課題1 お友達になりましょう③
「キャロライン様、お手紙が届きました。」
手紙を手にして部屋を訪れたネモが、とても嬉しそうに笑っているため、キャロラインは差出人を急いで確認し納得する。差出人はロイからで、花のお礼のために書いた手紙の返信がすぐに届き、キャロラインは驚いていた。
「手紙って昨日届いたはずよね?」
「はい。ですから読んですぐにお返事を書かれたということになります。」
「そうよね。」
「せっかく急ぎでお返事を書いてくださったのです。キャロライン様も早くお読みになっては?私はお茶をご用意しますね。」
ネモはキャロラインが気兼ねなく手紙を読めるように、一度部屋を退室する。キャロラインもまさかこんなにすぐに返事が来るとは考えてもいなかったため、それだけで嬉しい気持ちとなり、手紙の中身を急いで確認した。
手紙にはキャロラインからの手紙のお礼と、早速2人で会いたいので日時を決めたいという内容が書かれていた。
「会いたい……」
それだけの短い言葉なのに、胸が煩く鳴っているのがよく分かる。今まで手紙のやり取りや2回目の再会を望む言葉など、異性から貰ったことがなかったキャロラインは、ただ会いたいと言われただけで気分が舞い上がってしまいそうだった。
「キャロライン様、お茶をお待ちしました。」
「ネモ!どうしましょう!」
部屋に戻ってきたネモにすかさず縋り付けば、ネモは目を丸くしている。話の脈絡が全くわからなかったが、頬を真っ赤に染め、泣いていないとすると、手紙の内容はキャロラインにとって嬉しいものであることだけは察していた。
「とりあえず落ち着きましょう。お茶をどうぞ。」
勧められたままお茶を飲むと、体の内側が暖かくなってくる。それに併せて、キャロラインの心も少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「ありがとうネモ。落ち着いたわ。」
「それはよかったです。で、いかがなさいました?」
「それが、シュバルツ次期公爵様が2人でいつが会えるか手紙で尋ねているのよ。」
「まあまあなんと素敵なことなんでしょう。キャロライン様、それがどうして困っているのですか?」
「だって私、異性の方と2人っきりで2回目に会うなんて初めてよ?何を話したらいいか、どこに行けばいいか、それにまず本当に予定なんて伝えていいのかしら?ただの社交辞令だったら?思い上がってる勘違い女になるわ。だってそもそもシュバルツ次期公爵様と私には接点がないんだもん。何か裏があるのよ。ああ……どうしたらいいのかしら……」
「キャロライン様、キャロライン様!そんなに深く考えないでください。何も裏はありませんよ。」
「どうしてそう言えるの?どんな方でも名前を聞けば怖がるのよ?」
「キャロライン様、貴女はとても素敵な方です。それはずっとお側にいる私が証明します。どうかご自分に自信を持ってください。」
「ネモ……あなたは優しいわね。」
「キャロライン様……。やはりここはあのアルフレッド様の息の根を止めてきましょうか?キャロライン様が自信が持てないのはあの人のせい。なら排除するまでです!」
「ちょっ……ちょっとネモ!落ち着いて!ああ……そんな肩を回したりしないで。貴女が怪我をしてしまうわ。」
「問題ありません!アルフレッド様の弱点は重々承知しておりますので。多少怪我はしても大怪我までとはいきません!」
「待ってネモ!お願いスカートをたくし上げて戦闘準備に入らないで。……ほら私お兄様が傷付くのは辛いわ。」
今にもアルフレッドに戦いを挑みそうな勢いのネモを制止させるための言葉は、ネモにはよく効いたみたいで部屋から飛び出そうと進んでいた足を止めてくれた。
「キャロライン様、アルフレッド様を心配なさっているのですか?あの方はお強いので多少のことでは傷つきませんよ?」
「もちろんお兄様が強いのは知っているわ。だけど大好きな2人が戦うのは見たくないの。」
「……キャロライン様が傷付くなら私は静かにしております。」
「ありがとう、ネモ。」
「キャロライン様、シュバルツ次期公爵様ご自身をよく見てから判断したら如何ですか?」
「それはどういうこと?」
「キャロライン様はアルフレッド様のせいで、名前を聞いただけで逃げられています。キャロライン様がどんな方か知ろうともせず、逃げられるのです。中身を知られず逃げられる辛さは1番ご存知なはずです。ですが今キャロライン様は、シュバルツ次期公爵様に同じ対応をなさろうとしていませんか?」
「……しているかもしれない。シュバルツ次期公爵様の気持ちを考えず、自分の身を守ることばかり考えてしまっていたわ。勝手に決めつけて考えることは、とても失礼なことね。」
「そういうことです。万が一シュバルツ次期公爵様がキャロライン様が考えている様な方だったら、私が懲らしめますのでご安心ください。」
「ネモ……。ありがとう叱ってくれて。お返事すぐに書くわ。」
キャロラインの不安と心配で怯えていた目は今はなく、真っ直ぐ前を見つめて力強い目をしていた。
ネモなお茶を机に置くと、そのまま部屋を後にし、どうかこのままうまくいく様に願っていた。
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それから何通かやり取りをし、いよいよ会う日がやってきた。いきなりどちらかの邸に行くのは勇気があったため、今日は王都のカフェで待ち合わせだ。
待ち合わせ時間よりだいぶ早く到着したのはキャロラインだ。その目的は一つ。1人では不安なため席の側にネモに待機してもらうため、席を確保するために早く来ていたのだ。狙い通りキャロラインの席の近くを確保できたネモは、会話は聞こえない距離ではあるが、キャロラインの顔色は窺える場所のため、何かあればすぐに駆けつける手筈となっていた。
席につき時計を確認すると、約束の時間にはまだだいぶ時間がある。ただ座るだけでもお店に迷惑がかかると思いメニュー表を眺めていると、名前を呼ばれる。その声で顔を上げれば、そこには約束の人物、ロイが穏やかな顔で佇んでいた。
