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課題9 わがまま王女を黙らせよ④

更新が遅れて申し訳ありません

 ウィリアムと別れたキャロラインは、その足で大急ぎで部屋へ帰ると、本棚から一冊の本を取り出した。花の本だ。絵と花の名前など事細かく記載された本は、多くの花を調べることができる。キャロラインはロイから花を贈られるようになってから、ネモのように詳しくなりたいと思い本を購入していた。だが花に詳しくもないキャロラインは、挿絵から贈られた花を見つけ出すのが難しく、いつもネモを頼ってしまっていた。

 だが今回は何としても自分で意味を知りたいと思っていた。人から聞くのではなく、自分の目できちんとロイの気持ちを知りたいと願ったからだ。幸い花の名前はウィリアムが教えてくれた。挿絵から探すのではなく名前から探せばいいため、キャロラインでも見つけられそうであった。



 暫くするとキャロラインは名前を見つけることができた。そこに書かれていた内容を読む前に深呼吸をしてから意味を確認したキャロラインは、意味を知って息を呑んだ。

 クロッカス……「私を信じて」と書かれており、過去を教えてくれた日に伝えてくれた言葉を再び花でも伝えて来たのだ。いつものように愛の囁きのような花言葉を想像していたキャロラインにとっては予想外の言葉だったが、今のキャロラインには何よりも嬉しい言葉だった。再度伝えられたその言葉は、1人で悪い方へと考え、自ら傷つけていた感情を払拭するには十分すぎる心強い言葉であった。



 他人から何と言われようとロイの言葉を信じればいい。ロイがキャロラインを傷つけ裏切ることは決してない……そう伝えてくれているようで、キャロラインは受け取ったクロッカスを胸に抱くと、今まで我慢していた感情が急に溢れ出し、声を出して泣き出した。

 嬉しい、寂しい、会いたい……言葉では言い表せないような感情が入り乱れ、キャロラインは涙が枯れるまで泣き続けた。


 そんなキャロラインの姿を扉の前でネモが入るタイミングを伺い見つめていたが、落ち着くまでは近づくのをやめようと決めて歩き出すと、廊下を曲がった先で苦しそうな表情のアルフレッドと出会した。キャロラインは声を押し殺すことをしないで泣いていたため、アルフレッドの場所からでもキャロラインの泣き声は届いていた。

 妹が泣いていることが辛いのか、何もできないのが辛いのか、帰ってこないロイに文句を言いたいのか、アルフレッドが何を考えているかはネモにはわからなかったが、それを聞くのは野暮である。ネモは一礼をするとそのままアルフレッドを残して廊下を進んでいくのであった。




 ――――――――――――――――――――


 次の日、アルフレッドの姿はウィリアムの執務室にあった。護衛の勤務ではない。非番であったアルフレッドが突然前触れもなくウィリアムの執務室を訪れたため、ウィリアムだけでなく、警護に当たっていたアルフレッドの部下も同様に驚いていた。アルフレッドは無礼も構わずウィリアムの側までいくと、部下がいることも構わず頭を深く下げた。



「どうした、アルフレッド!」



 あまりのことにウィリアムは慌てつつ、尋常ではないと判断すると護衛に当たっていた騎士を下がらせる。誰にも聞かれない方がいい……そう判断してのことだった。

 騎士が退室したことを確認したウィリアムは、アルフレッドに話すよう促すと彼は神妙な面持ちのまま話し出した。




「キャロラインが……妹が傷付いています。」


「シュバルツ家の息子のことでか?」


「はい。妹は私の妹だと怖がられても気丈に振る舞っていました。しかし……今は気丈に振る舞うことも出来ないほど落ち込んでいます。」


「……申し訳ないと思っている。」


「殿下、私の可愛い妹を巻き込んでおいて、何も教えてくれず耐えろというのはあまりに酷いです……いくらの王族とて、私の妹に辛い思いをさせるなら許してはおけません!!」


