課題5 熊の襲来を回避せよ①
「おはようロイ。」
仕事場の部屋へ入る前の廊下で、明らかにロイを待ち伏せていたであろう人物が楽しそうに微笑みながら声をかけてきた。ロイはそんな彼とは正反対の面倒臭そうな顔をしてため息を吐いた。
「……なんですか。」
「朝から君は冷たいな。流石の僕も傷付くけど?」
「それは失礼しました。ご用件は何でしょうか?これから仕事なのですが……」
「知っているよ。だからフランには君を連れ出す許可はもらったよ。大切な話があるんだ。僕の部屋に来てくれないかな?」
「……今からですか?」
「ああ。できるだけ急いでくれ。猶予はあまりないんだよ。」
猶予がないと言われればのんびりしている暇はない。
「分かりました。鞄だけ置いたらすぐに向かいます。」
「じゃあここで待ってるからすぐに来て。」
「分かりました。」
ロイは早歩きで自分の机に向かうと鞄だけ置き、フランに行き先を伝えて部屋を出た。フランは本当に事情を知っていたらしくロイに急がなくていいと伝えてくれ送り出してくれた。
ロイは待たせていた人物に合流すると、何故か遠回りの人気がない廊下を進んで目的の部屋へ向かった。
ロイが向かった先の部屋は落ち着いた調度品が揃えられており、その置かれた調度品の派手さはないが精巧な作りを見れば、かなり質がいいものというのは誰が見てもわかるものであった。
余分なものがないすっきりとした部屋であるが、壁一面に本がびっしりと並べられており、部屋は本の独特な香りに包まれていた。
ロイを呼び出した人物に促されるままソファに座ると、目の前のソファにその相手も座る。
「こんな時間から何のようですか?しかもわざわざ人目につかない廊下を選ぶなど……何かありましたか?」
ロイが怪訝そうに尋ねると、尋ねられた本人はただ嬉しそうに笑っていた。
「君は相変わらず察しがいいね。心当たりはないの?」
「昨日の休みの件……ですか。」
「わかっているじゃないか。僕はね君のことが心配で声をかけたんだよ。」
「面白がっているのではなくて?」
「面白がる……まあそれもあるかな――。ただね兄上が心配していたから、こうやって声をかけたんだよ?」
「ウィリアム殿下のお心遣いには感謝します。」
「僕は?こんな朝早くから君のために動いたのに。」
「別に早く動かなくてもよかったのではなくて?」
「……あの時僕が来なければ、君は間違いなく今、熊に襲われていたと思うよ?」
「…………始業前に?」
「正確に言えば登城してすぐ、仕事場に向かう前に君のところに来ていたと思うよ。兄上はそれを心配して私に声をかけたんだから。」
「ジル殿下……朝からありがとうございます。」
ただ名前を呼んだだけなのにジルは酷く不機嫌な顔をした。
「大変不機嫌な顔をされていますが……何かありましたか?」
「君のせいだよ。」
「私のせい?」
「君はいつになったら覚えてくれるんだ。はぁ……その顔は全く心当たりがないと言っているのも同じだな。名前だよ、名前。」
「そんなことでしたか。」
「そんなこととは……君ね、僕は君にだけはいつだって敬称を付けずに呼んで欲しいんだよ。それを何度伝えたらわかってくれるんだ?」
「お気持ちは嬉しいですが……今は立場がございます。」
「わかっている。だからこそ2人っきりの時だけでいいと伝えたはずだ。ただでさえ成人してから周りの目の色が変わったように対応されるのに、君にまでそんな反応されたら……ジルという私自身が潰されそうなんだよ。君は私の数少ない本当の友人なんだから。」
「わかりました。……ジル。」
「うん、君に名前を呼ばれるのはいいね。」
「それはよかった。ジル、ウィリアム殿下にもお礼を伝えてくれないか?」
「それは伝えておくよ。……ロイ、僕は君の味方だからね。なんてたって長い初恋……応援しないわけにはいかないね!」
「ジル!そのことウィリアム殿下には?」
「伝えるわけないだろう。ただ兄上は勘が鋭い。ロイがあんな場所に1人でいることは疑いそうだけどね。まあ今はロイとハンスリン家の令嬢との関係性は気付いていないようだよ。単純に君を心配していたのさ。」
「そうか……。ジル、彼女のことは君だから話した。他の誰も知らないよ。……君は大切な友達だからね。」
「それは嬉しいね!何かあったら伝えるし、困ったら相談してよ。いつでも力になるから。」
「ありがとう……。」
ロイはジルに優しく微笑みかけた。ロイにとってジルは数少ない友人の1人であり、また何でも相談できる親友でもある。ジルの兄はウィリアムであったように、ジルはこの国の第二王子だ。ロイとは同い年で、公爵家であったロイは身分が申し分ないということでジルの遊び相手として抜擢されて以降、ずっと親しくしている間柄だ。ロイがジルを信頼しているのと同じようにジルもロイを信頼しており、2人の間には強い友情が築かれていた。
ウィリアムは第一王子であり剣術にも優れてきたため、表立って活動することが多いが、ロイはどちらかというと頭が冴えるタイプであるため、第二王子の立場からウィリアムを支え、様々な計画を立てたりするのが得意であった。
第一王子と第二王子、どちらを次期国王にするかと変な考えをおこす輩や派閥ができないのは、ジルが進んでウィリアムを立てることが功をなしていた。
ジルとロイは共に計画を立てるのが得意なため、お互い考えに行き詰まると、お互いの意見を求めるなど、仕事上でも支え合える関係性であった。
しばらく話し込んだ2人であったが、流石に仕事があるためロイは部屋を後にする。帰り際ジルがもう一度気をつけるようにと声をかけてきたため、それに応えるように手を振って別れたが、ジルが懸念した問題は思いの外早く訪れた。
――――――――――――――――――――
「ただいま戻りました。」
ロイが仕事部屋へ帰ってくると、一斉に同僚の視線を浴びた。部屋に戻ってきた際に声掛けをするのはいつものことであり、誰もが行っていることだ。いつも通りで何ら問題はなさそうだし、いつもは仕事が忙しく誰も顔を上げてくれないのに、今日は部屋にいる全員が顔を上げロイを見てくるので、嫌な予感に襲われる。
まさかと思いつつ自らの机に戻れば、見慣れた文字のメモが置かれている。
その文面を確認すると、ジルがあの時呼び出してくれて本当によかったと感謝しているロイがいた。
メモには
――――――――――――――――――――
第2会議室で熊が待っている。
すぐに来るように!!!
フラン
――――――――――――――――――――
と書かれており、ジルの予想通り熊と書かれている相手、アルフレッドがロイを訪ねてきたことがわかった。フランの「すぐに来るように!!!」の文字の書き方から必死さが伝わってくる。フランは外交での手腕は凄いが、剣術はあまり得意ではない。そんな相手がミソニの大熊と呼ばれ恐れられているアルフレッドと会議室で一対一というのは、フランにとってはかなり恐ろしい状況であることはなんとなく察することができる。
時計を確認すると始業開始時間から随分時間は経っていた。ジルの予想通り登城してすぐこの場所に来たとすると、かなりの時間会議室に閉じ込めていることがわかる。
どんな状態で訪ねてきたかは不明だが、フランの文字を見れば穏やかではないことだけはわかる。
「第2会議室へ行ってきます。」
小さい声で行き先を告げれば、気の毒というような目で同僚が見送ってくれる。
ロイは覚悟を決めるとフランにこれ以上迷惑をかけないように、いつもより早足で第2会議室を目指すのであった。
お読みいただきありがとうございます
本日より課題5の始まりです
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




