課題9 わがまま王女を黙らせよ③
ロイとメリスラ王女が会場に戻ってきたのは、パーティーが終わりを迎えそうな時であった。あれだけ強気だったメリスラ王女はさも満足気に帰ってくると誰もが思っていたが、帰ってきたメリスラ王女の顔色は明らかに悪く、側近達は一緒に行動したロイを睨みつけていたが、そんなことに臆しないロイは張り付いた笑顔のまま「少しお疲れのようですよ?」
とだけ伝えていた。
その言葉にすぐに反応したのが、いつの間にか姿を消していたジルだ。ロイと似たような張り付いた笑顔で「休まれては?」と声を掛ければ、メリスラ王女はその言葉に何故か怯えたような反応をした後、側近に休むと伝えてパーティーが終わる前に帰っていってしまった。
この状況を理解しているのはロイとジル、そしてこれもまたいつの間にか現れたフランぐらいで、後の者は国王やウィリアムも含めて状況を掴めていなかった。そこで声高らかに話し始めたのはジルだ。ジルは会場に集まっている全ての人に聞こえるように、ゆっくり聴きやすい声で話し始めた。
「陛下、殿下には後程私から説明させていただきます。それから……アルフレッド第一師団長、その妹キャロライン嬢、そして2人の父親で本日の警備指揮官だったハンスリン統括指揮官、3人は済まないがまた後日説明したいことがある。こちらから後程遣いを出すので、それまで待つように。それから、イシュカン王国の使者の者達には話さなくてはいけないことがあります。どうぞ私について来てください。」
ジルの毅然とした態度に誰も文句は言わず、彼の指示に従うこととなった。ジルはイシュカン王国の使者を連れて会場を後にしたが、その後ろをロイとフランをついて出て行ってしまった。退場する際、ロイはキャロラインを見て優しく微笑むと、アルフレッドを見て深く一礼をした。その行動が詫びているようにも感じてしまうが、キャロラインはそんなマイナスな感情に負けないよう、ロイから言われた言葉を信じることにした。
当然このパーティーはお開きとなり、参列者達は何が起きたかわからないまま帰宅することとなった。
次の日、予定より1日早くメリスラ王女は突然国へ帰ることとなった。王女の体調が優れないというのが理由らしいが、見送ったアルフレッドが帰宅後話して来た内容では、メリスラ王女の他にもイシュカンの使者達もかなり顔色が悪かったということであった。そして何故かイシュカンの一向と一緒に、ジルとロイ、フランが同行したとアルフレッドから聞かされた時には、流石のキャロラインもロイを信じたい気持ちが揺らぎそうなほど、驚きと悲しさを隠せなかった。
メリスラ王女は公衆の面前でロイと結婚すると宣言したのだ。一国の王女の申し入れなら、たとえ貴族の中で上位に当たる公爵家であっても断れないのはキャロラインにも分かっていたからだ。
ロイはキャロライン以外はいらないと言ってくれている。だが本人の意思を無視した政略結婚など位が高いほど当たり前の世界なのだ。考えたくはないが、ロイがメリスラ王女との婚姻話をしに出掛けたのではないかと不安になってしまっていた。
キャロラインはその日から明らかに元気がなくなっていた。1日何回もキャロライン宛に手紙が来てないか確認しては、届いてないと知ると落胆する毎日だ。ロイは気持ちが通じてからも手紙を欠かさず書いてくれていた。どんな時でもキャロラインを安心させる言葉をしたためてくれた手紙は、今1番欲しい時に届いていない。ただ一言何か安心する言葉が欲しいだけなのだが、その手紙すら届かないことがことの重大さを表しているようで、キャロラインは1人苦しんでいた。
気晴らしに王都へ出かけたこともあったが、王都ではパーティーに参列していた貴族達がどこかで話したのか、メリスラ王女がロイに求婚した話題で持ちきりだった。王女からの求婚なら断れない、国にとってもいいことなのではと、好き勝手話す噂話が溢れており、中にはもう婚約したと確証もない噂話をする者までいた。真実かすら分からない話を聞くだけでも今のキャロラインには相当な苦痛で、ロイとデートで訪れた店や仲良く並んで歩いた道を歩いても、ちっとも幸せな気持ちになれず、ただあの日々を懐かしみ、もう2度と訪れないのではないかという恐怖に駆られてしまうため、王都に出向くのもやめてしまい、今では邸に引きこもっていた。
