プロローグ
「君はとても素敵だ。私はあなたのような人と出会いたいと思っておりました。この出会いは奇跡です。どうかあなた様のお名前を教えてくださらないでしょうか?」
「名前を聞いても驚きませんか?」
「まさか!名前で何故驚くのですか?私はあなたと末長くお付き合いしていきたいと考えているのですよ。」
何度となく言われた台詞。でもこれできっと最後。必ず今回は幸せになれるはず……。胸の前で合わせた手をギュッときつく握り、大きな目で相手を見つめると彼女ははっきりと自身の名前を名乗った。
「……キャロライン・ハンスリンです。」
「キャロライン……美しいお名前ですね。キャロライン・ハンスリン…………ハンスリン?ハンスリンとはもしかして……ミソニの大熊の……あのハンスリン?」
「ええ……そうですわ。ところであなた様のお名前は?」
「ああ……すみません。少しお酒に酔ってしまったようです。今日は体調が悪いので私はこれで……。」
「あのちょっと……」
先程までうっとりしたようにキャロラインを見つめていた男は、ハンスリンと名前を聞くと真っ青な顔をして脱兎の如く逃げてしまった。
「またでしたか……。」
今回は大丈夫だと信じていたがやはり結果は同じだった。分かりきった反応だったのにやはり何回経験しても傷ついてしまう。
キャロラインはハンスリン伯爵家の長女だ。大きな瞳、艶の良いピンク色の髪、小柄で可愛らしい彼女は普通なら男性は放っておかないはずだ。18歳と結婚適齢期の彼女だが、未だ結婚どころか婚約者すらいないのは、彼女が産まれたハンスリン家が強く関係している。
ハンスリン家は大国であるミソニ国において、長年騎士として仕える歴史ある伯爵家だ。ハンスリン家は非常に騎士として優秀な人材を何人も輩出する、国防において大変重要な家柄で、現伯爵であるキャロラインの父であるハンスリン伯爵は、現在10師団ある団を纏める統括指揮官、そしてキャロラインの兄アルフレッドは、師団の中でも優秀な人財しか入れず大変名誉ある第一師団長を任されている。
ハンスリン家には代々伝わる家訓が存在する。それは「筋肉は裏切らない」だ。
そのため男女構わずハンスリン家の人々は筋肉を鍛える事を怠らない。キャロラインもある時を境に過度な筋肉トレーニングは行わないが、やはり幼少期からの性分で軽めには鍛えているため、ドレスで隠れてしまうがかなりスタイルはいい。
ハンスリン家に産まれると男子は騎士となるための独自の英才教育を、女子は優秀な騎士の元に嫁ぐのが素晴らしいことだと教えられていた。
キャロラインも例にも漏れずその教えのおかげで、結婚願望はあるのだが強い男性の元へ嫁ぎたいとどこかで考えており、その考えを改めたいと切に願っていた。
キャロラインの家柄を考えれば、引く手あまたであるはずなのだが、先程の男性のように名前を聞くと恐れられてしまうのは、兄の影響が強い。
アルフレッドはハンスリン家の中でも歴代最強と言われるほど強かった。それはハンスリン家に収まらず、ミソニ国一の騎士として最強の騎士でもあった。
彼は別名「ミソニの大熊」と呼ばれていた。それは彼の見た目が身長が高く筋骨隆々で熊のように見えるためでもあるが、その呼び名になった本当の理由を語るには彼が10歳の時まで遡らなければならない。
10歳のアルフレッドはその当時から筋肉トレーニングを欠かさず、すでに10歳とは思えないほど力強かった。父親であるロバート・ハンスリン伯爵はその当時師団長であったため、よくアルフレッドは彼の職場に遊びに行っては騎士達と力を競い合っていた。子供であるはずなのに大人に負けない強さのアルフレッドは、その当時から一目置かれる存在であった。
そんな彼は、ある日家族で訪れたピクニック先で一匹の熊と出くわす。大きな熊はアルフレッドよりはるかに大きく、普通ならば簡単に負けてしまう相手だ。
だがアルフレッドは逃げることをせず、あろうことか絶好の対戦相手が出来たと喜び熊に戦いを挑んだ。
ロバートはそんな息子を守ることはせず見守ることに徹すると、アルフレッドに手加減無用とだけ伝える。
アルフレッドは父の言葉に素直に頷くと、ついに熊と決闘を果たす。
それはあっという間の出来事だった。アルフレッドは熊の懐に潜り込むと、あっという間に熊を投げ飛ばしてしまった。
後から分かったことだが、アルフレッドが倒した熊はミソニ国にいる熊のボスであった。ボス熊はアルフレッドに負けを認めると、その日から彼に従うようになった。ボス熊が従うということは、国中の熊も彼に逆らうことができず、アルフレッドは人でありながら熊のボスに君臨してしまった。
それから人里で熊が作物を荒らしたりすると、アルフレッドが動くことになり、彼が姿を現した途端、熊が大人しくなる姿を見た人々はいつしか彼を「ミソニの大熊」と呼ぶようになった。
