課題9 わがまま王女を黙らせよ①
ロイの過去を聞いた日から数日後、邸は朝から慌ただしく動いていた。こんなに慌ただしいのはキャロラインは初めての経験だ。キャロラインも朝からいつも以上に身支度に時間をかけて準備をしていた。
こんなに慌ただしいのは今日アルフレッドがグレーシアと婚約を交わすためだ。婚約証書にサインをするだけなのだが、ハンスリン家では願ってもない婚約のため、婚約終了後食事会を開くことになっていたのだ。
キャロラインも義姉となるグレーシアとその両親に挨拶するために朝から準備を頑張っていたのだ。
アルフレッドがグレーシアに結婚を申し込んだのは、キャロラインがロイから過去を聞いた次の日であった。そこからこんなに短期間で婚約を結ぶのは、以前ロイが言っていたメリスラ王女の歓迎パーティーのためであった。
アルフレッドのパートナーとして出席するためには婚約していないとできない。どうせ結婚するならそこでグレーシアをお披露目したらいいという双方の親の考えで、急遽婚約を結ぶことになった。
そのお陰でキャロラインはパーティーに参加しないで済みそうで安心していた。
アルフレッドとグレーシアの婚約は滞りなく執り行われ、食事会も穏やかに進んだ。グレーシアの両親もこの婚約に大層喜んでおり、娘が好きな人と結ばれたと感極まっていた。
キャロラインはグレーシアとあまり話したことはなかったが、この機会に沢山話せた。とても気さくな女性で話しやすく、同い年というのもありすぐに仲良くなれた。
何よりロイとのことを誰よりも応援してくれる心強い存在となった。
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「第一師団長殿が婚約したそうだな?」
忙しい仕事中に呼び出されたロイは、少々不機嫌そうな顔でジルの会話に耳を傾けていた。
「よくご存知ですね?」
「そりゃ統括指揮官が嬉しそうに話していたからな。誰でも知っているさ。」
「なるほど……。」
「お前の差金だろう?従姉妹の理想の男性像を第一師団長にするためにいろいろ仕込むとは……。結果うまく行くんだから大したものだよ。」
「お褒めの言葉と受け止めます。」
「それで、今度の手筈は?うまく行きそうなのか?」
「情報収集は大方できています。後はこの目で見れば確実でしょう。」
ロイはいやらしく笑ってみせた。悪巧みしているようなそんな目にジルは期待してしまう。この目は確実に仕留める目であることはジルは知っていたからだ。
「心強いね。」
「今回で終わらせますよ。全てうまく行くはずです。……あなたにとってもね。」
「それは楽しみだ。こっちは兄上に頑張ってもらうから。」
「ええ。期待しています。だがジルが狙われる可能性もあるから、心得だけはしておいてください。」
「……そうならないことを祈るよ。私は兄と違って顔に出てしまうからね。」
「そこはうまくやってください。」
ロイとジルは話し合いの時間を多く設けるようになっていた。ロイは王女の視察の件で忙しくしていたが、ジルとの話し合いは疎かにできなかった。こちらの方がむしろ重要と言ってもいいからだ。
この日も忙しい中呼び出されたが、ロイは多くの時間をジルとの打ち合わせに費やすのであった。
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いよいよ王女がやってくる日となった。馬車でやってした彼女をウィリアムが出迎えたが、同じ場所に担当外交官としてロイも同席していた。
自分を引き立ててくれる美丈夫のウィリアムが対応してくれるとあって、メリスラ王女はご機嫌だった。
ご機嫌なメリスラ王女は彼女を迎え入れた一同の顔を1人ずつ見ると、ロイの顔を見てピタリとその動きを止めた。そのまま彼女はロイの前まで来ると名乗るよう伝えてくるため、ロイが自らの名を名乗ると、鼻で笑いそのままウィリアムに案内を頼むと、名乗らせたはずのロイに何も告げず姿を消してしまった。
ロイは涼しい顔をしていたが、ロイを品定めした態度に少なからず怒りを覚えていた。こっちは仕事でないなら願い下げの相手だ。本来ならロイはこの仕事には携わらない予定だった。だがロイの目的のためにはこの仕事をやることに意味があったため、フランの制止を押し退けて引き受けたのだ。やりたくない仕事も、嫌な気持ちになるのも全て自分の目的のためだ。だからこそここで感情を露わにして、この仕事から外されるわけにはいかなかった。