好きだった料理もロイとの思い出ばかりで苦しく遠ざかり、キャロラインはただ1日何もしないで過ごす日が増えていってしまった。
パーティーから1週間後、ハンスリン家に1人の人物がやって来た。キャロラインも来るように呼ばれたため応接間に向かえば、そこには第一王子であるウィリアムがいたため、キャロラインはロイのことで呼ばれたと理解し、苦しくて押し潰されそうな胸を我慢して指定された椅子に腰掛けた。
「遅くなってすまない。早くに来たかったのだがいろいろやらなければならないことが多く……君達には早く伝えねばならなかったのに本当に申し訳ない。」
開口一番ウィリアムが頭を下げるため、ロバートとアルフレッドは慌てて顔を上げさせた。いくらアルフレッドと仲が良かったとしても第一王子に変わりない。ましてや国の代表として来ているウィリアムにいくら護衛が部屋の外に待機しているとはいえ、そのような対応をさせるわけにはいかなかった。
「まずは……パーティーの件、アルフレッドとキャロライン嬢に対しては大変不愉快な思いをさせたこと、申し訳ないと思っている。」
「殿下、そのようなお気遣い必要ありません。」
慌ててアルフレッドが訂正するが、ウィリアムは首を横に振り自身の発言が間違っていないと伝えて来た。
「お前は野蛮でも何でもない。ミソニの大熊として他国にも恐れられる存在。国の強さの象徴のお前を野蛮という言葉で侮辱したあの王女の罪は重い。国へ喧嘩を売ったようなものだ。そしてキャロライン嬢、アルフレッドの妹というだけで侮辱されたこと、申し訳なく思っている。」
「確かにあの発言は私も血が上りました。冷静さを欠いたのも事実です。ですが殿下が謝る必要はありません。」
アルフレッドの言葉にロバートも深く頷く。ウィリアムや国王、ジルが悪いわけではない。悪いのは発言をした王女だからだ。
「気を遣わせてすまない。その件に関しては抗議する予定だ。それから……キャロライン嬢。」
キャロラインは名前を呼ばれてビクッと身体が反応してしまった。ウィリアムから伝えられる言葉がキャロラインの1番聞きたくない言葉かもしれないと思うと怖くて仕方なかった。だが下を向いているわけにもいかない。結果が変わらないなら受け入れるしかないのだ。キャロラインは覚悟を決めると小さく返事をした。
「シュバルツ家の息子のことで気を揉んでいるだろう?きちんと説明しないままあいつを旅立たせてすまない。急を要していたんだ。」
「急……ですか?」
やはりそうなのか……キャロラインは悪いことばかり考えてしまい、手が震え出していた。
「外交上の問題で詳しくは申し訳ないが伝えられない。本当は君と話す時間を設けてあげたかった。だが時間がなくて……本当にすまない。誤解を与えていることだと思う。君にこれを渡してほしいと頼まれた。君に渡せば分かってもらえるから……あいつはそう言っていた。どうかあいつの気持ちを受け取ってくれ。」
キャロラインはウィリアムから差し出されたものを受け取った。それは紫色をした香りがよい可愛らしい花であった。
「クロッカスというらしい。あいつからその花を渡して欲しいとの言付けだ。必ずクロッカスでと念を押された。」
「クロッカス……」
キャロラインは渡された花を見てその名を呼んだ。ロイからは様々な花を贈られている。その一つ一つに意味があることも知っている。今ここでこの花の意味を理解することはできないが、すぐに部屋へ戻ったらその意味を調べて、ロイの気持ちに触れたい。キャロラインはロイの存在を確かめるように、その花を強く胸に抱き寄せるのであった。
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