課題8 過去を伝えよ①
「これはクレマチスの嫌がらせか?」
膨大な書類を処理していたウィリアムは一つの書類に目を通すと手を止め思わず呟いた。
「どうされましたか?」
ウィリアムの警護についていたアルフレッドは当然聞き返す。ウィリアムはその問いに書類を差し出して応えた。
「これがどうかされましたか?」
書類を受け取ったアルフレッドは目を通したが、ウィリアムの意図は理解できずにいた。
「お前……この国のことをどこまで知っている?」
呆れたため息を吐きながら書類を返してもらったウィリアムは、再び書類に目を通しながらアルフレッドに問いかけた。
「塩……が有名です。」
「……お前もしかしてそれだけか?」
「はい!」
堂々と答えるアルフレッドにウィリアムは頭を押さえた。
「お前……いくら筋肉バカだとしても第一師団長だろう?国を守る中枢にいる奴が他国のことに無知すぎないか?」
「戦力は把握しております。我が国からしたら大したことはありません!」
「うん……お前は本当に力のことしか興味がないのだな。今はいいが……もう少し外交問題も学べ。上に立っているんだから。」
「…………わかりました。」
「絶対わかってないだろう。これは命令だ!この日までにある程度この国のことを学べ。嫌な予感がするんだ。」
「嫌な予感とは?」
「この国……イシュカン王国はお前が言ったように塩の生産が世界一だ。そして品質もどこよりもいいため塩の取引で国が潤っている。塩は生きていく上で必要不可欠。質がいい塩は栄養もあるため他国はこぞって購入する。だから奴らも強気で、何か外交上の問題があるとすぐに塩を売らなくなるぞと脅してくる国なんだ。」
「…………熊こっそり送りましょうか?」
「待て待て!熊を送って騒ぎになればそれこそ外交上大問題に発展する。いくらただの野生の熊だからって、熊が現れたら誰でも驚くだろう?」
「…………なるほど!熊の部隊を作れば我が国の力を強めることができますね!きちんと訓練された熊……されど他国はそれがわからない……大量の熊が来たら混乱を招くことができる……」
「おいアルフレッド。とりあえず熊は置いておけ!その話は別でしよう。悪い案ではないからね。だが今はその話ではない。お前は自分から聞いておいてすぐに力の方へ話題を変えようとする。」
「申し訳ありません。続けてください。」
「イシュカン王国は我が国と同じくらいの広さだが、力は弱い。だが塩という強みを持っているせいで、常に強気なんだ。下手に動くと塩が無くなる。だからあの国は好き勝手行動する節がある。」
「わがままということですね。」
「……簡単に言ってしまえばな。それでこの書類だ。そこの一人娘、つまり王女が我が国に視察に来るという案内だ。」
「わがまま国の王女様……厄介そうですね。」
「お前ははっきり言うな。まあそこがお前のいいところだ。だが外交の場では言葉に慎めよ。」
「……私はそのような場では警護をする立場です。何か言葉を交わすことはないと思いますが。」
「普通はな。だが今回の王女の視察、ただの視察ではないはずだ。」
「何故そう言えるのですか?」
「お前は知らないだろうがな、あの王女は私かジルどちらかと結婚したいと何度も打診に来ているんだよ。その都度断っているがなかなか諦めない。そこに来て今回の視察だ。強引に婚約でも結びに来るつもりなのだろう。」
「……それで何故ロイ殿が絡んでいると?」
「この書類の作成者の名前……クレマチスだ。」
「それは外交官として仕事をしたまででは?」
「この国の案件は皆嫌がる。それだけ厄介な相手だからだ。そんな国の仕事を若手である彼がやるなど普通はありえない。もっと上の者の仕事なんだよ。立候補したと考える方が自然だ。」
「はあ……。」
「あいつはわざわざあの王女の相手を私にするようにと念を押してきている。……これがジルが言ったことなのか……。」
ウィリアムはあからさまに嫌そうに深いため息を吐いた。その深さからどれだけこの王女が厄介な相手か、鈍感なアルフレッドでも分かるほどだ。アルフレッドはウィリアムの健闘を祈ることしかできなかった。
「ジル殿下が何か?」
「お前に以前、キャロライン嬢の想い人はシュバルツ家の息子じゃないかと言ってしまっただろう?お前は怒って仕事放棄したあの日だ。それを後から聞いたジルにクレマチスを怒らせたこと、後悔すると言われたんだ。……その仕返しが今回のことなんだろう。」
