課題7 ミソニの大熊を懐柔せよ②
「あの……大丈夫ですか?」
あからさまにぐったりしているハンスリン家の従者のことが心配になったロイが声をかければ、従者はか細い声で「大丈夫です……」と返事をしてくれる。遠くからでも分かる激しく揺れていた馬車を操縦したのだ。酔いと体力は限界のようであったため、ロイは門番に彼を帰るまで休む部屋を用意するように伝えておいた。
激しい揺れでやってきた馬車の中の人物達は大丈夫か……ロイは心配そうに馬車を覗き込むと、鋭いアルフレッドの視線と合い、あまりの威圧感から中はたぶん無事であることはわかった。それよりもこのロイに向けられている殺意にも近い視線は何なのか……ロイは考えるよりも聞く方が早いと判断し、アルフレッドが降りてくるのを待ったが、馬車の扉が開いた瞬間胸ぐらを掴まれたのは流石に驚いた。
「どういうことか説明してもらおうか?!」
鼻と鼻がくっついてしまいそうな至近距離に顔を近づけて、ロイを威圧するアルフレッドはまさに熊そのものだ。普通の人なら恐怖で気絶しそうなほどの威圧感を放っていた。
「くっ苦しいので離してくれますか?」
「それはお前の答え次第だ!!!」
「答えって……」
「やめてください!お兄様!!!ロイ様を傷付けるお兄様なんて嫌いになりますよ!!!」
「なっ嫌い??キャロライン私のことを嫌いになるなるというのか?あーーー」
「うわっ!」
キャロラインに嫌いと言われ取り乱したアルフレッドはショックのあまり奇声を発しながらロイを放り投げた。宙に放り出されたロイはきれいな放物線を描きながら一回転して見事に着地した。
「ロイ様大丈夫ですか?!」
馬車から慌てて飛び出したキャロラインは、未だうるさく狼狽えているアルフレッドを押し倒すと、そのままロイの元まで慌てて駆け寄った。心配そうに見つめてくるキャロラインにロイは「大丈夫」とだけ伝えると何事もなかったかのように微笑んでくれた。
「大丈夫よ。ロイ君は強いから!」
それでも心配なキャロラインが声をかけようとしたのを、見知らぬ女性が先に声をかけてきた。ロイと共に出迎えるために待っていたその女性は、アルフレッドがロイとの関係を疑い、我を忘れさせた張本人だ。
その女性はキャロラインと年齢が近いように感じられた。キャロラインより小柄な彼女はふんわりとカールがかかった肩より少し短い髪型をしており、丸い大きな目と綺麗な金色の髪が相まって、まるで妖精のような可愛らしさがある女性であった。
アルフレッドはロイにその女性が誰なのか確認をする前に問い詰めてしまっていたが、正直キャロラインも彼女のことが気になって仕方がなかった。
なぜロイの家にいたのか、やけに親しそうだがロイとの関係性は、そしてロイのことをロイ君と呼んでいること……人嫌いなロイがそばにいることを許していることにキャロラインの心にモヤっとしたなんともいえない感情が押し寄せてくる。
「キャロライン、心配してくれてありがとう。本当に大丈夫だからね。それに今回のことは事前に説明していなかった私が悪いからどうかアルフレッド殿を許してあげてね。」
「何が許せだー!!!どういうことか説明しろ!!!」
キャロラインに嫌われ押し倒されたアルフレッドであったが、すぐに回復するとまたロイに噛みつこうとする。それをロイは冷静に宥めるように誤解があることを教えてくれた。
「誤解を与えてしまい申し訳ありません。先に紹介させていただきます。彼女はグレーシア。私の従姉妹にあたります。」
「グレーシアです。お会いできて光栄です。アルフレッド様!!!」
ロイから紹介を受けたグレーシアはアルフレッドに挨拶をしたが、挨拶が終わっても彼女はアルフレッドから視線を外さなかった。女性からそのような熱視線を受けたことがないアルフレッド慣れない視線に珍しく戸惑っていた。
「初めましてグレーシア殿。」
アルフレッドが挨拶のために彼女の名前を呼んだだけで、グレーシアは一層目を輝かせて嬉しそうに頬を染めている。その姿を間近で見たキャロラインはもしやとある考えが浮かんでいた。
「グレーシアは今回の訓練を見学したいということで、この場にいただけです。ただの従姉妹ですので他に何もありません。私はキャロライン嬢ただお一人ですのでご安心ください。」