ロイは無意識に手に力を込めていた。それを見逃さなかったジルは、ロイを心配そうに見つめていた。
視察は思いの外順調に進んだ。常にウィリアムを呼び寄せるという暴挙には出ているが、婚姻の話を持ち出してこないだけまだよかった。
このまま何もなければそれでいい。そう願いつつ仕事に明け暮れていたロイは、歓迎パーティーの準備に追われていた。歓迎パーティーと言ってもこの国は内心歓迎していない。だからこそこの国で最高級と言われる食材は敢えて外して、料理で歓迎していないと暗に示すなど嫌がらせの手は緩めない。どうせ自分のことばかりで他国のことなど全く勉強していない王女だ。そんな嫌がらせなど気付きもせず、見た目だけ美しい料理に喜ぶに決まっていた。
歓迎パーティーは到着してすぐではなく、4日後に行うことになっていた。彼女の視察予定は6日だ。到着するより帰路に着く日の方が近い歓迎パーティーなど失礼に値する。表向きは視察の都合上やむなくとも伝えてあるが、これもまたロイによる歓迎していないという表れであった。だがそんなことも気付かないのがメリスラ王女だ。彼女はただ自分が主役となるパーティーを楽しみにしているだけであった。
歓迎パーティーの2日前問題が起きた。問題といっても国の問題ではない。ハンスリン家の問題だ。アルフレッドと共にパーティーに参加予定だったグレーシアが風邪を引いてしまい出席できなくなったのだ。だがアルフレッドが欠席するわけにはいかず、キャロラインが参加することになってしまった。キャロラインは忠告してくれたロイに申し訳ない気持ちで手紙を書くと、手紙の返信と共にロイから贈り物が届いた。箱を開けたキャロラインとネモは驚きを隠せなかった。そこには美しいドレスが仕立てられていたのだ。
贈られた青いドレスはロイの瞳の色と同じであった。瞳の色を贈るということはそれだけ大切な存在だと示している。キャロラインにとって何よりも嬉しいプレゼントであった。ネモに言われるまま着てみるとキャロラインのサイズにぴったりで驚く。だがその真相はすぐに分かった。ロイからいつかキャロラインにドレスをプレゼントしたいからサイズを教えてくれとネモは言われ、サイズを教えていたらしい。きっといつかプレゼントするために仕立てたドレスを、急遽パーティーに参加することになったキャロラインのために贈ってくれたのだろう。
一緒にアクセサリーも靴もプレゼントしてくれており、キャロラインのパーティーの準備は完璧になった。どれもキャロラインに似合うものばかりで、何より今まで身につけたことがないほど質がいいものばかりで、キャロラインはこんないいものを身につけていいのかと不安になるほどであった。
「キャロライン様、愛されていますね。」
ネモが嬉しそうに言ってくれる。確かにこんなに素敵なものをプレゼントされて愛されてないと思う方がおかしい。だが本当にこんな素敵なものを身につけて、ドレスや宝飾品に自分が見合わないのではないかと考えてしまう。
だがそんな不安をネモはすぐに消してくれる。一緒に添えられた花を示すと嬉しそうに教えてくれたのだ。
「この赤い花はサザンカです。赤いサザンカの花言葉は、あなたがもっとも美しいです。キャロライン様自信を持ってください。」
その言葉を聞いてキャロラインは一気に顔を赤くした。最も美しいは言い過ぎかもしれないが、ロイの目にそう映っているのならこんなに嬉しいことはない。
パーティーは確かに不安だが、このドレスを身につければロイが側にいてくれるようで安心できる。何よりこの姿をロイに見てもらえる機会があることが嬉しかった。
ネモは敢えてキャロラインにドレスを男性が贈る意味を伝えなかった。ただ純粋にドレスを贈りたかっただけかもしれないし、ネモが気にしすぎかもしれないからだ。だがあのクレマチスだ。何となく意味もわかって贈っている気もしたが、今キャロラインに伝えると彼女が発狂しそうなので伝えないことが最善と判断したのだ。
そんなキャロラインはドレスが贈られた意味すら知らず、ただ純粋に喜び、パーティーまでの間何度となくこのドレスを眺め、不安を取り除いていくのであった。
お読みいただきありがとうございます
今回から課題9の始まりです
続きは明日の11時に更新予定です
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