課題7 ミソニの大熊を懐柔せよ③
「すごいです!!!アル様!!!」
シュバルツ家の私兵の訓練の休憩時間、すぐにアルフレッドの下に走って向かったグレーシアは興奮した様子で話しかけていた。アルフレッドもハンスリン家の女性以外に褒められることはあまりないため、純粋に褒められて嬉しそうであった。
グレーシアは天真爛漫という言葉が良く似合う女性だ。稽古中もアルフレッドの動き一つ一つに感動しているのか目を輝かせたり、時に手を叩いて稽古を楽しそうに見つめていた。
そして度胸がある女性でもある。ミソニの大熊として恐れられているアルフレッドを怖がることをせず、身長差があるため首を思いっきり上に向けてアルフレッドを見つめる姿は、小動物のようでとても可愛らしかった。
「アル様!これからもう少しでお昼休憩ですよね?」
「ああ……そのつもりだ。長く稽古をつけても疲れるだけだからな。」
「でしたらお昼をご一緒しませんか?」
「有難いことですが、お弁当を持ってきていますので……」
「アル様とご一緒にお食事をしたいだけです。私もお弁当ですのでご一緒してくれませんか?」
「私でいいのですか?」
「アル様とがいいのです!!!」
「わかりました。」
「ありがとうございます!!!お昼楽しみにしていますね!!」
アルフレッドとの約束を取り付けることに成功したグレーシアは嬉しそうに飛び跳ねていた。そんな2人のやり取りをキャロラインは嬉しそうに見つめていた。ロイもまたキャロラインとは少々違う笑みを浮かべて2人のやり取りを見つめていた。
昼休憩になるとグレーシアはもの凄い勢いでアルフレッドを連れてどこかへ行ってしまった。
「僕たちもご飯にしようか?」
嵐が立ち去ったような静けさとなった訓練場で呆気に取られていたキャロラインへかけるロイの声は優しかった。
「そうですね。」
「僕のお気に入りの場所があるんだ。そこでどうだろう?」
「そんな特別な場所を教えてくれるのですか?」
「もちろん。なんなら家の中全て案内しようか?いずれここに住むのだから。」
「へっ?!」
「キャロライン、僕たちは付き合っているんだよ?その先の未来だって僕は考えている。君は違うの?」
驚いた声を上げるキャロラインにロイは悲しそうな顔を見せた。もちろんわざとだ。そうすればキャロラインがどんな反応を返してくれるのかすら予想はついているが、実際にキャロラインの反応を見たいためつい意地悪してしまう。
「ちっ……ちが……。ごめんなさい……。そんなこと考えていませんでした。今が楽しくて……今日のことばかり考えていました。ですがその……とても嬉しいです……。私がロイ様との未来考えていいなんて……どうしましょう。嬉しくて夢を見ているのでしょうか。」
これは予想外だ。やはりハンスリン家。想像の上をいく。アルフレッドは想像の斜め上の行動ばかりするが、キャロラインはロイが想像していたよりもさらに可愛くなってしまうからたまらない。なんなんだこの可愛い人は、僕の彼女可愛すぎないか?今すぐ結婚したい……ロイの頭の中が信じられないほど煩悩まみれになっていることなど知らないキャロラインは、顔が熱いのか手で煽いでいる。その仕草がまた可愛すぎるのだが、このままの思考では積み上げてきた紳士像が崩壊しそうなので、ロイはぐっと煩悩を押し殺すと努めて平静を装って微笑んでみせた。
「夢じゃないよ。僕もキャロラインがこれからのことを考えてくれて夢のようだ。さっご飯にしよう。早く食べたいんだ。」
ロイはキャロラインの手を繋いで歩き出すと、もう片手に持っていた大きなバスケットをキャロラインに向けて掲げてみた。それは今朝キャロラインが頑張って用意したロイのための特製ランチボックスだ。
いつかの約束でキャロラインの手作りのお弁当を持ってピクニックをしたいとロイと交わしていた。沢山練習したキャロラインはついに今日その成果を発揮するために、朝から頑張って全てキャロラインの手作りで用意したのだ。
味は味見をしたので問題ないはずだ。見た目が悪い物はアルフレッドとロバートのお弁当に入れ、綺麗なものをロイに詰めた。キャロラインにとっては自信作のお弁当だった。
「はい。」
キャロラインは短い返事をするだけに留めると、2人並んでシュバルツ家の庭園を進むのであった。
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キャロラインの特製ランチボックスにロイは大喜びだった。一口食べては褒めてくれ、美味しい美味しいと言って残さず食べてくれた。ロイはお礼にと美味しいお茶を淹れてくれ、2人はランチタイムを満喫した。
午後からもアルフレッドの稽古はあるため2人は約束の時間に間に合うように訓練場に戻ると、そこにはすでにアルフレッドとグレーシアが戻ってきていた。
アルフレッドにぐいぐい話しかけているグレーシアと、そんなグレーシアにたじろぎながらも懸命に応対するアルフレッドの構図は何度見ても楽しく、すでに戻ってきていたシュバルツ家の私兵達はアルフレッドに臆しないグレーシアをすごいと賞賛していた。