「おっお前……熊を暴れさす気か?!」



 アルフレッドの険しい表情に思わずウィリアムは怯むほどだ。アルフレッドの勢いは今にも何か起こしそうなそんな気配まで感じとれた。




「我が家にお咎めがないなら暴れるところです。」


「本気か?!」


「……半分冗談です。ですが私の頼みを聞き入れてくださらないなら、熊を連れて来ます。」


「お前、王太子の私を脅す気か?」


「可愛い妹のためです!!」



 アルフレッドの真っ直ぐな視線にウィリアムは深いため息を吐くと、アルフレッドに話すように促す。アルフレッドはその言葉に応えるように考えを述べると、さすがのウィリアムも最初はアルフレッドの提案を阻止しようとした。だがこのままでは標的が変わることを感じ取ったウィリアムは渋々了承すると、アルフレッドはすぐさま部屋を飛び出して行ってしまった。


 ウィリアムとまだ話途中なのに出て行ってしまったため、ウィリアムはため息を吐くと、アルフレッドの休暇申請書を代わりに記載し、今後のことを考えると少しだけ胃が痛い感覚に襲われつつも、仕方ないと納得するようにお茶を一口飲むのであった。



 ――――――――――――――――――――



「お疲れ様……ロイ。」


「思いの外時間がかかりましたね。」



 ロイは手にした書類を鞄にしまいながら、イシュカン王国の廊下をジルとフランと友に歩いていた。当初の予定よりは少し時間がかかったが全てロイの思い通りに事が進み、大満足の結果となったため、3人は晴れ晴れした気分だった。



「やっと帰れるな。」


「本当ですね……。早く帰りましょう。」


「ロイ、やけに急いでいるな。」



 ロイの帰りたい発言にジルとフランはニヤニヤ笑っていた。仕事ばかりだったロイが誰かのために帰りたいと願い、素直にその気持ちを吐き出してくれる。昔のロイでは考えられないほど穏やかな表情のロイがここまで変わったのが1人の女性のためというのがなんだかいじらしかった。



「流石に今日帰るのは難しいけど……まあ明日に帰ろうか。…………えっ?!」


 ジルがロイを諭すように呟いた時、窓の外に信じられないものを見つけて思わず声を上げてしまった。ロイとフランがジルの視線の先に目を遣ると、ジルと同じように驚きながら窓の外を見つめた。それから3人は目を合わせ苦笑いをすると、走って外に出ることにした。



「どうしているのかな?」


 ジルが少し息を乱しながら問いかけた相手は、アルフレッドだった。アルフレッドがここに来ていることはもちろん驚くことだが、何より彼らが驚いたのは、アルフレッドが熊にまたがってやって来たことだ。クマを移動手段として使うのはアルフレッドぐらいだろう。



「ロイ殿を連れ戻しに来ました。」



 凄まじい目力を向けられるため、3人は慣れないその圧に怯みそうになる。どう考えても熊よりアルフレッドの圧の方が強く、なるほどこれが熊の頂点に立つ男かと妙に納得してしまった。



「どういう意味かな?」


 ジルの問いかけにアルフレッドは圧を弱めることはなく言葉を続ける。



「そのままの意味です。」


「……師団長、ロイは仕事で来ている。決して遊びではない。それをわかって言っているか?」


「はい。全て承知の上で申しています。」



 ジルからの強い問いかけにもアルフレッドは一切怯まない。ジルはため息を一つ吐くと少しだけ言い方を柔らかくして再び問いかけた。



「ロイは外交問題の非常に大切な交渉をしに来た。その仕事を放棄してでも連れ戻す理由とは?……まさか妹のためとは言わないよね?」


「その理由しかありません!!」



 まさかさすがにそんな訳ないと思っていたが、その通りの返答にジルは頭を抱えた。



「師団長……いくら妹が可愛いと言ってもさすがに他国へしかも仕事中に迎えにくることはやりすぎではないか?先程も伝えたように彼は外交を……」


「そんなことわかっています!!!」



 ジルの言葉を遮ってただでさえ大きな声のアルフレッドが、さらに声を大きくし、地を這うような低い声はアルフレッドの強い怒りを表しているようであった。ジルもフランもロイでさえも、アルフレッドの怒りを前にして何も言えなかった。



