課題6 決闘をやり遂げろ④
「勝者、ロイ・シュバルツ!」
静寂を打ち破るハーマンの声で勝者を伝えると、決闘を見守っていた人々から歓声と拍手が湧き起こった。
「ロイ様凄い!」
「さすがロイ様!」
「これまでの努力が報われましたね!」
「すごい戦いだったー!」
集まった人々からは様々な声がかけられる。ロイはそれに応えることはせず、現実を受け入れることができずに佇んでいるアルフレッドに手を差し伸べた。
「ありがとうございました。」
爽やかな笑顔でロイが語りかけてくるため、アルフレッドは差し伸べられた手を掴むとしっかりと握手を交わした。
「こちらこそありがとう。ロイ殿、今回は私の負けだ。」
「ありがとうございます。」
「一つ聞きたい。君の強さなら騎士になれた。なぜそんなに強いのに隠しているのだ?」
「強いだなんて……。」
「誤魔化さなくていい。手合わせした私が言うのだ。私の剣を受け止める力強さ、一瞬の隙を見逃さない判断力、素早い身のこなし……全てが君が只者ではないと剣を重ねる毎に教えてくれたよ。それに君が私から逃げたのはわざとだろう?」
「なぜそうお思いに?」
「戦っている時は逃げているだけだと思った。それにやたら周りを気にしているのも逃げ道を探しているだけだと思ったが……あれは私をこの場所に連れてくるために、わざと逃げるフリをしておびき寄せ、逃げ道を探しているのではなく、この場所を探していたのだろう?」
アルフレッドはそう言いながら靴で地面を蹴った。その場所はほんのわずかだが地面が凹んでいた。
「その通りです。直接対決では負けると判断しこのような戦い方をさせていただきました。」
「戦う場所の地形を活かすのも戦い方の一つだ。君は間違っていない。この場所で私が躓くことを想定し、この場所に私を連れてきた君の間違いなく勝ちだ。君はこの会場を確認するよう事前に私に伝えた。その確認を怠った私の負けだ。」
「そこまでお気付きでしたか……。」
「それを踏まえて聞きたい。君は外交官でありながら戦術や剣術が優れている。特に私の剣を受け止めることを第一師団以外だと難しい者もいる。なのに君は全てを受け流した。……ロイ殿いつから鍛えている?あれは少しの練習で身につくとは思えない。何年も練習してないとあの身のこなしはできない。それだけ鍛えているのに何故騎士にならなかった?」
「……確かに私は幼少期より鍛えております。アルフレッド殿のような志がないため、騎士を選びませんでした。私が強くなったのは1人の人を護り、認められたいと考えたそれだけです。他に理由はありません。そのために出来ることはしてきました。」
「キャロラインのためということか?」
「ええ。彼女のためです。」
「なるほど……。つまり君は幼い頃からキャロラインを見初めていて、いつか私とこうなると予想していたということか?」
「はい。その通りです。」
「そんなに前から……。君は幼少期からクレマチスなのか……。君の覚悟はよくわかったよ。そのために鍛えたこと、その強さは認めよう。」
「ありがとうございます。」
「だが私だってキャロラインを大切に考えている。大切な妹の相手だ。君は誠実な男だと思う……だが簡単に認めたくない自分もいる。しばらく見定めさせてもらおう!」
「ありがとうございます!」
「私が認めたら……その時は家に招こう。父も紹介する。それまでは気を抜くなよ!!」
「はい!!」
「今日は帰る。朝から騒がしくしたな。今日の詫びにこの家の者達の稽古をつけようか?」
「それはありがとうございます。ではまた日を改めて。」
「……キャロラインに予定を伝えてくれ。そこから調整しよう。では……」
「ありがとうございます!」
国1番の騎士から稽古をつけてもらえることに、シュバルツ家の私兵達に歓声が沸き起こった。アルフレッドはそれに応えるように手を振りながらサブローの側に行くと、彼に跨って帰路についた。
アルフレッドの背中に向かい頭をただ静かに下げたロイは、アルフレッドが真剣勝負をしてくれ少しでも認めてくれたことに感謝の気持ちを表していた。
その日の朝食はいつもより少し豪勢であった。今日のことをおそらくハーマンから聞いたのであろう、珍しくクリスとユリンも揃っての朝食にロイは落ち着かなかった。それもそのはずだ。2人はロイに直接聞いては来ないが朝からご機嫌で、今日の結果を心から喜んでいるからだ。
