課題8 過去を伝えよ④
「そんなことが起きていたなんて……。」
ロイの話を静かに聞いていたキャロラインはポロッと言葉を溢すと信じられないというような表情をしていた。こんな顔をさせるために話したわけではないが、他人から話を聞いてこの顔をするぐらいなら、この顔をさせたのがまだ自分でよかったとすらロイは感じつつ、ロイは再び話し始めた。
「確かにあの当時は辛かった……。でもね、あの時人には裏の顔があることも理解した……。信頼できる人が誰なのか、それを見分けることが必要だと学んだんだ。」
「もしかしてロイ様の人嫌いって、人を見分けていたためですか?」
「そうだね。簡単には心を開かない……だから人嫌いって言われるようになったのかも。」
「でも私には最初から心を開いてくれてましたよね?」
「それはもちろん君を手に入れたくて必死だったから。」
「どうしてそこまで?」
キャロラインはずっと気になっていた。今の話を聞いてもキャロラインと接点など見受けられない。なのに何故警戒心が強いロイがここまで最初から心を開いているのかわからなかった。
「そうだね、その話をしなくてはいけないね……。その前にキャロライン君に一つ聞きたいことがあるんだ。……君はどうして僕と出会った頃はあんなに自信がなかったの?」
その質問にキャロラインは肩をピクッと上下にさせた。ロイが過去に辛いことがあるのなら、キャロラインが自信を無くした出来事も過去にあったことが関係していたのだ。
「幼い頃出会った男の子に……怪力女と言われてしまったのです。強いことが素晴らしいと教えられていた私にとって、家の外ではその考えは間違っていると知らされました。怪力女なんて可愛くない……そう言われた気がして……。そこから日課だった筋肉トレーニングは軽めにするようになり、淑女らしい振る舞いに気をつけました。ですがロイ様もご存知のように力強いのは治らなくて……そんな女可愛らしいと言ってくださる人なんていない……そう思うようになってしまったのです。」
キャロラインがロバートの仕事について王城へ向かったある日、大切な話があると呼び出された父親を中庭で1人待つことがあった。暇なのでいつものように庭で筋肉トレーニングをしていたその時、中庭で泣いている1人の男の子に出会ったのだ。
女がトレーニングなんてと馬鹿にされたキャロラインは、その男の子と力比べをすることにした。結果はキャロラインの完勝で、その時負けた男の子に言われた言葉が怪力女だったのだ。
「…………キャロライン、僕は君に謝らなくてはいけない。」
キャロラインの話を聞いていたロイが急に神妙な顔立ちでキャロラインを見つめて来た。何故ロイが謝ることがあるのか分からなかったキャロラインは、ロイを不思議そうに見つめる。
「キャロラインを傷つけたその子供……僕だ。」
時が止まった感覚がした。ロイの言葉が理解できず、キャロラインは瞬きも忘れてただ唖然としていた。
「本当にすまない。本当は出会ってすぐに君に謝るべきだった。でも君に近づけたのが嬉しくて……話すのが怖くなっていた。まさかこんなにも君を傷つけていたなんて……。僕は卑怯だ。君の心を手に入れてからこんな話をするなんて。」
「あの時の子が……ロイ様?」
「ああ……。キャロライン言い訳かもしれないけど話を聞いてくれないか?」
キャロラインは動揺しつつも頷いた。話が入ってくるかは分からなかったが、自分には聞く資格があると思ったのだ。
「ありがとう……。君と出会ったあの日は、父が尋問のために城に呼ばれた日だった。父は塞ぎ込んでいた僕を心配して、僕を城に連れて来た。僕はあの当時友人はいなくなった。だが、ジル……第二王子だけは僕と変わらず友人でいてくれた。だから僕の気晴らしになればとジルと遊べるように連れて来てくれたんだ。だけど父と離された僕はジルの元には連れて行ってもらえなかった。当然だよね、犯罪者の息子なんて第二王子に近づけてもらえるわけない。……1人残された僕は中庭で泣いていた。そんな時にキャロライン、君と出会ったんだ。僕はこんなに辛いのに君はとても楽しそうで……それが幼い僕にはとても悔しかった。女が筋肉トレーニングをしたって男には勝てない、悔しいから君に勝って憂さ晴らしをしようとした。だけど結果は惨敗……それがまた悔しくてあんな言葉を吐き捨ててしまった……。」