「ロイ殿が国のために動いていることは知っています。ウィリアム殿下から目的も伺いました。しかし……キャロラインを傷つけてまで優先することですか?!」


「アルフレッド第一師団長!口が過ぎるぞ!国と妹君では抱えているものが違いすぎる!!確かに彼女には辛いことかもしれない……だが国のためには仕方のないことだ!」


「何が仕方のないことですか!!殿下は何も分かっていません!キャロラインを傷つける相手が国であった場合、私と父はあなた方を許しません!そうなるとどうなると思いますか?師団の統括指示の乱れと、第一師団は任務放棄をします。そうなれば……この国の軍事力は失墜します。それに我が家にはさらに最強の軍団が控えております。彼らはウィリアム殿下の許可の下、私が統制し従えております。彼らは私の指示しか聞きません。となれば、国を敵とみなし暴れますぞ。」


「それは、職権濫用ではないのか?!そんなこと許されると思うのか?」


「許されるかどうかそんなもの知りません!!キャロラインを傷つけたから誰だろうと許さない!それが我が家です!!その家の人物を国の中枢に置いている……それがどう言う意味かお分かりになってください。」


「少し冷静になれ!お前の言いたいことはわかった……。私たちが考えている以上にキャロライン嬢はこの国にとって重要人物ということだな。とにかくキャロライン嬢も困ることになるから、今の発言で咎めることはしないから冷静になれ!」


「その話を聞いた上でもう一度尋ねる。ロイ殿、お前は国とキャロラインどちらが大切だ!!」



 アルフレッドの鋭い瞳はロイを射殺しそうなほどだ。ロイの答えは一つだ。



「キャロラインに決まっています!」


「ならば今すぐ帰れ!お前が出かけてから、あいつは毎日お前の手紙が来ないか待ち侘びている。何も知らないキャロラインはお前を信じたくても、王族という力には勝てないのではないかと不安で毎日落ち込んでいる。あいつは……お前から贈られた花を見て涙が枯れるまで泣いていた。あいつの今の心の支えはあの花だけだ。いくら機密情報でもきちんと言葉で伝えないせいで、キャロラインは不安に押し潰されそうになっている。だけどあいつは気丈に振る舞って、私達を心配させないようにしているが、お前がいなくなってから心から笑わなくなり、暗くなってしまった。全てお前のせいだ!!」


「……そんな……」


「街に出てもお前とこの国の王女が結婚するという話題でもちきりで、キャロラインは耳に入れたくないからと街にも出なく邸に引きこもってばかりだ。それに……お前があの王女と結婚すると噂になっているからか、キャロラインには信じられない程の縁談話が舞い込んでいる。お前とキャロラインが話しているところに一緒にいた私が、お前に噛みついていなかったせいか、今ならどんな男でもキャロラインに近づけると考えているのだろう。王族に嫁ぐ男など忘れて自分はどうかと言って来ている。」


「そんなこと!!」


「許さないとでも言いたいのか?だがな私達からしたらお前の行動も許せない!国の仕事は大切だ。それは務めているからわかる。だがな、置いていくならきちんと説明してから行け!!惚れてもらったからと油断するな!これ以上キャロラインを傷つけるなら、お前は一生キャロラインに会わせないぞ!」




 アルフレッドは捲し立てるようにロイに畳み掛ける。いつの間にか言葉はキツくなっていたが、感情的になっているアルフレッドは、それを訂正する余裕もなかった。

 今までの行動だって全て彼女のためだ。だけど、そのせいで傷付けていたなど、自分の考えの足りなさを痛感しロイは手に力を込めると、アルフレッドに深く頭を下げた。




「申し訳ありません。キャロラインを傷付けるつもりはありませんでした……。彼女にきちんと謝りたい、そして説明したいです。どうかもう一度彼女に会う機会をいただけませんか?」


