課題3 ミソニの大熊の妹②
花畑を少し散策した2人はまた元の場所へ戻ると腰を下ろす。腰を下ろしてすぐキャロラインはバスケットから小さな袋を取り出し、それをロイヘ差し出した。
「ロイ様、もしよろしければこちらを受け取っていただけませんか?」
「僕に?開けてもいい?」
「はい。あの……気に入らなければ返して頂いて構いませんので……」
「キャロラインから貰うものに嫌なものはないよ?」
小さな袋を受け取ったロイは、不安そうなキャロラインに声をかけると袋を閉じていたリボンに手をかけて解く。開かれた袋の中には、少し形が歪なクッキーが入っていた。
「これは……?」
「すみません……。こんなお粗末なものを渡してしまって……。やはり嫌ですよね……。」
「違う違う!嫌では決してないんだけど……そのこれ……もしかして手作り?」
「はい……。ロイ様に何かお礼がしたくて執事の方に伺ったら、甘い物がお好きと聞きまして。本当は邸の料理人に作ったものの方がいいことは分かっていたのですが、お礼なのに誰かが作った物を渡すのはなんだか失礼な気がして……。ですが料理を普段やらない私が作ったものを差し出す方がよほど失礼ですよね。本当に申し訳ありません。」
キャロラインは早口に言葉を俯きながら伝えたが、ロイはそれに対して言葉は返さず、その代わりクッキーを口に含んで食べる音を響かせた。
「ロイ様!無理して食べていただかなくても……。」
「無理なものか。キャロライン、これは私が今まで食べてきたクッキーの中で1番美味しいよ。」
「冗談が過ぎます……。」
「キャロライン、冗談ではないよ。確かに美味しいクッキーは沢山ある。だけどね、こんなに僕のことを思って、気持ちが込められたクッキーは初めて食べたよ。どんな美味しい料理でも、気持ちが込められた料理に勝るものはないんだ。このクッキーはキャロラインの気持ちが沢山込められている……。そんなクッキー美味しくないわけがないんだよ。」
「ロイ様……。」
「それにキャロラインが僕のことを思って作ってくれたってことだけで、今僕がどれだけ幸せな気持ちに満ち足りているか知っているかい?キャロラインからの最初の手料理……できるなら大切に保管したいぐらいなんだよ?」
「保管……それは腐ってしまいます。」
「そうだね。だからこれは有り難く食べさせてもらうよ。だけどそうだな……、保管できないのなら、定期的に作ってくれないかな?」
「美味しくないのに?」
「美味しいよ?でも沢山作ればその分練習にもなって、きっと料理人より上手になれる日が来るよ。いつかその誰にも負けない料理を僕や僕達の子供に食べさせて欲しいんだ。」
「こっ子供?!」
「ハハッ、ごめんごめん。気が早過ぎたね。でも僕はキャロラインとそうなりたいと思っている。今の関係から少しずつでも先に進めたいとね。僕がそこまで考えていることをキャロラインも知ってもらわないとね。」
「覚えておきます……。」
「よろしくね。今度は何が食べられるか楽しみにしているよ。」
「ご希望はありますか?」
「君が作ってくれるのならなんでも……。確かに僕は甘いものは好きだけど、キャロラインが作ってくれるものならなんでも好きさ。だからキャロラインが作りやすいものから作ってくれればいいよ。」
「わかりました。あのロイ様……」
「なにかな?」
「いつか……私が全て作った料理でピクニックをしてくださいませんか?」
「君が僕との未来の約束をしてくれるだなんて……。ありがとう、すごく嬉しいし楽しみだよ。」
「頑張って練習します!!」
嬉しそうに目を輝かせるキャロラインを見つめながらまた一つクッキーを口に頬張れば、食べ慣れているものよりも噛みごたえがあるそのクッキーに思わず咀嚼回数も多くなる。だがその固さこそ料理が慣れていないキャロラインが作っていると証明してくれるため、ロイはその食感を嬉しそうに噛み締めるのであった。
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食後キャロラインはロイに連れられて国立公園の森の中を歩いていた。目指すのはその森の奥にある泉で、深い底まで見通せる澄みきった美しい水は美しい青色をしており、花畑と共にこの公園の有名な場所となっていた。
ロイがそこへ行くのを提案した際、一瞬キャロラインの瞳が揺れ動いたように感じたが、すぐにいつもの優しい微笑みを湛えたため、ロイはその表情を少し心に引っかかりながらもキャロラインの同意が得られたので連れて行くことにした。
食事が入っていたバスケットなどの片付けは、いつの間にか側に控えていたシュバルツ家の使用人に任せると、ロイはキャロラインの手を取り歩き出す。
泉までの道は舗装されて歩きやすく、木漏れ日に照らされた道を2人はゆっくり進むため、次第に会話も弾み出す。
「キャロライン、少し気になってるんだけど聞いてもいいかな?もちろん応えなくてもいいから。」
「はい。何でしょうか?」
「キャロラインはどうしてこの場所に来た事がないの?キャロラインに恋人がいなかったとしても、ここは家族にも人気な場所だよ?家族とすら来た事がないのは不思議で。ここはそれぐらいこの国に住む人にとっては馴染み深い場所だから。」
ロイの質問にキャロラインは何も言葉を返さず、その代わりロイの手を強く握ってきた。何か伝えたいことがあるような、言いづらいことでもあるのか、不安そうな感情が手から伝わってくる。
「ごめん……無理して話さなくていいし、これは聞くべきことではなかったね。家族でも訪れた事がないということは……キャロラインだけでなくハンスリン家に関わることだろう?それを赤の他人の私が根掘り葉掘り聞くべきことではなかったね。さっきの質問は忘れて。ほらもう少しで目的の場所だから。本当に美しいんだ。キャロラインもきっと気に入ってくれるよ。」
ロイは話題を逸らすのに必死だった。キャロラインの態度から知られたくない内容であることは想像できたし、何よりネモに家の大切な情報は調べないと約束したはずだ。その言葉を簡単に反故しているのは間違いなくロイ自身だ。
ロイが話題を切り替えても、その話にすらキャロラインは応えてはくれない。ただ黙って何かを悩み考えているような表情を浮かべ、歩みを進めているだけだ。
ロイは踏み込み過ぎたと後悔し始めた。念入りに情報収集にあたり、少しずつ近づく計画だった。計画は順調でキャロラインの口から友達以上になれたのに、それが嬉しくて気が緩んでしまい、キャロラインが話してくれるまで待つはずだった疑問を、何の準備もせず聞いてしまった。
こんな失敗らしくなかった。ロイは完璧な情報と戦略を準備した後、それを付け入る隙を与えないほど完璧に作戦通りに崩すことを常に行っていた。だからこそ今回の行動はロイらしくなく、キャロラインに対しては冷静な判断をする能力が劣っていることを痛感する。
今後はこのような失態がないようにしないといけないが、まずは今この現状をどうすべきか考えを巡らす。だが全てが予想外の状況への対応は、ロイにとっては実は初めての出来事で、どう対処すべきか悩んでいた。
話すべきか迷っているキャロラインと、対処の方法を探すロイの2人からは会話は無くなり、今ではただ無言で歩くだけの時間となっていた。
少し前まで楽しいはずだった散策は、今は目に映る景色すら色褪せて見えるほど何も感じなくなり、ただ時だけが過ぎてきていた。
何か話さなくてはと考えを巡らすほど、何も考えが浮かんでこず焦るロイであったが、その感情はこれから起こる出来事によってすっかり消し去ってしまうのであった。
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