課題4 2人の関係を誤魔化せ④
「…………珍しいですね。」
夜ご飯の時間となり食堂へ向かったロイは先に席に着いていた人物を見て表情には出さなかったが驚いていた。
「仕事が早く片付いたんだ。久しぶりにお前と夜を共にしようと思ってな。」
「そうでしたか……。母上は?」
「友人と食事だそうだ。だから今夜は久しぶりに2人だけだな。」
「……父上と食事など久しぶりですね。」
「一緒に取れなくてすまない。」
「お仕事お忙しいのですから。それに私も仕事で帰宅が遅いことはあります。仕方のないことです。」
「そうだな……。お前の活躍は耳にしているよ。よく頑張っているな。」
「ありがとうございます。フランさんのお陰です。」
「フランには感謝してもしきれないな……。私も彼のお陰で今があるからな……。」
「父上……」
「何やら暗くなってしまったな。久しぶりのお前との食事だ。楽しもうではないか。」
「はい。」
ロイは久しぶりに父親であるクリスと食事を共にした。親子の関係が悪いわけではないが、クリスは現在財務大臣の役職を与えられておりとても忙しい身なのだ。生活リズムはバラバラでなかなかロイと生活リズムが合わないため、邸で顔を合わすことはなかなかなかった。
ロイは幼い頃から父親を尊敬している。父親の姿を見て育ったロイは彼のように王族を支えたいと決意し今の仕事に就いている。
クリスもそんな息子のことを誇りに思っていたが、ロイに幼少期辛い出来事を経験させているため、どこか彼に遠慮して付き合う節があった。
久しぶりの父親とだけの食事に緊張をしていたロイであったが、やはりそこは親子だ。次第に会話が弾みいつも静かな食卓が今日は賑やかに感じる。1人で取る食事は味わって食べてはいるが、食事に時間をかけることもせずすぐに自室へ帰っていた。だが誰かと共にする食事はゆっくり進み、気がつけば食卓に着いてからもう1時間が経過しようとしていた。
「ロイ、お前お酒飲めるようになったんだな。」
ワインを口に含んだクリスが考え深そうに呟く。その表情は父親そのもので息子の成長をとても喜んでいた。
「嗜む程度です。ですが……赤は苦手ですね。」
ロイはグラスに注がれていた白ワインに目をやる。成人をして働くようになってから付き合いで飲むようになった。だが父が好きな赤ワインはまだ受け入れられず、白を好んで飲むようにしている。
「白でも甘いものを好むとは……甘党のお前らしいな。」
「父上はお好きな赤を飲まれたらいいのに。食事に合いますか?」
「……まあたまにはこんな日があってもいいよ。お前と飲めるんだからな。」
クリスは微笑むとグラスに残っていたワインを飲み干した。
気付けばボトルは1本空になっており、お酒もいい感じで回ってきた。ロイもグラスに残っていたワインを飲み干すと、お酒の力を借りるように話を始めた。
「父上、何かお話があるのでは?」
ロイの問いかけにクリスは手に持っていたナイフを一瞬ピクッと動かした。ロイはクリスが食堂にいる時からずっと気になっていた。仕事がいくら早く片付いたからと言ってもあまりに帰宅時間が早い。母親であるユリンが出かけていることもおかしい。今朝、朝食を共にした時は出かけるなど一言も言っていなかった。出かける予定があれば必ず報告するユリンが、朝顔を合わせたロイに何も告げなかったのは不自然なのだ。
そして食事の用意が出来たとこを告げにきたハーマンがクリスが食卓を共にすることを一言も言わなかったのもまた不自然すぎるのだ。そのような行動をするなど何か話があるに決まっている。そう予想はついていたが、クリスの先程の反応からその予想は間違っていないことが確信に変わった。
「察しがいいな……お前は。」
「父上の子供ですから……」
「誇らしいよ。お前の考えてる通り話があったから早く帰ってきた。」
「母上を遠ざけるほどの話ですか?」
「お前に配慮したつもりなんだよ……。ユリンにお前の恋愛話を聞かせてよかったか?」
クリスの少し楽しそうな言葉にすかさず部屋の隅に控えているハーマンに目をやるが、彼は首をゆっくり横に振るためハーマンがキャロラインのことを伝えたとは考えられない。となると可能性として考えられるのは今日の一件だった。
「何の話でしょうか?」
既に核心をつかれてはいるが、それでもロイは誤魔化す。だがそんな誤魔化しはクリスには通用しなかった。
「お前熊騒動に巻き込まれたんだろう。」
「何故それを?」