「当然だ!このまま会えなくなったら1番悲しむのはキャロラインだからな。……ならば今すぐ会いに行け!」


「待て!仕事は一通り終わったが、馬車や荷造りの準備がいる。せめて明日にしてくれ。」


 アルフレッド主体で話が進みそうなのを、慌ててジルが止めに入る。すぐに帰したかったが、国の代表で来ているため共に来た人数も多く、すぐに動くことが難しかった。

 だがその言葉を待っていたかのように、アルフレッドは不敵に笑うと乗っていた熊をトントンと叩いた。



「そうだろうと思ってこいつを連れて来ました。」


「どういうことだ?」


「何もみなさん一緒に帰らなくてもいいでしょう?ロイ殿だけ帰ればいいのです。」


「そうだな……えっ?まさか?」


「馬車は遠回りで帰るので時間もかかります。ですが熊なら山を簡単に越えれますので、最短距離で帰れますから3日で帰ることができます!」


「ああ……」


「馬車は5日……2日も短縮できます。ですからロイ殿にはこいつに乗って帰ってもらいます!」


「はい?!!!」



 ロイは思わず大きな声を出してしまった。馬には乗ったことはもちろんある。貴族の嗜みだからだ。だが……熊は乗ったこともなければ触れたこともないのだ。それに乗って獣道で帰れと言われれば困惑するのは当然であった。



「安心してください。私が一緒に帰ります!!」


「はい?!!」


「ロイ殿が1人で乗りこなすには大変でしょう。私が一緒に乗りますのでご安心を。途中野営になりますので、警護と荷物持ちとしてレットも連れて来ています!ご安心を。」



 ロイはもはや唖然として言葉が出ず、見たこともないほど間抜けな顔をして現実を受け入れられないでいた。フランとジルはレットと言われてアルフレッドの周りを見渡しお供の護衛を探したが、どこにもそんな人物など見当たらなかった。



「レットという騎士はどこに?」


「レットは熊のボスです!あいつは城門前でお留守番です。ここへ来た時もそうですが、この国私や熊のことを野蛮だの怖いなど言ってきたくせに、すっかり怯えて逃げていきましたよ。ですから城門の警護が手薄でしょうから置いておきました。」



 ジルが問い掛ければアルフレッドは先程の険しい表情はどこかへ行き、楽しそうに笑っていた。それをジルとフランは遠い目をして聞いていた。突然大男が熊に跨り、熊を従えてもの凄い剣幕でやって来たのだ。逃げたくなって当然だった。



「今日のことはウィリアム殿下には許可をいただいております。それに先程話した最強軍団は熊のことです。ウィリアム殿下と話し合い、私の指示で動く熊の部隊を作りました。どうでしょう?城門にいるレットも多くの人の目に触れました。お帰りまでに我が新しい部隊を宣伝しておいたら如何でしょうか?きっと我が国のことを見下さなくなりますよ。」


「……だろうね……。兄上に後始末はよろしくと伝えておいてくれ。」



 ジルはもはや乾いた笑みしか出てこなかった。ミソニ国を怒らすと……いやハンスリン家を怒らすと熊が暴れるのだ。そんなのどの国だって怖がるに決まっていた。とんでもない部隊を作ってしまったと自分の国ながら恐ろしく感じた。



「ではロイ殿はもらっていきます!」


「あっ?ちょっ……お待ちを!!私はまだ荷物が!!!」


「そうだった!では急いで支度を!そうだこのままサブローに乗って部屋まで行きますか!早く帰れますぞ!」


「いや、1人で準備しますのでお待ちを!!!」



 ロイは慌てて自分が使っている部屋に戻ると荷物を詰めてアルフレッドの下に帰って来た。そのままアルフレッドはロイを簡単に持ち上げるとサブローに乗せてしまい、荷物をいつの間にか呼び寄せたレットに持たせると、もの凄い勢いで帰って行った。



 見送ったジルとフランは姿が見えなくなっても聞こえるロイの困惑した叫び声を聞くと、苦笑いを浮かべることしかできなかった。

お読みいただきありがとうございます



続きは明日の11時に更新予定です




引き続きよろしくお願い致します

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