「………………」
「でもあの時、犯罪者の息子ではなく1人のロイとして君が戦ってくれたことが嬉しかった。だから君にもう一度勝負を挑んで次こそ勝とうって……そう決めてそれからは強くなるために特訓した。でもあれ以降中庭に行っても君に会えなかった。なんとしても君に会いたくて……でも名前を知らなかったから探しようがなかった。ある日偶然父と馬車に乗っていた日、街中で父が馬車を停めて1人の人物に挨拶をしていた。その人こそ君の父親だ。あの騒動を暴いてくれたお礼を伝えていたんだけど、その時、きみが父親と一緒にいたんだ。ようやく見つけた時は嬉しくて、でも何を話していいのか分からなくて……声をかけられなかった。その後父にきみのことを尋ねてようやくキャロラインの名前を知った。」
「そんなことがあったのですね……全く覚えていないです。」
「そうだろうね。それから僕は君と再び戦える機会を伺っていた。だけど君は全く鍛えることはしておらずとても戦いを挑めなかった。それがわかったのに僕は君のことを追いかけた……。君のことを密かに目で追ううちにいつしか君に恋心を抱いていた。」
「ずっと見ていたのですか?」
「ごめん……気持ち悪いよね?覗きとかではないんだけど……君がよくいく王都のお店で君に会うために通ったりしていた……。君のいろんな表情を見るうちに、その表情を僕に向けて欲しいそう願うようになった。こんなに自分が執着深いと思わなかったよ。気持ちに気付いたら父上に君と婚約したいと相談した。だがハンスリン家は家格ではなく力が全ての家だ。僕では難しいと言われたよ。だからアルフレッド殿の強さを調べて鍛え続けた。」
「それであんなにお強かったのですか?」
「うん。力で認めてもらうそれしか方法はなかったからね。夜会に君が行くようになって会話ができる機会を伺った。だけど君は人気ですぐに男が寄ってくる。悔しかった。僕以外が君に声をかけるのが許せなかったし、傷つけたのも許せなかった。ようやく君と話せる機会が巡って来て……そこからがむしゃらに頑張ったんだ。」
「そうだったのですね……」
「キャロライン、本当にすまない。君のことを苦しめ、勝手に追いかけていた……。許されないかもしれないけど……僕は君が好きだ……それは信じて欲しい。」
「ロイ様は酷いです……。」
いつも自信たっぷりなロイが不安そうに怯えたような目をしている。キャロラインの酷いという言葉に彼は目を泳がせ動揺していた。
「ロイ様のお話……今まで私のために努力してきた……そう聞こえます。そんなに努力しないで私のところに来てくださればいいのに……。そうしたら怪力女で悩むこともなかったし、知らない男性に怖がられることもなかった……。私への気持ちを隠していて、お一人で私のために励んで……私に今まで何も教えてくれなくて酷いです!!!」
「キャ……キャロライン?!」
「もうお一人で何でもこなそうとしないでください。どうか私にロイ様を支えさせてください。隠し事はこれで最後にしてください!」
キャロラインの言葉にロイは目を丸くした。密かにキャロラインのことを見ていたなど、気持ちが通じていないなら完全なるストーカーだ。幻滅されると思ったが、キャロラインはそれを受け入れ、あろうことか支えたいと言ってくれている。拒絶の言葉一つくらい言われると思っていたロイはただ驚いていた。
「もう隠し事はありませんか?」
キャロラインの質問にロイはゆっくり首を横に振った。まだ隠し事があるのか……キャロラインはそれでも受け入れる覚悟を持って真っ直ぐロイを見つめた。
「隠し事というより、昔のことなんだけど……。僕は婚約する予定だった。」
「婚約ですか……」
ロイほどの身分だったら政略結婚は当たり前だ。むしろ婚約者がいない方がおかしいかもしれない。わかってはいるが、ロイに婚約者がいると考えると胸が苦しくなった。
「イシュカン王国……キャロラインは知っている?」
「塩の国ですよね?すみませんそれぐらいしか知りませんが、お父様はあの国を毛嫌いしてまして……。イシュカン王国の塩を使いたがらないのです。」