直接聞かれないが自分の恋愛を親が見守っている気持ちにロイは襲われる。少々不貞腐れているロイの態度が子供っぽく見えてしまい、2人は幼いロイを思い出してまた笑っていた。
クリスから久しぶりに一緒に登城しようと声をかけられたロイは、断る理由もないため馬車に2人で揺られて城へ向かう。クリスは声をかけてきたが特に会話をするのではなく、ただロイと2人で過ごすこの時間を楽しむように微笑みながら外を見ていた。
ロイも特に話す内容がないためクリスとは逆の窓から外を眺める。城が近づいてきた時不意にクリスが笑ったためクリスの方を見ると、クリスは無言で窓の外を指差した。
「えっ?!」
ロイはクリスが示す先を確認すると思わず声を漏らしてしまった。その反応を楽しむようにクリスはまた笑う。ロイはそんなクリスの反応に構う余裕はなかった。窓から目が離せずあからさまに動揺していた。ロイの視線の先にはキャロラインが1人で佇んでいたのだ。
「お前を待っているんだろうな。」
「えっ?!アルフレッド殿ではなくて?」
思わず間抜けな声を出してしまう。そうであって欲しいがそれはあまりにも自分に都合が良すぎる。そんなわけないとどこかで思わないと嬉しくてにやけそうになってしまう。
「あの目は想い人を待つ目だ。……ユリンの若い頃を思い出すよ。」
笑いながら両親の惚気話を聞かされて少々うんざりしているロイの側で、クリスは馬車を操縦する従者にここで止まるように指示を出す。従者は驚きつつも他の馬車の邪魔にならない場所に停めると、驚くロイをよそにクリスは馬車を降りてしまった。
「父上!」
慌ててロイが馬車の上から声をかける。まだ城までは距離がある。なのにクリスは従者に帰宅するよう指示を出していたのだ。
「お前も降りないのか?私は彼女にご挨拶をしようと思ってね。たまの散歩もいいだろう?」
意地悪そうに笑うクリスはそのままキャロラインに向かって歩き出した。ロイは慌ててクリスを追いかける。どんな顔をしてキャロラインに会おうかなど格好つけたい思想はもはやどこかへ行き、今はクリスが余計なことを言わないかそれだけが気がかりだった。
ロイが走ってくる姿を見つけたのだろうか。キャロラインはロイを見つけると満面の笑みを浮かべる。その可愛らしさに胸が締め付けられる。本当にロイを待っていたのだと分かると今にも抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死だった。走りながら無駄に難しい今抱えている案件を考え出す。途端にどうしようもないほど面倒臭い感情に切り替わり、そのお陰で浮かれている思想を消し去ることに成功し、キャロラインの元へ向かうことができた。
「ロイ様!」
クリスより先へと急いで駆けつけたロイをキャロラインが満面の笑みで迎えてくれる。そのまま何か話そうとした瞬間、彼女はロイの後ろに視線をやると口篭った。すぐに何が起こったかロイは理解できた。クリスが追いついてきたのだ。
「初めましてキャロライン嬢。私はロイの父親。ロイがお世話になっているね。」
ロイの後ろにいたクリスと面識がないキャロラインは、クリスが名乗ったことであからさまに動揺しだした。無理もない。事前連絡もなく何も心の準備もしないまま好意を伝えている相手の親が挨拶に来たのだ。緊張するに決まっている。
「ロイ様のお父様でしたか。ご挨拶が遅れました。キャロライン・ハンスリンです。ロイ様には私の方がいつもよくしていただいております。」
キャロラインは丁寧な挨拶をしてみせた。ただの道端でするには不釣り合いな挨拶かもしれないが、相手は公爵でもある。失礼な振る舞いが出来るわけがない。
「息子がよくしていますか……。それはよかった。それにしてもお父様とはいい響きだな……ロイ?」
楽しそうに話を振るクリスをロイは一刻も早く立ち退かしたかった。せっかく会えたのにただの邪魔に思えて仕方ない。そんなロイの対応に気付いたのかクリスは笑いながらロイの肩を叩いていた。
「会えたよかったよ。ロイに用があるのだろう?私はこれで失礼するよ。キャロライン嬢、これからもロイをよろしくね。」
クリスは茶目っ気たっぷりにウインクすると、ロイの背中を一回叩き城に向かって歩いて行ってしまった。まるで頑張れと激励されたかのようなその叩きにロイは真っ直ぐキャロラインを見つめた。
