課題9 わがまま王女をだまらせよ②
ついにパーティーの日がやってきた。ロイは会場を見渡し最終確認を行うと、自身も支度に取り掛かり、準備が整うと受付へ急いだ。ロイは受付など必要なかったが、どうしてもキャロラインに一目会いたいため、この場所に来たのだ。
受付には煌びやかな装いをした人で溢れていた。そこからキャロラインを探すのは容易だ。一際大きいアルフレッドを見つければいいからだ。師団長の正装を身に纏ったアルフレッドの威厳はすごく、圧倒的なオーラを放っていた。その横にいたキャロラインはアルフレッドとは逆に可憐な花のように美しく、ロイは思わず見惚れてしまっていた。
だがすぐに我に帰るとキャロラインの元へ駆け寄った。キャロラインのことを周りの男達がチラチラと見ていたからだ。キャロラインの相手は自分だと知らせるためにも早く彼女の側に行く必要があった。
キャロラインもまたロイの顔を見つけると嬉しそうに微笑んでくれた。その笑顔が間違いなくロイに向けられていることに、ロイは周りの男と自分は違うと思い知らせて優越感に浸るほどであった。
「キャロライン、よかった会えて。」
「私もです。あの……素敵なドレスなどありがとうございました。」
「気に入ってくれてよかった。キャロラインとても綺麗だよ。」
ロイの甘い囁きにキャロラインはすでに顔が真っ赤だ。普通なら怒鳴り散らそうなアルフレッドは最愛の人が出来たからかその勢いは鳴りを顰め、ただ静かにロイの言葉に頷くだけだった。
その反応に驚いていたのは周りの人だったかもしれない。シスコンと有名なアルフレッドがキャロラインに近づいてくる男性に噛み付かないこと、普段社交的な笑顔だけ浮かべるロイが実に幸せそうな顔をしているため、予想外の出来事すぎて驚いていたのだ。
「アルフレッド殿、この度はグレーシアがご迷惑をおかけしました。」
「いや構わない。彼女が早く元気になることを祈っているよ。」
「ありがとうございます。アルフレッド殿、キャロラインをどうかよろしくお願い致します。」
「任せろ。可愛い妹だ。君に言われなくても必ず守るよ。」
「心強いです。では私は仕事がありますのでこれで失礼致します。キャロライン、少しでも楽しんでいってね。」
「はい。ありがとうございます。あの、お仕事頑張ってください!」
キャロラインが別れが寂しいのか少しだけ悲しそうな顔をするため、ロイは全ての仕事を放棄したい気分に駆られたが、その煩悩を取り払いキャロラインに手を振ると仕事に戻っていった。
パーティーの前簡単な挨拶をメリスラ王女と済ますと、ロイは彼女の後ろをついて歩くことになった。わがまま王女であるがやはり自分が主役なのが嬉しいのだろう、非常に機嫌が良くパーティーは滞りなく進んでいった。
このまま何も起きなければそれでいい。別の方法を取るまでと考えていたロイであったが、やはり予想は的中しわがまま王女は本領を発揮してきた。
それは国王が会場に現れた時に起こった。国王は最低限の挨拶で終わらせる予定だったが、そこで王女が国王に直々にウィリアムかジルと結婚したいと言い出したのだ。当然国王は驚いたがそれを悟られないよう努めて冷静にロイとその横にいたフランに目線を送る。2人もまた視線を王女に付き従っているイシュカン王国の者達に送るが、彼らはそれを知っていたかのように平然としており、誰も王女を咎める者はいなかった。
会場に集まっている人々も、王女の発言にどよめきが起き皆耳を澄ませて話の内容に聞き入ろうとしていた。もちろんアルフレッドもキャロラインもその中の1人だ。
フランやロイはイシュカンの者達が何も咎めないことが分かると、国王にそれを目配せで伝える。国王は深いため息を吐くしかなかった。今この場で王女に物を言える立場にいるのは国王しかいなかったのだ。
「メリスラ王女よ、正式な手続きを踏まず王である私に直訴するとは些か失礼ではありませんか?」
毅然とした国王の声は少し怒気を含んでおり、会場が静まり返るほど威圧に満ち溢れていた。
だがメリスラ王女やその側近達は何か考えがあるのか、全く怯まず薄ら笑いを浮かべていた。
「失礼でしょうか?何度も父がそちらに求婚の打診をしているのに断り続けるそちらも失礼ではありませんか?私とそちらの王子との婚姻は立場的にも申し分ないですし、この婚姻によってそちらの国にいい話もございますのよ?」
「ほう……いい話とは?」
国王の問いかけに待ってましたとばかりに王女は不敵に笑っていた。
「婚姻が滞りなく済んだ暁には、父はミソニ国への塩の値段を下げると考えておりますの。最高級のものですと半値にするとも言っていましたわ。悪い話ではないでしょう?」
ロイから聞いていた通り、本当に塩の話を持ち出してきたためキャロラインはイシュカン王国にとって塩は何よりの強みなのだと改めて理解する。ロイが言っていた通り高圧的な態度は部外者であるキャロラインですら不快に感じてしまうほどだ。これを当事者となって対応した父親であるロバートが、イシュカン王国の塩を毛嫌いする理由がよくわかるものだ。
「……有難い話だが、この場で取り決めなどできない。きちんとした国王の書簡を持って話しませんか?」
