課題6 決闘をやり遂げろ②
時を少し戻してアルフレッドが仕事を放棄して数分後、彼の姿はハンスリン邸にあった。
本来いない時間のはずなのにアルフレッドがもの凄い剣幕で帰宅したため、使用人達は怖気付き使用人頭であるバロックを呼びに誰も動くことができなかった。
それをいいことにアルフレッドはもの凄い勢いで邸の廊下を進む。
「キャロライン――!!!」
騒がしい足音が近づいてきたと思った瞬間、ネモが外を確認に行くよりも早く扉が開き、そこにはキャロラインもネモも予想外の人物……アルフレッドがいたために、2人は息を呑んだ。
「どうしたのですかお兄様……。今日も定時までお仕事のはずでは?」
今朝聞いたばかりの予定では今日もいつも通りの帰宅時間だった。だから今日もロイのためにガトーショコラの練習をしていたのだが、焼き上がりより前にアルフレッドは帰ってきてしまった。
「キャロライン……兄が早く帰ってきてはいけないのか?」
「いけないなどではなくて……突然帰って来られたので驚きました。どこかお身体が悪いのですか?でしたらお部屋でお休みください。」
「キャロライン……このお菓子は兄のためではなかったのか?」
悲しそうに見つめてくる瞳は、キャロラインの小さな嘘を気付いてしまったと教えてくれる。
「お兄様……」
キャロラインは返す言葉が見つからず、ただ名前を呼ぶことしかできない。
「キャロライン……お前を誑かすのは……シュバルツ家の長男か?」
「ロイ様は誑かしてなどおりません!!」
「ロイ!お前はあいつのことを名前で呼んでいるのか?!」
「あっ……!」
キャロラインは思わず口に手を当ててしまった。アルフレッドからの挑発でついロイの名を溢してしまったのだ。本当はまだ名前を知られたくなかった。ロイに迷惑をかけるのは分かりきっていたからだ。
キャロラインは血の気が引いていく感覚に襲われる。口から出た言葉はもう戻すことはできず、アルフレッドは疑惑から確認に変わったその人物に明らかに怒りを向けていた。
「キャロラインを誑かすなど許されるものか!」
「アルフレッド様!お待ちを!!!」
どうすることも出来ず立ち尽くしていたキャロラインは何もできず、その代わりネモが動こうとするが、冷静さを失ったアルフレッドを止めることはできず、アルフレッドはもの凄い剣幕でキャロライン達の前から姿を消してしまった。
「キャロライン様……大丈夫ですか?お気を確かに!」
ネモの必死の言葉はキャロラインの耳に届かない。キャロラインはこのままロイとの関係が終わってしまうかもしれないことへの恐怖に、初めて兄に怒りを覚えていた。
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その日の夜、夕食の時間が家族会議となってしまった。職務を放棄したアルフレッドに対して一通りロバートが説教した後、話題は何故アルフレッドが職務を放棄したかになってしまった。
そこでアルフレッドから事細かに詳細を聞かされたロバートは、やはりアルフレッドと同様にロイに対して怒りの感情を露わにしていた。次第に話題はロイに対して、有る事無い事の文句まで言い出す次第だ。
「あんな外交官のいかにも弱そうな若造が、我がハンスリン家の娘と親しくなるなど、相応しい訳がない!」
「同感です!父上!!キャロラインに似合う男は私のように強い男です!」
「そうだ!キャロライン!私がいい男を紹介しよう。部下には優秀な奴が沢山いる。私が選ぶ男だ!強い男は保証済みだから安心しなさい!」
「でしたらやはり第一師団からでしょうか?そしたら私は義弟が部下になるわけですか!それも悪くないですね!!」
「キャロラインよかったな!お前に相応しい男をすぐに紹介するから安心しなさい!」
「父上の紹介なら間違いない!キャロラインよかったな。私も安心してお前を任せられるよ!!」
2人の話を静かに聞いていたエリーヌは心配そうにキャロラインに目をやった。俯いたまま何も言葉を発しないキャロラインを流石にこれでは不憫だと考えエリーヌが2人の会話を止めようとした矢先、机が激しく1回叩かれた。
あまりの音に話が盛り上がっていた2人も会話を止め音の方に目をやると、2人とも目を丸くさせた。
そこには机に両手をつき立ち上がっているキャロラインがいたのだ。
今までのキャロラインならロバートやアルフレッドの言葉を素直に聞き何も反抗してこなかった。だからこそあからさまに反抗した態度をとっているキャロラインに驚いていた。
「キャロライン?」
「どうしたんだキャロライン?」
2人がしどろもどろに尋ねてくる言葉に、キャロラインは俯いていた顔を上げ真っ直ぐ前を見ると、2人を睨みつけた。そんな態度も初めての2人は完全に怖気付いていた。
「黙っていれば言いたい放題……私は2人の操り人形ではありません!!!」
「キャロライン、父はそのように考えていないぞ?お前の幸せを考えてだな……」
「私の幸せとは何ですか?お父様やお兄様が認めた相手と結婚することですか?」
「そうだ!強くてお前を守ってくれる男と結婚すれば、お前は幸せなんだよ。ほらお母様も幸せだろう?我が家の家訓を忘れたのか?筋肉は裏切らない……力が強いことは大切なことなんだよ。」
「そのために好きではない相手と結婚しろと?」
「安心しなさい。キャロラインのことを好いてくれる心優しい男を選ぶから。確かに最初は好きではないかもしれない。だが生活すればいずれ……な。」
