課題10 真実を明かせ②
「本当に綺麗ですね……」
落ち着きを取り戻したキャロラインは泉を眺めて、その水の透き通る美しさと光に反射し輝いている美しさに感動していた。だが彼女は今、別の意味で落ち着かないでいた。それは今ロイに後ろから抱きしめられているからだ。
先程は会えた嬉しさと泣き顔を見られたことによる羞恥心で取り乱していた。しかし今はロイに抱きしめられているという状況に、恥ずかしさとときめきと嬉しさで気持ちが大忙しだったのだ。
正直泉を見る余裕はあまりなかったが、それでも見ることでその美しさに目を奪われ、多少なりとも気が紛れたのは事実だ。このままロイが離れるまで泉を見てやり過ごそう、そう考えていたキャロラインであったが、その考えは浅はかだったと痛感する。
耳元で名前を甘く囁かれ、少し座ろうかと声を掛けられたら素直に従うしかない。ようやくこれで解放されると少しばかり期待したが、敷物を敷いたロイは先に座ると嬉しそうにキャロラインに両手を広げてみせたのだ。
キャロラインは最初何をしているのか理解できなかった。首を横に傾けてロイの意図が読めずにいたが、ロイの片手が自身の足を叩くため、そこでようやく意図を理解したキャロラインは見る見る顔を赤くした。
首を横に振って拒否を示してもそれをロイが許すことはしない。ロイはキャロラインの手を素早く掴むと、あっという間に彼女を自身の膝の上に座らすことに成功し、再び後ろから抱きしめることに成功したのだ。
満足そうにしているロイとは反対に、真っ赤になって固まったまま動かないキャロラインの姿は可愛らしく、ロイをまた惹きつける。
ロイは「可愛すぎる」と呟くとさらにキャロラインを抱きしめるため、キャロラインは声なき叫び声を上げていた。
それからしばらくキャロラインを堪能したロイは、未だ真っ赤な顔をして動かないキャロラインを抱きしめたまま、話さなければならないことを話し出した。
「キャロライン……不安にさせて本当にすまない。」
「不安など……」
最初の言葉はやはり謝罪だった。
「……我慢しないで。僕には何でも隠さず話してほしいんだ。君が僕があの王女と結婚するのではないかと不安になっていたこと……アルフレッド殿から聞いた。」
「お兄様から?!」
まさかの言葉に驚きを隠せない。アルフレッドは確かにキャロラインが落ち込んでいることを心配してくれていたが、いつロイにそれを伝えたのか、それがわからなかった。もしかしたらロイはもっと早く帰国しており、城でアルフレッドと会ったのかもしれない。だとしたら、早く帰国したのにキャロラインに会いに来なかったことが胸を苦しめる。
だがアルフレッドが何故あんなにも急にキャロラインを連れ出したのかは理解できた。ロイにこの場所で再会できたのは偶然ではない。アルフレッドとロイが打ち合わせをし、キャロラインと再会するための行動であったのだ。
「そう……。君のお兄さんは本当にすごい人だね。強くて逞しくて、そして何より婚約してもまだ妹を溺愛している。」
「……兄はそういう人です……。それが何か?」
「僕の範疇を簡単に超えてくる人だ。……まさかイシュカン王国に来るとは思わなかった。」
ロイは思い出したかのように笑っていたが、キャロラインは笑えずただ目を丸くしていた。
「兄がイシュカン王国へ行ったのですか?!」
「その顔は……何も聞いていなかったんだね。」
キャロラインの何も知らなそうな顔を見て、ロイは思わず笑ってしまった。本当にあのアルフレッドは無鉄砲にもほどがある。
「確かに1週間ほど不在でした……。兄に聞いても仕事としか教えてくれないため、城で寝泊まりして仕事をしていると思っていたのですが……まさかイシュカン王国へ?……でも待ってください。イシュカン王国は少し遠いですよね?」
「そうだね……、普通なら片道5日だよ。」
「どういうことですか?兄は1週間ほどで帰ってきています。その日数なら行くことは可能でも帰ってくることは無謀ですよ?」
キャロラインは訳がわからなくて混乱していた。当然のことだ。片道5日かかる場所を往復1週間でやり遂げるなど、お伽話で見る魔法を使ったのかと思うほど、普通ならば無理な話なのだ。だがそれをやって退けたのがアルフレッドだ。魔法を使わずにやり遂げたのだが、その方法は誰が聞いても度肝を抜くはずだ。妹であるキャロラインだって例外ではないはずなのだ。
「その無謀をやって退けるのが君のお兄さんだよ。」
「どうやって……。だって馬より早く移動なんて、そんなことができ人が乗れる動物なんているはずが……………………まさか…………」
キャロラインは何かに気付いたのか急に顔色を悪くし始めた。ロイはキャロラインの考えがわかったのだろう。苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そのまさかだよ……まさか熊で来るとは思わなかった。」
耳元で聞こえるロイの言葉は、呆れたように笑っていた。だが呆れているのはアルフレッドのことであり、キャロラインは違うというのを伝えるように、キャロラインを抱きしめる手に力が込められていた。
「異国に熊……。あの……それ外交上大丈夫なのでしょうか?」