「陛下から国立公園の柵が一部壊れているから修理のための予算を作るよう指示があってな。それで報告書を読んでみればお前の名前があったから驚いたよ。そしてその場にはハンスリン家のご令嬢がいたと記載があった。お前があんな場所に1人で行くとは親からしたら考え辛い。しかもハンスリン家のご令嬢がたまたまいたなど……そんな偶然あるわけないだろう。」
「偶然かもしれませんよ?」
「お前な……。私を甘く見るなよ。お前が幼い頃言った言葉、私は忘れてないぞ。」
「……!何のことでしょうか?」
「お前この期に及んで惚けるのか?!忘れているようなら私から教えてあげようか?」
「結構です!!!」
「そうか?……それでお嬢さんとはどうなったのかな?」
「……ご想像にお任せします。」
「つれないな。私は協力しようと思っているのだよ?お前があの時の言葉を忘れずにいたことが嬉しいんだよ。」
「協力って……」
「ハンスリン家には個人的にも恩がある。そんな家のお嬢さんだ。我が家に来てくれたらどんなに嬉しいことか。」
「……もう少ししたら、きちんと固まったらご連絡いたします。」
「それでいいのかな??」
「どういうことですか?」
「お前はミソニの若きクレマチスと呼ばれ、策略に優れている。だがな……あの家は一筋縄ではいかないぞ。」
「……それは行動面ということでしょうか?」
「よくわかっているな。そうあの家は頭で考えるより先に身体が動く。だからこそ読めないんだよ。」
「心得ております。」
「そうか……。なら一つ休みだったお前に教えておこう。お嬢さんが騒動に巻き込まれたと聞いた第一師団長は早退したぞ。」
「早退ですか?!」
「考え付かなかったか?彼女の名前を聞いた途端、報告に来た騎士を気絶させ我を忘れて暴れそうになっていた。それを見兼ねてウィリアム殿下が説得を試みたが……埒が明かなくなったのであろう……珍しく大声で帰るように伝えたそうだ。」
「ウィリアム殿下が大声ですか?」
「意外だろう?だがあの2人は旧知の中だ。2人きりだったから王太子の仮面を外していたのかもしれないな。とにかく第一師団長が帰宅するまで城は煩くて仕方なかった。」
「想像していたより凄いですね。」
「後から小耳に挟んだが、妹君が熊と会ったことに動揺したそうだが、1番は男が側にいたことに対して暴れたらしいぞ……つまりお前だ。」
「……間違いなく私ですね。」
「幸いお前の名前を聞く前に男という言葉に反応して暴れたため、お前の名前は聞いてないらしい。だがそれも時間の問題だろう。どうせお前のことだ、お嬢さんと口裏合わせでもしていると思うが、あの思い込みが激しい師団長殿は彼女の説明など耳に届かないかもしれないな。」
「……そうでしょうね。」
「近いうちに……嫌今日中にはお前の名前を彼は知ることになるだろう。」
「……明日は気をつけて出勤します。」
「それがいい。だが何も対策を立ててないこともないだろう?」
「そうですね……。」
「お前の無事を祈るよ。それから、ハンスリン伯爵もこの事は耳にしているぞ。」
「統括指揮官ですからね。報告が上がるのは当然です。」
「ついでに伝えておく。ハンスリン伯爵も報告を受けてからすごい剣幕で仕事をしていたらしいぞ。」
「……父上は何故そんなことまでご存知なのですか?」
「耳がいいんだよ。いろいろあったからね。情報は集めるに越した事はない。」
「地獄耳ですね……。」
「ものはいいようだな。だがお前に有益な情報のはずだ。」
「感謝します。」
「ハンスリン伯爵は節度ある方だ。そして娘を溺愛している。第一師団長殿と同じくらい大変な相手かもしれないが……師団長殿より冷静で頭が切れる分厄介な相手というのを忘れるな。」
「ご忠告ありがとうございます。」
「何か困ったら力になる。息子の幸せを願うのが親というものだよ。さてそろそろ私は部屋へ戻る。」
「ありがとうございます。」
「ああ……温室の花好きに使うがいい!」
「えっ……何故それを……父上!!」
立ち上がり部屋へ戻る途中、クリスは意地悪そうにロイに呟いた。ロイがこっそり用意していた花束のことなどクリスにはお見通しだったのだ。楽しそうに笑いながらクリスが去る背中に向かってロイは珍しく声を荒げるのであった。
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明日からは課題5へ進んでいきます
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