「好きになる保証はありますか?好きな方がいて……知らない男と結婚する……それのどこが幸せなのですか?!相手の方にも失礼ですし、そんな生活私は幸せではありません!」
「なっ……キャロラインお前はあの男が好きだと言うのか?!」
ロバートの問いかけにキャロラインは息を呑んだ。はっきりとした感情はまだ認めていなかった。でも好きでもない相手と結婚させられそうになった時、初めて大好きな父や兄の勧めでも拒絶の感情が湧き上がった。その時確信した。ロイ以外とそのような関係になりたくない……もうロイを好きという気持ちを誤魔化したくなかった。
「お慕いしております!私はあの方以外とお付き合いをするなど考えられません!!」
はっきりと聞こえるキャロラインの声に2人は言葉を失った。初めてのキャロラインの拒絶とキャロラインからの初めての意思表示に2人は戸惑っていた。
「お父様もお兄様も私が夜会でどれだけ苦労しているかご存知ですか?」
「キャロライン!お前まさか嫌がらせを受けているのか?」
「誰だ!そんな不届者!この兄が懲らしめてやる!」
「……私は夜会で素敵な方と出会い恋をするのに憧れていました……。ですがどの方でも私の名前……ハンスリン家と知ると手のひらを返したように逃げていくのです。それがどういう意味か分かりますか?」
「我が家に相応しくないと判断したんだな。情けないが決断が早いのはいいことだ!」
「何がいいことですか?!名前を聞いただけで……お兄様と戦うのが怖いと逃げられるのですよ?!私のことなど知ろうとはせず、私自身を見てくださらない……それがどんなに傷付くことかお2人は分かりますか?」
「……だが弱い男はお前に相応しくない!確かに傷付くかもしれないが、深い仲になる前でよかったのではないか?」
「何がいいことですか?!私の存在を消されたような気持ちが良いわけないではないですか!!!私はキャロラインです!お兄様でもお父様でもありません!!!」
「……………………」
「私は強い方など求めておりません。ただ心から私を愛し、私を見てくれる……そんな方と出会いたいと思っていました。……そんな時に声をかけてくださったのがロイ様です。あの方は私の名を聞いても逃げることはしませんでした。いつも優しく温かい言葉をかけてくださり、私を幸せにしたいと仰ってくださったのです。お兄様のことやお父様のことだって……私を幸せにするためなら乗り越える……そう伝えてくださったのです。そんな方今まで1人も出会っておりません。私の傷ついた心を癒してくれた素敵な方を……お父様もお兄様も外見だけで判断しバカにして……。お2人が行ったことは、夜会で私を傷付けた男性達と同じことです!!」
「キャロライン……落ち着きなさい。」
「落ち着くことなどできません。私の幸せを願うならどうして温かく見守ることができないのですか?!そんなに私の行動は不安なのですか?信じてくださらないのですか?」
「キャロラインそれは誤解だ。お前のことはもちろん信じている。」
「ならばこれ以上口を出さないでください!私は家のために結婚などしません。私自身の幸せのために結婚します!それでもまだ強い男と結婚しろと仰るなら……私はこの家を出て行きます!」
「キャロライン、それはやめなさい!」
「ではこれ以上邪魔をしないと約束してください!!もしうまくいかなかったとしても、それはそれです。成長するために必要なことだと受け止めます。」
「……分かったキャロライン。もう男を紹介するとか言わないよ。」
「お父様ありがとうございます。……お兄様は?」
「…………キャロライン、そうしたい気持ちは山々なのだが……実はあの男に明日決闘を申し込んだ。向こうも受け入れてくれたんだ……」
「おおそうか!ならば強さはお前が調べることはできるな!」
「2人ともいい加減にしてください!!!お父様何も分かっていないではないですか?!お兄様……なんてことをしてくれたんですか?!これでロイ様に嫌われたら……。もうお2人のことは大嫌いです!!!」
キャロラインは2人を睨みつけるとそのまま食事の途中であったが、部屋に帰ってしまった。残されたロバートとアルフレッドの悲鳴が聞こえるがそんなことどうでもいい。2人のことよりもロイが明日怪我をすること、そしてロイに嫌われることが何よりも怖かった。
いつのまにか流れ出した涙を拭く余裕もなく、キャロラインはそのまま部屋に閉じこもってしまった。残りの食事がネモによって運ばれたがそれに手をつけることもせず、心配で部屋に入りたいネモの入室を拒絶し、キャロラインは寝台の上で布団に包まり泣き続け、そのまま眠ってしまった。
部屋の外からキャロラインのすすり泣く声を聞いていたネモは、泣き声がしないことを確認してから中へ入ると、泣き疲れたキャロラインの姿が目に入る。
キャロラインに布団を掛け直し部屋の明かりを落とすとそのまま踵を返し、食堂へ向かう。
食堂では未だエリーヌとバロックによってロバートとアルフレッドが説教を受けていた。
それにネモも加わわりキャロラインの部屋の様子を伝えると、エリーヌとバロックはさらに怒り、2人への説教は日付けが変わるまで行われるのであった。
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