課題4 2人の関係を誤魔化せ③
ネモが嵐が来ると予感して数分後、キャロラインの部屋は本当に嵐に見舞われた。正確には嵐ではないのだが、勢いよく部屋の扉が壊されたその光景は、嵐が通り過ぎたようであった。
邸の中にいて何故扉がそのような状態になったかというと、もの凄い勢いで部屋の扉を開け放たれたからだ。
「キャロライン――!!!!無事か――――!!!!!」
邸中に響き渡る大声に耳が痛くなる。勢いよく開けられた扉は何故か本来ある場所ではなく、扉を開けたであろう人物であるアルフレッドが鞄を手に持つように持っている。
「お兄様!あの……扉……」
「キャロライン!キャロライン!あー本当に無事でよかった。どこか怪我はないか?」
「あの扉……」
「どうしたんだ、目を丸くして。声が出せないほどそんなに怖かったのか!」
「いえ、喋っております。」
「キャロライン!しっかりするんだ!そうだ医者だ!医者を呼べ!バロック――!!バロックはいるか!!!」
キャロラインが目を丸くしているのは、アルフレッドが扉を壊したからに他ならない。アルフレッドがキャロラインの部屋の扉を壊したことはこれが初めてではないが、キャロラインは初めて目の前で壊れるところを見たのだ。
扉のことを気にかけているキャロラインであるが、その声が小さいのか、アドレナリンが出まくっているアルフレッドにはキャロラインの声が届かないのか、とにかくアルフレッドはキャロラインが目を丸くしている理由が自身がもたらしたことだとは微塵も感じていなかった。
キャロラインのことを無駄に心配しているアルフレッドは大声でバロックを何度も呼ぶ。邸中に響くアルフレッドの声がバロックに届くまでそんなに時間がかからない。遠くから廊下を勢いよく走る足音が聞こえてくるが、その足音はバロックであることはキャロラインは容易に想像がついた。
取り乱すアルフレッドを早く鎮めてほしい……キャロラインは早くバロックが来ることを祈っていたが、バロックが来る前にアルフレッドは急に静かになった。
「少し黙ってくださいませんか?」
「おっ……お兄様?!」
キャロラインは一瞬の出来事で理解できなかったが、キャロラインの目の前にはキャロラインに背を向けているネモが、ネモから少し離れた場所にアルフレッドが倒れていた。
「キャロライン様お怪我は?」
「ええ……大丈夫よ。少し驚いただけ。いつもあのように扉は壊れていたのね。」
「驚かせてしまい申し訳ありません。アルフレッド様には再度壊さないよう伝えて参ります。」
「ところでお兄様は?」
「ああ……それでしたら問題ありません。」
「えっと……。」
「どうされましたか?!!!」
倒れている人物に向かって大丈夫と言っていいのか些か疑問に感じていたキャロラインが言葉に詰まっていると、息を切らせたバロックがようやく部屋に到着する。有能なこの邸の使用人頭である彼は、何も聞かなくてもこの状況を見ただけで全てを把握したようであった。
「アルフレッド様が暴れましたか……。ネモ、よくやりました。」
「これ以上放っておいたらキャロライン様に害が生じました。やむを得ず致しました。」
「最善策でしょう。キャロライン様、驚かせてしまい申し訳ありません。アルフレッド様は眠っていますが無事ですのでご安心ください。」
「えっ……ええ……。」
「キャロライン様、アルフレッド様がああなるといつもこのようにして止めております。アルフレッド様も慣れておりますしネモも加減はしております。」
「ネモは何をしたの?」
「……顎を少しばかり触りました。これが効果的ですので。」
「……触った……」
キャロラインはアルフレッドに視線を移すが、顎が赤くなっておりとても触れただけでは済んでないことはキャロラインでも分かる。
そういえば顎を殴ると気を失うと幼少期母親から護身術のうちの一つとして習ったことを思い出す。護身術を身につけることは自身を守ることになるため大切だとは思う。だがそれを実際に使うことも使うのも見るのもこの平和な世の中ではないはずだとどこかで考えていた。それがまさか実の兄がくらっているところを見るとは夢にも思っていなかった。
「キャロライン様、アルフレッド様はすぐにお目覚めになられます。取り乱さないよう私共も注意いたしますので、説明をお願いいたします。」
「ええ……わかったわ。」
バロックの説明を上の空で聞くのと同じタイミングで、アルフレッドは目を覚ました。