アルフレッドの噂は近隣諸国にも伝わり、熊をも操るアルフレッドは近隣諸国からは恐れられる存在となっている。
アルフレッドは見た目は熊のような風貌であるが、笑うととても優しい表情をする。だがそれは家族の前でしかやらないため彼の本当の姿を知る者は少ない。
アルフレッドにはもう一つ有名な話があった。それは妹であるキャロラインのことを溺愛しているということだ。
5つ下のキャロラインが生まれた日、彼はキャロラインが天使のように見えた。このか弱き天使を守らなければと誓ったあの日からアルフレッドはキャロラインを守ってきていた。
それは年月が経つごとに酷くなり、今ではキャロラインを幸せにできる男は、自分を倒してからだと言い出しているのだ。
キャロラインを幸せにしたいが為に行っている行動であるが、結果として邪魔をしているなど本人は気づいておらず、何故キャロラインが結婚できないのかと真剣に悩んでいる。
今回キャロラインが男性から逃げられたのも、アルフレッドのせいであったのだ。国1番の強さを誇るアルフレッドと戦うなど誰も勇気が持てず、キャロラインはこの歳まで結婚できずにいた。
キャロラインは「ミソニの大熊の妹」の他にも「社交界の薔薇」と呼ばれていた。可愛らしいキャロラインには薔薇は強すぎるイメージがあるが、近づくと棘がある薔薇のように近付いたらアルフレッドというお揃い番犬がいることに由来していた。
今夜も社交界に顔を出せば、キャロラインの顔を知らない男性が声をかけてくれた。バルコニーへ移動し今度こそはと思っても、結果的に1人残されたキャロラインは夜風に当たりながら星空を眺める。
「私だって、ただ幸せになりたいだけなのに……。」
「……では私など如何ですか?」
誰にも聞かれないように夜空に向かって呟いただけなのに、その問いかけに対する応えがまさか返ってきて驚いて声の方を振り向けば、銀髪で長身の細身の男性がキャロラインに微笑みながら近付いてきた。
気のせいだと思い周りを見渡しても、キャロライン以外いないこの空間では、間違いなくキャロラインに向けて声をかけていた。
驚き慌てふためくキャロラインをよそにその男性がキャロラインの近くに来たことで、キャロラインは男性の顔をようやく見ることができた。
さらさらの銀髪に長いまつ毛、水色の瞳はとても美しく、女性であるキャロラインですら見惚れるほどの美丈夫だった。
「どうですか?」
何かの間違いだと考えていたキャロラインだったが、間違いなく銀髪碧眼の彼はキャロラインを見つめていた。
「なぜ……私なのですか?誰かとお間違いでは……」
「いいえあなたです。」
キャロラインの言葉が言い終わらぬうちに言葉を被せられ、キャロラインは言い逃れることができない。確かに幸せになりたいと言ったが、あまりの展開に追いつけないでいた。
「あの……失礼ですがあなた様は?」
「これは大変失礼致しました。私はロイ・シュバルツ。外交官をしております。」
「シュバルツ次期公爵様でしたか。お顔を存じ上げず大変失礼致しました。」
「お気になさらず、キャロライン嬢。どうかお顔を上げてください。」
言われた通り顔を上げれば、そこでキャロラインはある事に気がつく。
「あの……私のことをご存知で?」
「もちろんですよ。社交界の薔薇……キャロライン伯爵令嬢ですよね?」
「社交界の薔薇ですか?!」
「ご存知ありませんでしたか?人から呼ばれている名など知らなくても結構ですよね。話が逸れましたが私はあなたといつかお話がしたいと思っておりました。」
「私と?」
「ええ……お時間ありませんか?」
「いいえ、大丈夫です。私でよろしいのでしょうか?」
「あなたがいいのです。ではここは冷えますので中でお話でもいかがでしょうか?」
差出された手をどうしたらいいのか迷っているキャロラインの反応に気がついたロイは、すぐに手を下げると少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「申し訳ありません。気が焦っておりましたね。では私の後をついてきてくださいね。」
「はい。」
キャロラインは覚悟を決めると、キャロラインが歩きやすいようにゆっくり歩いていくロイの後ろをついて歩いていった。
ミソニの大熊の妹、キャロラインの人生は、この日から少しずつ変化をもたらしていくのであった。
お読みいただきありがとうございます
本日よりお兄様が強すぎる!
の連載の開始です
力こそ全てで育ち強すぎる溺愛兄を持つキャロラインと
彼女を何としても手に入れたい策略家のロイとの
恋愛物語です!
是非最後までお付き合いいただけると
嬉しいです
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




