課題7 ミソニの大熊を懐柔せよ④
ロイの邸へ訓練をつけて以降、アルフレッドが休みの度に外出する機会が格段に増えた。今までは休みの日も鍛錬とハンスリン家の私兵団に混ざって朝から晩まで鍛錬していたのに、今ではその回数も減り外出しているのだからさすがのキャロラインも不思議に思っていた。外出するアルフレッドを以前見かけたことがあるが、珍しくしっかりとした装いをしていたこともまたキャロラインを驚かせていた。
邸に勤める者達もアルフレッドの変化には気付いているようで、アルフレッドに何が起きたのか噂になっていた。その噂は当然キャロラインも耳にするようになり、アルフレッドが嬉しそうに出かけていったや、手紙が来てないか毎日確認するようになったなど様々な話が届いていたが、キャロラインには心当たりが当然あった。だがその心当たりはキャロラインの予想であり確信はないため、アルフレッドの動向に興味津々な使用人の質問に知らないと誤魔化していた。
そんな日が一月ほど続いたある日、キャロラインはロイと久しぶりの外出をした。最初は人目につかない場所を選んで出かけていた2人も思いが通じ合ってからは王都でデートをするようにもなっていた。
今日のデートも王都で、甘い物が好きなロイが一度食べてみたいと言っていた今大人気の食用の花を使ったデザートを出しているお店に来ていた。
大人気とあってかなりの人数が外で並んでいた。店内に入れるまでにかなり時間がかかるそうだが、ロイと一緒にいれば話す話題も尽きないし、2人っきりの時間が短くなるわけではないためキャロラインは退屈な待ち時間すら楽しんでいた。
それはロイも同じで、嬉しそうにロイに笑いかけてくれたり、ロイの話に興味深そうに目を輝かせたりとコロコロ変わるキャロラインの表情を可愛いと感じつつ、彼女を独占できる喜びに浸っていた。
「ロイ様って本当になんでもご存知ですよね?このお店も聞けば最近開店したばかりで、流行に敏感な女性客ばかりですのによくこのお店をご存知でしたね。私はそういうことに疎くて、お誘いされるまで存じ上げておりませんでした。」
「情報収集は得意だからね。ほら最近話題のことを知っていると話が広がることもあるからね。」
「さすがお仕事熱心なのですね。」
「仕事……確かに仕事かもね。」
ロイが何か別のことを考えていそうな反応が気になりつつ、キャロラインは店の反対側にある公園が気になっていた。公園からはつい先ほどから女性の大きな声が聞こえているのだが、その声がどこかで聞き覚えがあったからだ。だがどこで聞いたか思い出せない。考えれば考えるほどキャロラインはその公園の方ばかり目を向けてしまい、その行動はロイにすぐに見破られてしまった。
「公園が気になるの?」
「お話に集中していなくて申し訳ありません。その……どこかで聞いたことがある声だと思いまして。」
「なるほどね。ここからだと公園が少し見えづらいけど、もう少し列が進めば公園が見えやすくなるから声の主が分かると思うよ。」
「ロイ様は誰かわかったのですか?」
「……たぶんね。」
また何かはぐらかされたような誤魔化されたような返答が気になりつつ列が動くのを待つと程なくして列が進み、店に近づいたことで公園が見えやすい位置に移動することができた。内容までは聞こえないが声はまだ聞こえており、その声を頼りに見渡せば見覚えがある人物に目が止まった。
「グレーシア様と……お兄様?!」
あまりの驚きに声がつい大きくなってしまったキャロラインに、ロイがすかさず笑いながら「気付かれてしまうよ」と嗜んでくれるため、キャロラインは慌てて口元を手で覆った。
キャロラインの視線の先には何故か公園で懸垂に励むアルフレッドと、それを嬉しそうに見つめて拍手を送るグレーシアがいた。
何故あの2人がとか、何故公園で懸垂など気になることも沢山あるが、ロイとのデートを気付かれていないかそれも心配だった。あの兄のことだ。デート現場など目撃でもしたら凄い剣幕で懸垂台から飛んできて邪魔されそうである。だがアルフレッドは懸垂に夢中であり、グレーシアもそんなアルフレッドしか見ていなそうであったため、キャロラインの心配は必要なさそうであった。
そうこうしているうちにキャロライン達の順番が来たため店内に入ることができたため、キャロラインは2人の観察をやめてデザートを楽しむことにした。