キャロラインは血の気が引いたようにか細い声で尋ねてくる。どうやら熊を異国へ連れて行くことへの問題点をアルフレッドよりも理解しているようであった。
「うん……、なんとかなるんじゃないかな?まあウィリアム殿下がなんとかしてくれるよ。それにあの国はこの国の力を馬鹿にしていたから……熊の部隊をお披露目しに出掛けたってことにしたらなんとかなるんじゃないかな。」
「熊の部隊をお披露目?!」
ロイはまた可笑しそうに笑っていたが、キャロラインは話がついていけず固まるしかなかった。とりあえずアルフレッドの独断で動いておらず、きちんと第一王子であるウィリアムに許可を得ているならば、咎がないはずだと安堵するしかなかった。
「熊の部隊はまたお義兄さんにでも聞いてみて。」
「はい……。あの……熊だと何日でイシュカン王国まで行けるのですか?」
「3日らしいよ。」
「ということは……もしかして……」
キャロラインは指で数えるとある事に気がつき、恐る恐るロイの顔を覗き込んだ。その顔は困惑して今にも泣きそうで、ロイはキャロラインに問題ないと安心させるように不意に額に口付けを落とした。
すぐにキャロラインの口から聞いたこともないような悲鳴が聞こえてくる。顔を真っ赤にさせて驚いたような恥ずかしいような顔をするため、拒絶ではないことは十分よくわかった。恋人なのだからこれぐらいの触れ合いは許して欲しかった。
「ごめんね、嫌だった?」
ロイの問いかけにキャロラインはただ黙って首を横に振ることしかしない。真っ赤な顔を見せないためなのか、ロイの方すら向いてくれないため、ロイは何としても振り向いてもらいたくて再び口付けを額に落とすと、もう一度悲鳴を上げたキャロラインが上目遣いでロイを睨むため、ロイはその破壊力にキャロラインの肩にもたれかかって1人で悶絶するほどであった。
暫くして落ち着いたロイは顔を上げるが、キャロラインは未だ顔を真っ赤にさせて今度は固まっていた。額への口付けや肩に顔を埋めるなどキャロラインにとっては刺激が強すぎたらしい。これ以上やると流石に嫌われそうなのでロイはそのままキャロラインに話す事にした。
「キャロラインの想像通りだよ。急いで帰るからと熊に乗って帰って来た。」
ロイの言葉にすかさずキャロラインは顔を上げると、ロイを心配そうに見つめる。先程まで恥ずかしさで見てくれなかったのに、ロイを心配で目を合わせてくれるその行動が可愛くて仕方なく、ロイは抱きしめる手に再び力を加えたほどだった。
「熊って……大丈夫でしたか?」
「流石に熊に乗ったのは初めてだったから最初は怖かったよ。獣道も険しくて大変だった。でもアルフレッド殿が一緒に乗ってくれたからなんとかなったよ。」
「獣道……過酷な道のりだったのですね……私のために。」
「確かに過酷だね。でも君を傷付けてしまったんだ。それに早く会いたかった。どんな方法でも最短で帰るのが最善だったよ。」
ロイは笑って答えたが、キャロラインはそんなロイの手の上に自身の手を重ねて心配そうにしていた。
「ごめんなさい。ロイ様は騎士様ではないのに……。」
「そうだね。だけどいい経験になったよ。野営は初めてだったけどアルフレッド殿が手際よくなんでもやってくれたし、それにレットもサブローもいい子だった。」
「怖くなかったのですか?」
「最初は怖かったさ。だって熊だからね。でも彼らはアルフレッド殿の言うことをしっかり聞いていた。あんなに暴れていたサブローが信じられないよ。」
「それはお兄様の教育の賜物ですね……」
キャロラインは遠い目をして呟く。どうやら彼らはアルフレッドに相当しごかれているらしい。
「サブローもレットも2人とも可愛いところがあってね。2日目からは僕は1人で乗れるようになったんだけど、彼らは僕と一緒にいたいのかなかなか離れてくれなくて。どちらに乗って移動するかで揉めるぐらいだったよ。それに2人とも夜は僕の側に来て枕の代わりになってくれた。2人が包んでくれるから意外に快適だったんだよ。アルフレッド殿は自分のところにどちらか来いって呼ぶほど懐かれちゃった。」
「そうなのですね……」
楽しそうに話すロイにキャロラインは乾いた笑みで返すしかできなかった。熊のことを2人と人間と同じ数え方をしてしまうほどロイは2人のことが気に入ってくれたらしい。懐かれていると喜んでくれることは嬉しいことだ。もちろんサブローもレットもロイのことを気に入っているから彼を背中に乗せた。それは間違いないのだが、彼らが我先にロイの元にやって来たのはアルフレッドの側にいたくないからだ。
アルフレッドは大男のため大きな熊でも彼を乗せて移動するのは大変なはずだ。当然夜だってアルフレッドの枕になるよりはロイの枕になる方がいいに決まっている。
それにロイは優しいがアルフレッドは何かあればすぐにお仕置きしてくるのだ。なるべく離れたいに決まっていた。
懐かれたことを嬉しそうに話すロイに、サブローとレットが最初は身の安全を守るために近づいたなど言えるわけがない。
キャロラインは楽しそうに道中を話すロイの話を複雑な感情で聞いていた。
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