった。
その後帰国するまでの間に書類を奪い、ジルやロイなどを始末しようと考えていたイシュカン王国の者達だったが、偶然やって来たアルフレッドと熊軍団のお陰で、彼らはこれ以上事を大きくすると命に関わると判断し、大人しくするのであった。
まだソルダ国の塩は在庫が豊富だし、それを売り捌くまでに自国で精製すればそれでいいと考えていたイシュカン王国であったが、その目論見は簡単に崩れ落ちる。
イシュカン王国のソルダ国へ行った悪事が全て他国にまで知られることになったのだ。すぐにイシュカン王国はミソニ国へ抗議したが、当然ミソニ国はそんな情報を流していないため否定した。
書類はソルダ国へ行ったことに関してミソニ国は公にしないと書いてあった。つまり公に伝えなければ問題ないということなので、まずは噂話でイシュカンの悪事を流した。噂話がある程度広まったところで、今度は吟遊詩人達にジルとリーシャ王女をモデルにした恋物語を語らせれば噂の信憑さに拍車をかけ、噂話はさらに広まることとなった。
そこまでいけばロイ達がやることはもうない。イシュカン王国を疑い出した人々は、塩の産地が変更になったことに気がつく。噂話に敢えて塩のことは流さなかったが、噂話はいつの間にか尾鰭がつき、イシュカン王国がソルダ国に強制労働させていたのは塩のためだと言われるようになる。
そのタイミングでソルダ国産の塩が市場に出回れば、さらに噂話を信じる者が増え、イシュカンは窮地に追いやられる。
ミソニ国だけでなく他国もイシュカン王国からソルダ国産の塩を買わなくなり、イシュカンの財政を苦しめだした。頼みの綱だったイシュカン王国産の塩も全く売れなかった。同じ製法で作っても全く味が異なり、最高級品とは程遠い出来上がりだったのだ。当然イシュカン王国は大慌てだ。何度作り直しても改善しないことに苛立ち焦るが、全て後の祭りでミソニ国が後ろ盾になったソルダ国に聞くことはできない。
そうこうしているうちにイシュカン王国の塩は粗悪品と言われるようになり、イシュカン王国と取引を断つ商社や国が増えてきた。その代わりにソルダ国と取り引きを行う国が増えることになり、今までイシュカン王国に搾取されていたソルダ国は潤うようになっていった。
ミソニ国にも今やソルダ国の塩が主に流通するようになっていった。
一度ロイにそのことを何気なしに話したキャロラインであったが、ロイは笑いながら当然の結果だよと教えてくれた。
なんでもソルダ国の塩が美味しい理由はソルダ国の海水に由来するらしく、例え同じ手順で作ったとしても海水が違えば味は違ってくるらしい。ソルダ国の海水はそれだけ特別らしく、どれだけイシュカン王国が頑張ってもソルダ国に敵うわけがないらしい。
イシュカン王国はソルダ国の塩で財政を潤わせていた。それ以外自国で何か産業を行おうとしていなかったツケが今回っているらしく、滅びるか侵略されるかどちらが早いかなと呟いたロイの顔があまりにも悪い顔をしていたので、そこまで見越して行動したロイを今更ながらキャロラインは少しだけ恐ろしく感じ、とんでもない人に好かれてしまったのではないかと気付きつつあった。
だがそれでもキャロラインの気持ちは変わらない。クレマチスと呼ばれ策略家だとしても、間違ったことはしない、人のために動く優しい人だと知っているから。そして誰よりも深い愛情を注いでくれる人だと知っているからだ。
それからさらに一月経った頃、ジルとリーシャ王女の婚約が発表された。愛する者を救い出し求婚したジルは御伽話の王子のようだと言われるようになり、イシュカン王国の事後処理に追われ表舞台にしばらく出ていなかったウィリアムより人気となるほどだった。
いつかアルフレッドにロイのことを告げてしまったがために、ここまで仕事を押し付けられてしまったウィリアムの最近の口癖は「クレマチスが怖い」らしい。
事情を何も知らない者がその口癖を聞いてしまったがためにロイの噂は広まるようになり、あのウィリアムすらも怖がらせ、イシュカンを裏で追い詰めたのはロイであるという噂まで流れるようになったため、ロイは陰の支配者という別名までつけられ恐れられる存在となっていた。