「随分お早い到着だったのですね。遅くなり申し訳ありません。」
「いえ、私が早く来すぎたのです。」
「私も楽しみで早く来てしまいました。座ってもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。」
キャロラインに対面する席に座っていいか確認したロイは、一瞬キャロラインから視線を外し遠くを見てから、腰を下ろす。
夜会の時とは違い、軽装ではあるが仕立てのいい服に身を包んだロイは、やはり格好いいとキャロラインは思ってしまう。それはキャロライン以外の女性客も同じなようで、いくつもの女性達が、ロイに熱視線を送っていた。
「キャロライン嬢、夜会のドレスも素敵でしたが、このような装いもとても可愛らしく貴女に似合っていますね。」
「えっ?!……そっそんなことありません。ありがとうございます。シュバルツ次期公爵様もとてもよくお似合いです。」
突然のロイの言葉にみるみる顔に熱が集まってくることがわかる。慌てて声が裏返ってしまったが、恥ずかしさはあるが、胸が暖かい気持ちになるのも確かで、夜会以外で褒められたことがキャロラインは嬉しく感じていた。
ロイはキャロラインが褒めても動揺を見せず、とても優しい穏やかな顔で相変わらずキャロラインを見つめており、1人慌てているキャロラインは落ち着かなくてはと深呼吸を数回し心を落ち着かせる。
そんなキャロラインの仕草を理解してかロイは焦らせることはせず、まずは注文することを提案し、それぞれが飲み物を注文し、席に届いた時にはキャロラインは落ち着きを取り戻していた。
「改めまして、今日は来ていただきありがとうございます。」
「こちらこそ、お誘いありがとうございます。そして素敵なお花もありがとうございました。」
「気に入ってくださって嬉しいです。何か気付かれましたか?」
「……?あっメッセージカードですか?ありがとうございます。あのようにカードを受け取ったのは初めてでして、嬉しかったです。」
「カードですか……。ではまたカードを添えて贈らせてください。」
「いえそんな……。」
「私からの花は受け取れませんか?」
「いいえ、決してそのようなことは。ただお忙しい方ですのでご迷惑をかけてしまわないかと……。」
「これは私がやりたいことですので。是非貴女が嫌ではなければ贈らせてください。」
「ありがとうございます。とても嬉しいです。」
「それはよかった。また楽しみにしててください。」
「あの……何故私にこんなにもしてくれるのでしょうか?」
「そうですね。まずはそこが伝わっていなかったということですね。」
「伝わっていなかった?」
「はい。私は夜会で幸せになりたいと言う貴女の言葉を聞き立候補しました。それは覚えていますか?」
「もちろんです。」
「では話しは早いですね。私は貴女を幸せにしたいと本気で考えております。ですから貴女が喜んでくれることをしたいのです。」
「あの……何故私なのでしょうか?私の名前を聞くとどんな方も逃げていきます。怖くはないのですか?」
「怖くはありません。貴女を幸せにするためならどんな障害もこなしてみせます。それに何故貴女というと……夜会で貴女を見かけてからずっと目で追っておりました。いつか貴女とお話ししたいとずっと考えておりました。」
「私のこと見てくださっていたのですね。」
「勝手にすみません。いつも声をかけたくても別の男性に先を越されていました。あの時もそうでした。でも貴女と話せる機会が得られて声をかけたのです。」
「そうだったのですか。私は何も気が付きませんでした。」
「こっそり見ておりましたから。気分を害されたら謝ります。」
「いえ、そんなことはありません。」
「それはよかった。と言っても今の貴女は私の気持ちを疑っていると思います。急に好意を伝えられても受け入れられるのに時間は必要でしょうから……少しずつ私を意識してもらい、いつか私のこの気持ちを受け入れてもらえればと思っております。」
「はい。あの……私のことも接していく内にやはり違うと考えが変わったら、遠慮なく教えてください。無理をさせるのが1番嫌ですから。」
「それは絶対ないんだけどな……。」
「えっ?!今何と?」
キャロラインの言葉にロイはすかさず否定の言葉を続けたが、その言葉はあまりに小さく、キャロラインには聞こえなかった。
「いえなんでもありません。そうだまずはお互いお友達から始めませんか?」
「お友達?」
「はい。最初から恋人だと力んでしまうでしょう?」
「こっ恋人?!」
「ほら、そうなってしまうので、まずはお友達から。そうですね、手始めに名前で呼びましょう。」
「名前ですか?」
「はい。友人なのに敬称をつけるなどおかしな話ですから。何とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「キャロラインで構いません。」
「ではキャロライン。これでよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします。」
「こちらこそ。では私のことはロイと。」
「ロイ様……」
「はい。様もなくてもいいのですよ?」
「流石にそれは。ロイ様でお願いします。」
「分かりました。ではキャロライン、もう少しお話しをしましょうか?」
キャロラインがロイの名を呼んだ時、ロイは今日1番の嬉しそうな笑顔で返してくれた。
2人はそのまま会話を弾ませ、気づけば長居時間話し込んでいた。
心配そうに見つめていたネモも、楽しそうなキャロラインの顔を見て安心すると、それ以降は2人の邪魔をしないようなるべくキャロラインの顔を見ないようにしながら、久しぶりのカフェの美味しそうな食事を堪能するのであった。
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