課題1 お友達になりましょう②
ロイ・シュバルツはシュバルツ公爵家の長男で、外交官として務める20歳の青年だ。綿密な計画と下調べによる情報戦略が得意で、若いながらも外交の場で数々の功績を上げてきた。
また大胆な戦略で相手国に隙を与えず交渉を進めるため、諸外国からは「ミソニの若きクレマチス」と呼ばれ恐れられている。
クレマチスとは花言葉で「策略」という意味もあるため、「ミソニの若き策略家」という呼び名の意味が込められている。
冷静沈着、頭脳明晰、誰もが認める外交の手腕を持ち合わせ、銀髪碧眼で整った容姿は女性達が近づきたい憧れの人であった。
だがロイ自身は人との付き合いは最低限に留める性格で、仕事上では話せても、夜会やプライベートで会話をするのは苦手なため、夜会にはほとんど姿を現さず、幻の存在となっていた。
普段あまり感情を表に出さない性格のため、何を考えているか分からないと人に言われてしまうこともあるが、社交辞令で仕事上見せる微笑みに女性達が目を奪われている話は有名であり、夜会で出会えた際には笑ってもらいたいと密かに野望を抱いている令嬢が山ほどいた。
そんなロイの噂はもちろんキャロラインも知っていたため、あの晩楽しそうに微笑んでくれたこと、キャロラインの話を興味深く聞いてくれた姿があまりにも噂ともかけ離れており、ロイが酔っていると勘違いする結果となったのだ。
「ロイ様、お手紙が届いておりますよ?」
朝食時、席についたロイに手紙の存在を伝えたのは、ロイに長年仕える執事のハーマンだ。彼は幼少期からロイを知る人物であり、忙しいロイの父親に変わって幼いロイを支えた2人目の父親のような存在である。
「そうか……後で確認する。」
「よろしいのですか?手紙の差出人を確認しなくても?」
いつものように淡々と返事をするロイのことなど気にせず、少し悪戯っぽく言葉を続けるのは長年築いてきた信頼関係のなせる技だ。
「どういうことだ?」
少し慌てたように声を出せば、ハーマンは楽しそうにニコニコ微笑んで手紙も手に持っているだけだ。それがロイの考えを全て見透かされているようで、悔しいような恥ずかしいような感覚に襲われたロイは立ち上がると、無言でハーマンの手から手紙を奪い席に戻った。
椅子に座りはやる気持ちを抑えながら差出人を確認すれば、キャロラインの名が書かれており、すぐに中身を確認しようとして視線を感じ、バツが悪そうにハーマンを睨む。
「まだいるのか……」
「いつもは側にいても文句一つも言いませんのに、配慮が足りずこれは失礼しました。」
「……今日は甘いミルクが入ったお茶が飲みたい……。用意してくれ。」
「わかりました。とびきり甘く熱いお茶を用意して参りますね。少々お時間をいただきますのでゆっくりお食事などを楽しんでください。」
笑顔を崩さずロイの要求通り時間がかかると告げれば、ロイも納得したように頷く。早く手紙が読みたいロイと、その手紙を読む時間分遅れることを伝えたハーマンの阿吽の呼吸は完璧だ。
「全く、お見通しって訳か……。」
手紙の差出人だけでロイが喜ぶ相手だと理解し、わざわざ仕事前に読ませる時間まで確保してくれたのはありがたい。ロイは食事には目もくれず慎重に封を開けると中から便箋を取り出した。
便箋には美しい文字とほのかに優しく香水の香りが感じられる。夜会で話した際にも感じた同じ匂いにキャロラインがまるで側にいるような錯覚さえ覚えてしまう。
そんなことを考えている自分が獲物を狙う獣みたいに感じられてしまい頭を掻くと、深呼吸して内容を確認した。
そこには昨夜と贈った薔薇についてのお礼がしたためられていた。そしてロイが書いたメッセージカードの返事としてキャロラインも会いたいと書いてあるのを見つけると、ロイは嬉しさで叫び出しそうになる口を慌てて塞いだ。
近付けただけでも進歩だと思ったが、さらにもう一歩踏み込むことができた。さて次はどうしよう……どこまで踏み込もう。得意の作戦会議を始めるとあっという間に時間は過ぎ、ハーマンが叩く扉の音に我にかえると、手付かずの食事に気付き返事をする前に慌てて掻き込む。
手紙に浮かれて食事を忘れたなど気付かれたくなかった。出来立てで熱々だったスープはいつの間にか冷め、焼きたてでふわふわのパンは少しだけ堅くなってしまった。
「入りますよ?」
何回読んでも返事がないため、感動で倒れてしまったのではないかと流石に心配になったハーマンが、ロイの入室の許可を待たずに入れば、そこにはいつも以上に食事に夢中なロイがいた。