そんな地位を築いたロイは、不在の間にキャロラインにちょっかいを出したり求婚してきた者に牽制をかけようと挨拶に出向くが、行く先々でロイの顔を見ただけで怖がられ、話を聞く前に謝罪されてしまった。彼らはロイがなぜ来たか理解できてなかったが、関わらないのが1番と考えてとりあえず謝っていたのだ。
ロイはそんな彼らにただいつも仕事で浮かべるような笑顔のまま「僕の大切なものには手を出さないでね。」とだけ伝え去っていくため、そこでようやくキャロラインに声をかけたことだと理解し、震えるのであった。
そこからロイの挨拶回りを経験した者から話が広まり、キャロラインには絶対に近づくなと暗黙の了解となったことで、キャロラインに山程届いていた求婚はパタリと来なくなったのであった。
それからまた一月後、キャロラインはロイと共に王城に来ていた。父親の仕事場に見学に来たのではない。ジルからの呼び出しで登城したのであった。
ロイからその話を聞かされた時は、キャロラインは聞き間違いではないかと何度も聞き返すほどであった。ロイからは「固い話ではないし、僕もいるから安心して」と言われたが、王族に会うために登城したことは初めてのため、キャロラインは何日も前から緊張していた。
気軽にと言われても王族に会うのだ。それなりの格好をしなくてはならない。キャロラインがそれとなくロイにどんな服装が相応しいか尋ねると、そのままキャロラインの手を引きロイの顔馴染みの仕立て屋に連れて行かれた時は度肝を抜かされた。
「彼女に合うドレスをいくつか見繕ってくれ」
と入ってすぐ伝えれば、店主は急いで数着ドレスを見繕いハンガーラックにかけると、そのままロイ達を個室へ案内してくれた。そこでロイがドレスを選び、あれよあれよという間にキャロラインは着替えさせられ、気づけば会計が終わってしまっていた。
さすがに頂けないとキャロラインが抵抗するも、「僕が君にプレゼントしたいんだ。」と言われてしまい、有り難く受け取ることにした。
「本当はデザインから全て僕が考えたドレスをまた贈りたいけど……今日は時間がないから、また贈らせてね。」
と言われてしまい、これからどれだけプレゼントされるのか恐ろしくなりつつ、そういえばいつかロイに言われた男がドレスを贈る理由を何故か思い出してしまい、キャロラインは1人で赤くなってしまっていた。
百面相のようにコロコロ顔が変わるキャロラインを愛おしそうに見つめながら、キャロラインが今考えていることが手に取るように分かるロイはおかしくて笑い出してしまった。キャロラインを困らせることはしたくないが、キャロラインがロイの言葉でコロコロ表情が変わるのは見たくてしょうがなくついつい意地悪したくなってしまう。今だってその感情を抑えることはできないロイは、キャロラインの耳元にわざと顔を近づける。
「ドレスを贈る意味……覚えてくれたんだね。」
そう甘く耳元で囁けば、キャロラインは耳を抑えて真っ赤な顔をしてロイを睨みつける。その睨み顔すら可愛いと感じてしまうのはかなりの重症かもしれない。ロイはキャロラインに顔を近づけようとして……それをキャロラインは全力で止めにかかった。
「ここ……お店です!!!」
必死に抵抗するキャロラインの力は並の女性よりは確かに強い。だが本気を出せばロイなど簡単に退かせられる力だ。ここで強引にしてしまえば口を聞いてもらえなさそうなため、ロイは諦めたように手の力を緩める。
ロイが諦めたとホッとしたキャロラインもまた手の力を緩めると、すかさずロイがキャロラインに近づき、耳をカプリと甘噛みしてみせた。
声なき悲鳴を発しロイをポカポカ叩くキャロラインをロイはただ楽しそうに笑い受け止めながら、「君が油断するのが悪い」とそう言って全く反省することはなかった。
お読みいただきありがとうございます
本日より課題11の始まりです
大変申し訳ありませんが執筆が遅れており
明日の更新はお休みさせていただきます
続きは明後日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します
 