「キャロライン、どうしたの?」
ロイの問いかけにキャロラインは急に表情を曇らせてしまった。あれほどロイを見つけて嬉しそうにしていたのに、今では真逆の反応にロイはたじろいでしまう。
「兄が……父が……大変失礼致しました。」
キャロラインは言葉に詰まる様に伝えると深く頭を下げた。その体は小刻みに震えており、何かに怯えている様であった。
「キャロライン……顔を上げて。歩きながら話そうか?」
ロイはいつもよりさらに優しく話す様に心がけると、キャロラインはゆっくり顔を上げて頷いてくれた。流石に手を繋いで歩くことはできないが、2人は馬車が通れない路地裏を通り並んでゆっくり歩き出す。始業までには時間はまだ十分にある。急ぐ必要はなかった。朝の路地裏は人通りが少なくすれ違う人物はまばらだ。ここなら人目を気にせず話せる環境であった。
「キャロライン、お義兄さんのことは気にしてないよ?」
歩きながらロイが言葉を選ぶ様に伝えると、キャロラインの肩が大きく跳ね上がった。やはりキャロラインは今朝のことを気にかけていたのだ。
「……ロイ様お怪我は?あの兄を相手したのです。無事なわけ……」
「怪我はないよ?本当に無傷。」
キャロラインの言葉にロイは言葉を重ねる。少しでも早く彼女の不安を取り除きたかった。
「兄が朝……父に報告していました。ロイ様が勝たれたと。本当なのですか?」
「本当だよ。君のために勝った。少しは認めてもらえたんだ。」
「…………あまり無理なさらないでください……。」
「キャロライン、僕は君に伝えたよね?君を幸せにしたいって。そのためならどんなことも乗り越える。それをやっただけだよ?」
「でも……あの兄と戦うなど……。何かあったら私……。」
「ありがとうキャロライン。心配かけてごめんね。僕ね実は鍛えていたんだ。この日のために。」
「兄も言っていました。ロイ様は騎士並みに強いと。」
「全て君のためなんだ。何年も実は鍛えている。お義兄と戦うためにね。」
「……それはどういう意味で?」
「それは離せば長くなるから……今度会う日にきちんと伝える。それでいいかな?」
「また会ってくれるのですか?」
ロイの今度会うという言葉にキャロラインは目を輝かせながら聞き返す。先程までの不安を消し去る様な表情は希望を見つけたようであった。
「もちろん!会わないと思ったの?」
「はい。お兄様のせいで嫌われたと思いました。」
キャロラインからの嫌われたという言葉にロイは思わず足を止めてしまった。キャロラインは数歩進んでロイが立ち止まっていることに気がつき振り返ると、ロイは信じられないものを見るような目をしていた。
「ロイ様?」
「キャロライン、聞き間違いじゃないよね?」
「何がですか?」
「僕に嫌われたと思ったの?」
「はい。それが不安で……謝りたくてここまで来ました。」
「キャロライン……自惚れや勘違いだったらごめん。その……君の言葉はまるで……私を好きだと言っているように感じるんだけど……。」
「………………はい。父や兄にロイ様のことを反対された時、ロイ様とは離れたくないと1番に考えました。その時気付きました……。お伝えすることが遅くなってごめんなさい。ロイ様のこと……お慕いしています。」
キャロラインが恥ずかしそうに俯くのと同じタイミングでロイがキャロラインを抱きしめていた。考えるよりも先に身体が動いてしまった。ゆっくり進めばいいと思っていた。聞いてから触れるつもりだった。だが予想外の言葉の破壊力は凄まじく、ロイが気付いていた時にはキャロラインを抱きしめていた。
「ごめん……嬉しくて。」
ロイが申し訳なさそうに呟くとキャロラインは遠慮がちにロイの背中に手を回す。言葉はなかったがキャロラインからの応えであった。
ロイはその気持ちが嬉しくてキャロラインをより一層抱きしめる。誰もいない路地裏は今は2人だけの時間だ。言葉は何もなく2人はただ黙ってお互いの温もりを感じていた…………………………ため、時間を忘れたロイは人生で初めて遅刻をするのであった。
お読みいただきありがとうございます
これで課題6はお終いです
明日からは課題7が始まります
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




