課題8 過去を伝えよ②
「いらっしゃい。」
今日のデートはロイの自宅だった。ロイの邸に来たのはアルフレッドがつけた稽古以来であるが、邸の中に入るのはこれが初めてだ。ロイから家に来ないかと誘われた時、キャロラインは流石に緊張していた。友人の家にお邪魔するのと恋人の家へお邪魔するのではわけが違う。キャロラインは緊張したまま訪れたが、ロイがあまりにも優しい笑顔で迎え入れてくれるため、緊張は少しだけ緩まっていた。
ロイはキャロラインの手を取るとそのまま邸の中を進んだ。どこか不安そうな顔をして周りを見渡すキャロラインの考えていることなどロイにはお見通しだ。彼女が安心する言葉をかけることにした。
「キャロライン、来てくれて嬉しいよ。今日は父も母も出かけて不在なんだ。だからリラックスしていってね。」
ロイの予想通り、キャロラインはロイの言葉を聞くとあきらかにホッとしたような顔をしてみせた。やはり恋人の親に会うには勇気が必要らしい。キャロラインなら両親は大歓迎であるのだが、それを今彼女に伝えてもきっと伝わらないはずである。それなら急ぐことはせず、今は彼女に伝えたいことを先決するようにした。
ロイに連れられて入った部屋はとても落ち着いた部屋であった。部屋に入った瞬間、ロイの匂いに包まれる気分になり、ここがロイの私室であるとキャロラインはロイが伝える前に気付いてしまっていた。
匂いでわかってしまう自分を恐ろしいと感じつつ、恥ずかしさもある。この匂いに包まれると信じられないほど安心できる。キャロラインにとってロイの香りは何よりも居心地が良く安心できる場所となっていたのだ。
ロイに促されるままソファに座れば、予想以上に柔らかいソファに思わず腰が沈んでしまいバランスを崩してしまう。慌てて姿勢を正すキャロラインをロイはただ可愛いいと言いつつ手を差し伸べ、キャロラインの座り直しを手助けしてくれる。ロイはキャロラインに常に優しく、彼女が求めていること、やることが何も言わなくても伝わるようになっていた。
2人ソファに並んで座っていると入室の許可を願うように扉が叩かれる。ロイがすぐさま返事をすると、ワゴンを押したハーマンが入室してきた。
「キャロライン様、ようこそおいでくださいました。お茶とお菓子をお持ちいたしました。どうぞ召し上がってください。」
「ありがとう、机に置いておいてくれ。」
ハーマンはワゴンに乗っていたデザートや軽食が乗ったアフターヌーンティースタンドとお茶をソファの前のテーブルに並べてくれる。置かれたデザートや軽食はどれも可愛らしく、キャロラインの目には光っているように見えた。キャロラインが見惚れていることに気付いたのだろう。ロイはくすくす笑っていた。
「気に入ってくれたみたいだね。」
「はい。このような素晴らしいおもてなし、ありがとうございます。ハーマンさんもご準備ありがとうございました。」
「私のこともお気遣いくださりありがとうございます。どうかハーマンとお呼びください。」
「いえ……さすがにそれは……」
「ハーマン、気が早い!」
「これは失礼いたしました。坊ちゃんの大切な方ですのでつい気持ちが焦ってしまいました。いつか呼んでくださると嬉しいです。」
「坊ちゃん?」
「ハーマン!その呼び名はやめろと言っているだろう?」
「いいではないですか?キャロライン様に隠し立てはいけませんよ。私はロイ様が幼い頃より勤めておりまして……第二の父親のような存在でございます。つい昔の癖で坊ちゃんと呼んでしまうのですが……最近反抗期なのか嫌がるのですよ。」
「反抗期?!ふふっ……ハーマンさんは楽しい方ですね。ロイ様にとって大切なもう1人のお父様ということですね。」
「左様でございます。」
「ハーマン、もういい!!用があったらベルで呼ぶから、もう下がれ!!!」
「ねっ、反抗期でしょう?ではこれで失礼いたします。どうぞごゆっくりお過ごしください。」
ハーマンは楽しそうに笑いながら部屋を後にした。使用人と主人の関係を超えた2人のやり取りは、それだけ2人が信頼を重ねている証拠である。何よりこんなに砕けたロイの姿を初めてみたキャロラインは、いつかこんな風な関係に自身もなりたいとすら思えてきた。
ロイに促されるまままずは用意してもらったお茶やお菓子をいただくことにしたが、どれもとても美味しくキャロラインは自身が作るお菓子を食べさせていいのか不安になってしまう。だがロイはキャロラインの作ったものが何よりも1番美味しいと伝えてくれるため、キャロラインはより一層料理に励むことを誓いつつ、2人でお茶の時間を楽しんでいた。
小腹を満たされ、キャロラインの緊張も解れた頃、ロイはキャロラインに今日この場所に呼び出した理由を伝えることにした。
「キャロライン、今日ここに来てもらったのは君に話したいことがあるからだ。」
真っ直ぐ真剣な目で見つめてくるロイの態度で、何か大切な話ということは伝わってくる。キャロラインは手に持っていたカップをそっと机に戻すと、ロイの方を体ごと向き合うように姿勢を正した。
「僕の部屋に呼んだのは、誰にも聞かれたくないからだ。少し長くなるけど、僕の過去の話を聞いてくれる?」
「過去ですか?そのような大切なお話を私が聞いてよろしいのでしょうか?」
「君だからいいんだよ。それに……今日話さないと他の人から君がこの話を聞かされるかもしれないんだ。それなら僕が……僕の口からきちんと伝えたい。それに誤解も与えたくないから……」
「誤解ですか?」
「うん……。キャロライン……君に誤解を与えたくないし、傷付けたくもない。君のことが本当に大切だから……話すだけで僕の誠意が伝わるかはわからないけど、僕の君に対する気持ちは嘘ではない。それだけは信じて欲しいんだ。」
ロイはそっとキャロラインの手に自身の手を重ねると、真っ直ぐキャロラインを見つめ返した。まるでキャロラインしか見ていないという瞳からも、その言葉が嘘ではないと伝わってくる。
どんな話なのか全く想像ができないキャロラインではあるが、真っ直ぐにロイが気持ちをぶつけてくれていることだけは今は分かる。それだけでも十分幸せだし、ロイの気持ちに嘘がないことは今まで築いてきた関係で信じていた。
キャロラインはロイの瞳を真っ直ぐ見つめると静かに頷く。どんな言葉も、どんな内容でも受け入れる……彼女の覚悟の現れであった。
「ありがとう……。」
ロイはもう一度キャロラインと重なった手に力を入れて勇気を奮い立たせた。本当はあまり話したくない内容だ。だが隠したとしてもあの書類を目にしたウィリアムがアルフレッドにロイのことを話すことは目に見えていた。そんな話を聞いたアルフレッドがキャロラインに話すに決まっている……。人からまた聞きされた話ほどおかしな内容になることが多い。真実がきちんと伝わらずキャロラインを傷つけるぐらいなら、恥じらいを捨てて話すのが最善だった。
ロイは深い深呼吸を一回行うと記憶を幼少期まで遡らせた。そこからゆっくり口を開くとロイの口からは誰にも話したことがない話を始める。それは幼かったロイが傷付き、キャロラインと出会い成長するまでの話であった……。
お読みいただきありがとうございます
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