注文し席で待っているとほどなくしてお目当てのケーキが運ばれてきた。色鮮やかな花が飾られたケーキは目で見ても美しく、味の美味しさもさることながら、食べるとほのかに鼻から抜ける花の香りが心地よく、目でも味でも楽しめる素晴らしいデザートであった。
「クレマチスはないんだ……」
「キャロラインはクレマチスが好きなのかい?」
キャロラインがふいに呟いた言葉をロイは聞き逃すことはせず、楽しそうに拾い上げてくれる。ケーキをキョロキョロいろいろな角度で見渡していたのが気にはなっていたが、まさかケーキに使われる花に自身の呼び名であるクレマチスがないかと探してくれているなんて、ロイは嬉しくてしかたがなかった。
「ロイ様に出会ってからついついクレマチスを探してしまうのです。」
「キャロラインは僕のことが大好きなんだね。そんなに僕のことを考えてくれているみたいで嬉しいよ。」
「ふぇ?!」
ロイの突拍子もない言葉につい変な声が出てしまった。お互いの想いが通じてから、ロイは息をするのと同じ感覚で甘い言葉を囁いてくる。それなのにいつも心を乱されるのがキャロラインだけだということがなんだか悔しくて、キャロラインは一矢報いたい気持ちに駆られロイを睨んでみせた。
キャロラインにとっては睨んでいる仕草もロイにとってはただ可愛く見えるだけというのだから、効果は乏しい。
「キャロライン、君は本当に可愛らしいね。」
「もう!揶揄うのもいい加減にしてくださいね。それに……本当に考えていますので……ロイ様が言うように大好きなんです!!」
「なっ!」
あまりに余裕なロイが悔しくて、キャロラインは覚悟を決めるとロイの真似をしてはっきりと伝えてみた。効果覿面で、いつも余裕そうなロイが顔を真っ赤にしてくれるのだから頑張った甲斐はあったが、それでもキャロラインにとってみれば恥ずかしくて仕方なかった。よくロイはこんな言葉を簡単に言えるのか不思議でしょうがないし、恥ずかしいから当分自分は言葉にすることは遠慮することにする。
「仕返しです。急に言われるのは恥ずかしいものでしょう?」
「恥ずかしいというか……破壊力が凄まじいね。キャロラインもう一回言ってくれる?今度はしっかり心に刻んで聞くから!!」
「何を仰っているのですか?!絶対に言いません!!」
「残念……。でもいつかまた言ってほしいな。そうだクレマチスの話をしていたよね?」
ロイから話を振られてそこでようやく本題を思い出した。ロイのせいで話が大幅に逸れてしまったが、気になっていたことなので、話を戻してもらえたのはキャロラインにとっても有り難かったため、キャロラインは頷いてみせた。
「クレマチスはね食べられないんだ。」
「そうなのですか?!」
「クレマチスの葉や茎にはね、毒があるんだよ。正確に言えば分泌される汁に毒があって皮膚炎を起こしたりするんだ。」
「あんなに綺麗な花なのに……知りませんでした。」
「見た目は美しいのに触ると危険……僕も見た目で馬鹿にしてきた相手にはとことんやるから……ある意味人によっては僕は毒みたいなのかもしれないね。」
「そんなこと……。ロイ様は美しい花で人を魅了するクレマチスのように、私の心を温かくしてくれます。そんな方が毒なわけありません!!ロイ様を見た目で判断し油断するその方々がいけないだけです!!」
「キャロライン……君は本当に優しいね。ありがとう……。」
「褒められることなんてなにも……」
「そんなことはないよ。僕が君の心を温かくしているように、僕の心は君が温かくしてくれているんだよ。キャロライン……君を好きになってよかった。」
「ロイ様……」
2人はここが店だということも忘れてしまったかのように、見つめ合っていた。だがそんな時間も
「はい!お茶のお代わりお待たせ!!」
という忙しく動き2人の空気に全く気付かなかった店員が、絶妙なタイミングで2人の目の前にお代わりのティーポットを置いてくれたおかげで我に帰り、さすがに大勢の人がいる場で恥ずかしくなった2人はそのまま視線を逸らすと、ぎこちなくお代わりのお茶をゆっくり注ぐのであった。
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