国王は最大限譲歩しその場を取り繕うとする。王子の結婚ともなれば口約束でできるほど簡単なものではないのだ。そこを理解させればこの場はとりあえずやり過ごせるはずだった。
だがそこはさすが強気のイシュカン王国。側近達ですらここまで言われても王女を引き下がらせようとはせず、王女の好きにさせていた。
「ならば、彼でいいです。」
メリスラ王女はそういうとあろうことかロイを指差したのだ。その瞬間キャロラインは矢を射抜かれたような衝撃が走った。何を言っているのか理解できないのもあるが何よりロイに対して彼でいいとまるで妥協して仕方なく選んだような態度が許せなかった。
キャロラインは震える体を鎮めるために自然と手に力が入ってしまう。この場で声を大にしてロイは自分のものだと伝えたいのに、彼女だとしても婚約などしていないため、何も言えることはできない。こんなことなら素直に自分の気持ちを認めて早くロイと婚約しておけばよかった。そんな後悔がキャロラインを襲うほど、メリスラ王女の言葉はあまりにも衝撃的だった。
名前を呼ばれたロイは表情一つ崩さず、かと言ってメリスラ王女にも視線を合わせず、まるで無関係のような対応をしていた。
ロイが何も言わない分言葉を発したのは今まで黙って聞いていたウィリアムだ。彼はロイとキャロラインの関係を知っている。自分達王族のゴタゴタに2人を巻き込むことが許せなかったのだ。
「メリスラ王女、そのような決め方あまりに失礼ではないか?」
珍しく低い声で笑顔を浮かべず真顔で話すウィリアムにも、メリスラは臆することはなかった。
「あら?だって本来ならば彼と婚約する予定だったのよ?犯罪者の息子だからとその話は消えたけど、犯罪者の息子ではなかったのよ。あなた方が嫌がるのなら、立場がまだある彼が適任じゃないかしら?貴族なのに王族になれるのよ?こんな名誉なことないでしょう?」
メリスラは何か問題でもと聞いてくるかのような態度で話し続ける。ロイのことを声高らかに犯罪者の息子呼ばわりすることも、王族になることが名誉と平然と言うその神経がウィリアムには理解できなかった。
「あなただって私と再び婚約できて嬉しいでしょう?だって1度目は受け入れたんだもん。何も問題ないならば再び婚約するべきだわ。それともどなたかと恋仲だったりするかしら?」
メリスラは会場を見渡しキャロラインを見つけると不敵に笑った。まるで獲物を見つけたような意地の悪い微笑みにキャロラインは寒気がするが、目を逸らすと負けな気がするため、キャロラインは視線を逸らさずにいた。
「そういえば噂で聞いたわ。熊の妹と仲がいいと。熊を従えるような怖い者の妹と仲良しなんて……そんな恐ろしいことないわよね?私ならそんな人と仲良くなりたくないわ。」
クスクス笑い出してキャロラインを見つめる目はいじめっ子と同じ目をしていた。キャロラインはぐっと耐えたが耐えれなかった人物が1人いた。
「何てことを言い出すんだ!!!」
怒ったのはアルフレッドだ。仕事に誇りを持つアルフレッドは、熊のことを馬鹿にされたこと、そして何よりキャロラインを馬鹿にしたことが許せなかった。頭ではわかっていても、身体が先に動いてしまい王女であるなど忘れて食ってかかった。
「まあ、急に怒り出すなど野蛮ですこと。こんな人がこの国の最強だなんて……冷静に話を聞けない人が1番上とは……大丈夫なのかしら?」
また嘲笑うような態度だが、イシュカン王国はミソニ国王の軍事力を欲しているのは間違いない。今の発言はそれすら知らない無知な王女であると自ら宣言しているのに、メリスラ王女はその問題に何も気付いていなかった。流石にそれは良くないと判断したのか、ようやくイシュカン王国の側近が王女に何か伝えようとした時、それよりも先にロイが行動を起こした。
「メリスラ王女、一度あなたとはきちんとお話がしたいと思っておりました。どうでしょう?これから話しませんか?」
張り付いた笑顔の仮面の下には青筋が出そうなほど怒っていることにジルは気がつくと、ついに始まったと口が緩みそうになるのをグッと我慢する。メリスラはロイと個別に会話ができるのが嬉しいのかその話に上機嫌だ。
「2人だけで会話をしませんか?別室をご用意しますので。」
ロイが張り付いた笑顔のままメリスラ王女に手を差し伸べると、彼女は満足したようにロイの手を取り、側近達にここで待つように伝える。
その間にロイはキャロラインを真っ直ぐ見つめて、今度はとても甘く優しく微笑んだ。メリスラには見せないキャロラインだけのその顔は信じてくれと言われているようで、キャロラインは静かに頷いたが、ロイが何か考えがあってもキャロラインとは別の女性の手を取ったことに対して胸が苦しくなっていた。
キャロラインは努めて冷静を装ったつもりだ。だがロイに向けた顔は今にも泣きそうで、ロイは誰にも気づかれないように苦しい表情を一度すると、すぐに張り付いた笑顔を浮かべてメリスラ王女と共に会場を後にしてしまった。
残された者達は唖然としてその場に佇んでいたが、国王が宴を続けてくれと宣言するため、歓迎パーティーは本人不在のまま続いていった。
その最中、ジルとフランがこっそり部屋を抜け出したことに誰も気づいていなかった。
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