シュバルツ家の私兵達は筋がいいらしく、アルフレッドの指導にも熱が入る。休憩毎にグレーシアに絡まれるアルフレッドだが、その合間を縫ってロイに私兵達を褒めるため、余程腕がいいのだろう。
稽古は夕方まで行われ、さすがの私兵達も疲れが出てきていた。そろそろ稽古を終わらせようとアルフレッドが考えたそんな時だ、グレーシアが突拍子もないことを言い出したのだ。
「ロイ君。アル様に稽古をつけてもらったら?」
「は?!」
あまりの突拍子さに流石のロイも間抜けな声を出していた。どうやらグレーシアの完全なる思いつきのようであった。
「あなただってロイ君の戦っている姿見たいでしょう?」
アルフレッドばかり離していたグレーシアが急にキャロラインに話題を振ってきた。
「彼女に聞く必要ないだろう??」
「いいじゃない。だってロイ君彼女のために今まで鍛えてきたでしょう?強い姿見せればいいじゃない?」
「グレーシア!話しすぎだ!」
「あなたはどう?ロイ君の格好いい姿見たくない?」
グレーシアの誘いはキャロラインにとってみれば魅惑的だ。アルフレッドはロイのことを強いと言っていたが、キャロラインはアルフレッドが戦う姿を見たことがない。キャロラインは幼少期より強い男性を沢山見ており、訓練も何度も見学している。強い男性を格好いいと感じたことはもちろんあるため、戦うロイの姿を想像するだけでロイの格好よさに磨きがかかる気がしてしまう。見たい気持ちが湧いてくるが、やはり心配なのは相手がアルフレッドということだ。全力で立ち向かいそうでロイに怪我をさせないか心配であった。
キャロラインは自身の中で見たい感情と無理をさせたくない感情でせめぎ合っていた。答えが出ずちらっと横目にロイを見れば、キャロラインの考えがお見通しなのかロイは困ったように微笑んでため息を吐いた。
「わかった……。アルフレッド殿、手合わせ一つお願いできますか?」
「ああ……。」
「手加減は無用です。前回のように地形は利用しません。」
「いいのか?」
「はい。キャロラインも見たいようですので……」
やはりロイにはキャロラインの感情はお見通しだ。ロイがキャロラインと呼んだ瞬間一瞬アルフレッドの肩が上がったのは気のせいかもしれないが、アルフレッドの目には力が宿っていた。
「ならば遠慮はしない。3分勝負としよう。時間で決着が着かないなら引き分けだ。」
「望むところです。誰か審判を頼む。」
ロイの問いかけに私兵達がざわめき立つ。話し合いで1人の人物が手を挙げたためその人物に託すと、2人は訓練用の剣を手に取り定位置についた。
「始め!!!」
合図とともに両者激しい剣の撃ち合いを始める。アルフレッドが強いのはもちろん知っていたがそのアルフレッドの攻撃を全て躱し反撃するロイもかなり強い。
普段優しい微笑みを浮かべてくれる顔は今は真剣な目をしており、時折歯を食いしばる表情をするため、初めて見るロイの男らしい表情に、キャロラインはあろうことかロイを心配するよりも先に男らしい格好良さにときめいてしまっていた。
アルフレッドの鋭い攻撃にロイが体勢を崩し、その隙にアルフレッドが仕留めようと仕掛けた攻撃をロイが軽い身のこなしで剣を持っていない手だけで後方に回転して躱した時など、思わず「格好いい……」と言葉を溢してしまうほどであった。
だがその声が誰にも聞かれなかったのは側にもっと大きな声を出す人物がいたためだ。
「格好いいです!!」
「素敵な身のこなし!」
などアルフレッドの動きに合わせるようにグレーシアが大声で声をかけていたため、キャロラインの声が届くことはなかった。
結果的に試合は時間いっぱいとなり引き分けで終わったが、会場からは拍手が沸き起こった。
「ロイ様、さすがお強い!」
「いいものを見せていただけた!」
「素晴らしい!!」
など口々に私兵達が褒め称えるが、当の2人は息も絶え絶えでそれどころではないようであった。
アルフレッドにはグレーシアが、ロイにはキャロラインが駆け寄り手に持っていたタオルを手渡すと、ロイはまだ呼吸が落ち着いておらず言葉に詰まりながらも感謝を口にしてくれた。
やがて落ち着いたアルフレッドがロイに手を差し伸べ、ロイもそれに応えると2人で固い握手をし健闘を讃えあった。
「素晴らしい時間をありがとう。いい休日だった。」
「こちらこそありがとうございました。是非また機会がありましたらよろしくお願い致します。」
「そうだな。是非またやろう。」
「アル様、キャロライン様、またお会いしましょうね。」
「はい。今日はありがとうございました。」
「ではこれで失礼する。」
「お気をつけて。」
すっかり日が傾きかけた頃ようやくキャロラインとアルフレッドは帰路に着いた。従者はたっぷり休憩ができたみたいで来た時よりも顔色はいい。馬車の姿が見えなくなるまで見送っていたロイとグレーシアはお互い悪巧みをする子供のような笑顔を浮かべながら、今日の健闘を讃えるのであった。
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