「そうか……君のお父さんなら納得の行動かも……。あの国はね塩という強みがあるからか他国を下に見る。戦力はそんなに強くないのだが、何かあると塩の取り引きを持ち出すから、我が国の軍事力すら塩の前には何もできないと馬鹿にするんだ。きみのお父さんはその嫌味を何度となく聞かされているはずだ。嫌いになるはずだよ。」
「そんな国なのですか……」
「現国王には一人娘がいる。メリスラ王女だ。口ではああ言っているが我が国の軍事力が欲しいのだろう。あの国は何度となく我が国と婚姻関係を結びたいと考えているんだ。ウィリアム殿下かジル殿下と婚約するのが普通かもしれないが、国王はそんな国に王子と婚姻などしたらこの国をいいように利用されると考えたのだろう。だからと言って無下にはできない……。そこで白羽の矢が立ったのが公爵家である僕だった。」
「ロイ様がイシュカン王国の王族になったかもしれないということですか?」
「そういうこと。僕が行くことでイシュカンも我が国に強く出れなくなるし、僕が行ったことでイシュカンに借りができる。我が国にとっては悪いことでもなかった。」
「だからといってロイ様が犠牲になるなんて……」
「婚約は僕が8歳になる時に結ぶことになっていた。だが結ぶ前にあの騒動が起きて……犯罪者の子供などと婚約できないと向こうから断って来た。」
「そんな……犯罪者の子供なんて……」
「あの騒動は辛かった……けど婚約しないで済んだのは本当に救いだった。それだけはあの騒動を感謝しているよ……。」
キャロラインは言葉を失っていた。ロイの幼少期があまりに不憫だと感じていた。ロイの気持ちなど無視したような取り引き、幼いロイがそれに従わなくてはいけなかった、受け入れるのが正しいと思わなくていけない境遇があまりに辛すぎた。
「メリスラ王女はあの国の王女だからかかなり気が強い。そして旦那は自分を飾る男だと考えているから、僕は彼女のお眼鏡に適ったらしい。ウィリアム殿下でもジル殿下でも顔なら誰でもよかったんだ。」
「そんな……酷い!」
「ありがとう、そう思ってくれて……。実は近いうちにメリスラ王女が視察に来るんだ。彼女の相手はウィリアム殿下がすることになっているが、私は外交官としてこの件を担当することになった。視察というが真の目的は婚約を持ちかけることだ。そんなことさせないが、あの王女のことだ、かなり手こずるとは思う。だけどこれだけは信じて欲しいんだ。何があったとしても僕はキャロラインだけだ。君以外はいらない。もしかしたら君が嫌がることが起こるかもしれない……だけど僕を信じて待っていて欲しいんだ。」
「何が起こるのですか?」
「それは外交上まだ言えない……。ごめん。中途半端な答えで。でも信じて欲しいんだ。」
ロイはキャロラインの手をぎゅっと強く握りしめ、彼女の目を真っ直ぐ見つめた。視線が逸せないほどの強い目力は、ロイの強い決意のようにも感じた。
「私はいつでもロイ様を信じます。……お仕事大変だとは思いますが、どうかご無理をなさらずに……」
「ありがとう。歓迎しないが一応王女だ。歓迎のパーティーは開催しなくてはならない。アルフレッド殿は国の軍事力の象徴、出席せざるを得ない。もし君がそのパートナーになったら……くれぐれもあの王女には気をつけて。」
「……はい?」
「とにかく厄介な相手なんだ。何もなければいいけど……できればそのパーティーには来ない方がいい。」
「……わかりました。」
ロイの強い言葉から本当に何かを心配しているのだろう。キャロラインはただ頷くことしかできなかった。
「キャロライン、君を抱きしめてもいい?」
「へっ?!」
「勇気が欲しいんだ。だめかな?」
「私でよければ……。」
キャロラインは恥ずかしそうに俯くと、ロイがキャロラインを強く抱きしめてくれた。ロイの見た目から想像できない程強い力にキャロラインは驚きつつ、まるでキャロラインに縋りついているような抱き方にロイの不安が表れているようであった。
まだ触れ合うのは恥ずかしいが、ロイの香りに包まれる心地よさがある。キャロラインもロイの背中に手を回すと2人はそのまましばらくお互いの存在を確かめ合うのに抱き合うのであった。
お読みいただきありがとうございます
これで課題8は終わりです
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