「そっ……そうだったのか。いや……早とちりしてすまない。グレーシア殿、お見苦しいものをお見せし申し訳ない。」
「そんな……私のことをお考えくださるなど……。あの……よろしければグレーシアと呼んでください。」
「なっ?!女性をそのように呼ぶのはいささか抵抗が……」
「お兄様!せっかくの提案をお断りするのは失礼ですよ!!!」
「そうですよアルフレッド殿。男なら有り難く受け取りましょう!」
グレーシアの顔が一瞬曇ったことを見逃さなかったキャロラインがすぐさま助け舟を出す。それを後押しするようにロイも言葉を続けてくれた。
「ロイ殿……もしやキャロラインのことを……」
「当然彼女から許可をいただきキャロラインと呼ばせていただいております!」
「なっ!!キャロラインだと!!!」
「はい。彼女ですので。」
「彼女だとーーーーー!」
「お兄様!ロイ様は間違いなく私のかっ……彼氏ですので……。」
「キャロライン!!!!!」
アルフレッドから聞いてきたのに、キャロラインから決定的な言葉を聞かされアルフレッドは思わず耳を塞ごうとする。だがそれを遮るようにグレーシアがアルフレッドの手を握ってきたため、キャロライン以外の女性に手を繋がれたことなど初めてのアルフレッドは、見たことがないほど慌てふためいていた。
「アルフレッド様、どうかお願いできませんか?」
大柄なアルフレッドと比べるとまるで子リスのように小さなグレーシアが上目遣いで見つめてきては、アルフレッドはなす術がない。
「わっ……わかりました。ではグレーシア。これでよろしいですか?」
観念したようにアルフレッドが呟くと、グレーシアは弾けるような笑顔を浮かべる。本当に嬉しいのだろう。表情だけで彼女の心を全て表しているようであった。
「ありがとうございます!!あの……許可もなく呼んでしまいましたが……アルフレッド様と呼ばせていただいてもよろしいですか?」
「あっ……ああ、好きにしてくれ。」
「好きに呼んでよろしいのですか?!では……アル様と呼んでも?」
「もっもちろん。」
「ありがとうございます!!ではアル様、こちらへどうぞ!皆お待ちなのですよ!!」
「ちょっ……えっ?!」
「ご安心を。私はこの家の者とは顔馴染みですので。それにもしよろしければ訓練を見学させていただいてもよろしいですか?」
「そっ……そちらがよければ……」
「ありがとうございます!!!では参りましょう!!」
グレーシアはグイグイとアルフレッドの手を引いて歩いて行ってしまった。その姿をキャロラインは唖然としながら見つめていた。アルフレッドがあそこまで振り回されているのは初めてみた。いつも振り回す方のアルフレッドが振り回されているのは新鮮だ。これでいつも振り回されている邸の者やキャロラインの気持ちが分かってくれるかもしれない……キャロラインはそんなことを考えると今の光景が面白くなってきてつい笑ってしまった。
「キャロライン楽しそうだね。」
「ごめんなさい。あんな兄の姿初めて見ましたので。」
「そうなんだ!じゃあ今日はいつも振り回しているんだから思いっきり振り回してもらおうか。」
「私もそう考えていました。振り回されている兄はなんだか面白いです。」
「そうだね。」
「!!ロイ様?!」
「少しぐらい……ね。お義兄さんはグレーシアにかかりっきりでこちらを気にする余裕はないから。」
「……はい。」
アルフレッドとグレーシアの後を追うように距離を空けてゆっくり歩き出すと、ロイはさり気なく手を繋いできた。普通ならアルフレッドに見つかることを恐れて絶対にアルフレッドの前ではやらない。だが今はアルフレッドの気を引く人物のおかげでアルフレッドはロイやキャロラインを構う余裕はなかった。
それならばとキャロラインはロイとのこの時間を楽しむようにした。合図を出したわけではないがお互い振り向くタイミングが重なり視線が重なる。言葉は何も発しなかったが微笑み返し温かい時間だけが過ぎていく。いつしか繋いでいた手は恋人繋ぎになっており、先程よりもさらにゆっくり2人は歩みを進めてできるだけ長く2人の時間過ごすのであった。
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