「あれ……何故私はここに……。………………そうだ!キャロライン!医者を!」
目を覚ましてぼんやりと天井を眺めていたアルフレッドはすぐに先程の出来事を思い出すと、ついさっきまで倒れていた人とは思えないほど勢いよく立ち上がる。先程と同じようにキャロラインに近づいてくるところで間にネモが立ったため、アルフレッドは歩みを止めた。
「アルフレッド様、いい加減になさいませ!」
「いい加減なものか!キャロラインが目を丸くして言葉が出ないのだ。心配するだろう!」
「キャロライン様は言葉をかけています!あなた様が暴走して大声を出すせいでキャロライン様の声が聞こえてないだけです!」
「そうなのか?!!」
「ついでに言いますと、キャロライン様は熊の件を怯えているのではなく、あなた様が扉を破壊したことを驚き、目を丸くしています!原因はアルフレッド様です!!」
「………………キャロライン本当なのか?」
「……はい。お兄様が扉を壊すのを初めてみましたので……。お兄様お強いのですね。」
「キャロライン!!兄はお前のために強くなっているのだ!それを褒められるとは嬉しいことだぞ!!」
「キャロライン様、変に褒めないでください!つけあがるだけですので。アルフレッド様!キャロライン様が体調を崩された時に壊したため交換したこの扉、半年しか持ちませんでした。この扉、キャロライン様は気に入っていたのですよ!!」
「でもキャロラインは今私のたくましさを褒めてくれた!それでいいではないか!なぁキャロライン?」
「お兄様……。あの……扉は本当に気に入っていました。私のためにと職人の方のプレゼントでお花の彫刻を施してくれていたのです。とても繊細で可愛らしくて……。何よりその方達の気持ちを蔑ろにしてしまった気がしますので……壊れてしまったことは悲しいことです。」
「キャロライン……。私はお前を傷つけたのか??私のせいでお前の大切なものを……」
「あの……お兄様?ご気分が優れませんか?顔色が悪い気がしますが……」
「私がキャロラインを傷つけた……私が……キャロラインを………………あ――――――――なんということだ――――――!!!!」
「おっお兄様?!」
キャロラインが心配でかけた声も聞こえないのか、アルフレッドは大声をあげて部屋を飛び出してしまった。咄嗟に道を譲るバロックはこの展開が読めていたようで流石と言いたくなってしまう。
アルフレッドは雄叫びをあげながら邸中を走り回る。声が大きいためどこにいるかすぐに分かるが、キャロラインの部屋を飛び出してかれこれ1時間経ってもまだ何やら叫んでいた。キャロラインの部屋を飛び出した時に発していた悲壮感漂う声から変わり今は何かトレーニングをしているかのような大きな声が聞こえてくる。
声のする方は窓の外のため外を確認すると、中庭でアルフレッドが大きな塊と素手で相撲をとっていた。
「サブロー?!」
大きな塊は昼間国立公園で暴れていた熊のサブローだ。少し前声がやけに小さくなった時があったが、どうやらサブローを近くまで呼びに行っていたらしい。熊と人が体当たりで戦っている姿は異様であるが、ハンスリン家では特別なことではない。
暴れたりと人に迷惑をかけた熊はアルフレッドがスキンシップすることになっているが、これはそのスキンシップの一つだ。
体力が元から多いアルフレッドだが、感情が乱されると力が何故か暴走し発散しなくてはいけなくなる。その発散のお手伝いとして悪さをした熊を可愛がるのだ。
感情の起伏が激しくなるほどアルフレッドの力も強くなる。
「これは多分……サブロー相当絞られると思います。」
いつの間にか窓辺に来ていたネモが可哀想だというように呟く。いつもスキンシップされる熊は必ず体力の限界まで付き合わされる。
ネモが補足するには、キャロラインによって初めてここまで心を乱されたのでとんでもない量の力を発散しなくてはいけないため、サブローは相当頑張らなくてはいけないということであった。
昼間邪魔をされたサブローに怒りの感情が湧いていたキャロラインであったが、今は同情や哀れむような感情が先決している。どうかサブローが無事でありますようにと願うキャロラインであったが、サブローはこの後キャロラインとアルフレッドの父親であるバロックが帰宅するまで沢山可愛がられるのであった。
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