「なるほど……王女の相手を押し付けられたということですか。大丈夫ですか?」
「流石に婚約とかまではないだろう。そんなことをしたらこの国に不利になる。それはあいつもしないはずだが……何を考えているんだ。それにしてもお前、クレマチスの名前を聞いても怒らなくなったんだな。」
「……彼には借りがありまして……。」
「お前、弱みでも握られたのか?」
今までのロイへ向ける態度とのあまりの変わりように、ウィリアムは目を丸くして驚いていた。この話をしたらまた怒り狂って怒鳴りに行くかと思ったが、大人しすぎるのだ。
「弱みなど……ただ、素敵な方と出会えたまでです。」
「はっ?!えっ?!どういうこと?」
「…………」
言葉を濁さずはっきりとモノを言うアルフレッドが、何故か言葉をはっきりさせない。それどころか心なしか顔が赤いのだ。予想外すぎてウィリアムですら戸惑っていた。
「お前……まさかだけどまさかか?いい女性にでも出会えたのか?」
「……素敵な人には出会えました。ただそれだけです。それ以上は何も……。」
「クレマチスに紹介されたということか?でお前は何も動いてないと。」
「おっしゃる通りです。」
「お前な、気持ちは早めに伝えろよ。愛想疲れたら終わりだ。」
「キャロラインにもそう言われています。……早めにとは考えていますが。」
「ならこれはいい機会ではないか?」
「何故歓迎のパーティーがいい機会なのですか?」
「お前はミソニの大熊として他国に知れ渡る存在……いわばこの国の力の象徴だ。だからお前はこのパーティーに出席する必要がある。」
「警護ではなくて?」
「上に立つということはそういうことだ。」
「……それがどう関係するのですか?」
「パーティーはな、パートナーを同伴する。パートナーがいない時は兄妹や家族を連れてくるが……お前のパートナーとしてその女性に来てもらえればいいではないか?」
「それってつまり……」
「早く婚約しろと言う意味だ。お前に好意を抱く女性など有難いだろう。もたもたしないで行動しろ。これは命令だ。こうでもしないとお前動かないだろう?」
「……わかりました……頑張ってみます。」
「……お前、クレマチスに懐柔されたな。」
「今何と?」
「いや……何でもない。結果として幸せならいいんだ。」
ウィリアムは小さく呟くと嬉しそうに微笑んでいた。アルフレッドが強いだけでなく不器用だが優しい男だということは、近くにいたからよく知っている。だが彼の本当の姿を知ろうとしない女性ばかりで、自分のことのように悔しい思いをしながら、アルフレッドが幸せになることを願っていた。そんな彼がロイの計らいかもしれないが、幸せになろうとしている姿は嬉しいものなのである。
「それにしても……なぜあいつはこれに立候補したんだ?関わりたくないだろうに……」
「何のことですか?」
「お前は親からシュバルツ家の話を聞いたことはないか?」
「特に何も……」
「……お前、次期伯爵の立場なんだからさすがに父親にでも聞いておけ。それほどこの国で問題になったことにあの一家は巻き込まれたんだ……。」
「巻き込まれた……」
「話せば長くなる。だから詳細は父親に聞け。いいな?」
「わかりました。」
「クレマチスはな……騒動に巻き込まれる前まで、あの王女の婚約者だった……。」
「あいつ婚約していたのですか?」
「正確に言えばしていない。大人の口約束であいつが8歳の時に婚約することになっていたが……その寸前に騒動が起きてその話はなしとなった。だから婚約はしていない。」
「そんなことが……。」
「詳しくは父親に聞け。俺よりも知っているはずだ。婚約のことも騒動も全て私達王族のせいというのもある……。中立的な立場の父親に聞いてみてくれ。」
「わかりました……」
「そんな過去があるから関わりたくないはずなのに……クレマチスの考えがわからないが、何かあるから関わっているのだろうな。気が重いがやるしかないか……。お前は俺が言ったこといろいろやるんだぞ!」
「かしこまりました。」
アルフレッドは威勢のいい返事をするため、ウィリアムはそれ以上話すことをやめ仕事に集中した。アルフレッドは警護する傍ら、ロイの身に何が起きたのか気になっていた……。
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