淹れたてのミルクティーを置きながらロイを横目で見れば、らしくもない口いっぱいに食事を詰めているため、このせいで返事ができなかったのだろう。どうせ手紙に夢中で食事を慌てて食べていた姿を容易に想像すると、ハーマンはロイに気付かれないようにクスッと笑っていた。
何かに夢中になり、子供みたいな仕草をするのはいつぶりだろうか。ハーマンの記憶の中のロイは幼少期の時ですら、あることを境に子供らしい姿を見せなくなっていた。内に秘めた熱い感情を殺し、日々を卒なくこなすロイの久しぶりの人間味溢れる表情がようやく見えたことは、ハーマンにとっても何よりも嬉しかった。
「まだ登城までに時間があります。お部屋に一度戻られますか?」
ハーマンに言われて初めて時計を確認すると、いつもよりだいぶ余裕があることが分かる。当たり前のようにハーマンが部屋の外から起床の声掛けを毎日してくれるため、時刻の確認など最近は朝家でしたことがなかった。
だからこそハーマンの起こしてくれる時間がいつもより早いなど気付いてもいなかったロイは、手紙の返事を書くことまでも見越されてハーマンが行動していたことが、なんだか手の上で転がされているような気分になった。
「……ハーマン、ありがとう……そうするよ。」
「かしこまりました。では出発の時間に迎えにあがります。」
「頼む……。」
ロイは机の上に置いていた手紙を手につかむと、胸ポケットにしまい、淹れたてのミルクティーを飲み干し席を立つとそのまま部屋へ戻ってしまった。
ハーマンは食卓を片付けながら、甘く熱いミルクティーではなく、甘く少しだけぬるいミルクティーにして正解だったと、空になったカップを見ながら自分を褒めてあげるのであった。
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「おはよう、ロイ。今日はなんだか機嫌がいいか?」
王城にある仕事場に出勤したロイは、上司であるフランに声をかけられ、感情が隠せず顔に出てしまっていることに焦りつつも平静を装い、いつものように仕事上の微笑みを浮かべてフランに朝の挨拶を返す。
「おはようございます。機嫌がよく見えましたか?いつもと変わりないですよ?」
「お前のことは父親の後ろにくっついていた時から知っているんだ。俺には今日のお前の機嫌が良く見える……違っていたか?」
「どうでしょうね。今日の朝食が美味しかったから……でしょうか。」
「あんな小さかったお前が俺を蔑ろにする日が来るとは……。俺は悲しいぞ!」
言っている言葉と違い、笑いながらロイの肩をバシバシ叩く姿は実に楽しそうだ。続々と出勤してくる同僚達が、楽しそうなやり取りをしている2人を見つけて、唖然としていることなど、フランは気にも留めてなかった。
フランはミソニ国の外交官の1番上、外務大臣だ。仕事に厳しいが、部下を信頼し彼らに交渉まで任せるため、外交の話し合いにはほとんど姿を現さない。彼らが取り付けてきた内容を再度確認し、書類に判を捺し国王へ報告するのが彼の主な仕事だ。しかし一度問題が起きたり、部下が交渉で手こずっている際には迷うことなく現場に赴き、外交の話し合いの場で彼が座れば、滞っていた議題もあっという間に解決してしまう、話術と圧倒的なオーラで他国に恐れられている。
他国には恐れられる存在ではあるが、部下を信頼し動かし、いざとなると矢面に立ち部下を守るため、彼を尊敬している部下は多かったが、とても仕事に厳しい人で仕事中はあまり笑わないため、あんなに楽しそうにロイに絡んでいるフランを見て部下達は驚き、またロイとは強い絆で結ばれていることを再認識し、2人には触れずに仕事に取り掛かっていった。
「蔑ろにはしておりません。それにフランさんにはいつも感謝しております。この場に引き入れてくれたんですから。」
「それはお前が優秀だからだ。決して名前で選んではいないぞ?そこは勘違いするなよ!」
「ありがとうございます。でも……あの時支えてくれた数少ない信頼できる人には変わりありません。ですから、蔑ろにはしませんよ。」
「大したことはしていないし、俺は俺が信じたものは裏切らない……それだけだ。まあ、お前が浮かれている原因はまたちゃんと話してくれよ?」
「浮かれてませんって……。とにかく仕事始めてよろしいでしょうか?」
「そうだな。今日も頼んだぞ。」
「はい、お任せを。」
2人は小声で世間話をした後、いつも通り仕事に取り掛かるのであった。
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