王女コリーナ2
「君は一体……」
リーダーが訪ねると、アリスは馬から離れ一礼する。
「差し出がましい真似をいたしました。私は魔道士見習いのアリス。旅の途中、トレルの街に立ち寄らせて頂きました所、警備隊長様から推薦状を頂き、名城と名高いアルバニス城を見学させて頂こうと……」
「そうか。暴れ馬を止めてくれた事には礼を言う。だが姫様の御前に立ち入った事は見過ごせぬ。早々に此処から立ち去るが良い」
「お待ちなさい」
アリスに詰め寄ろうとした初老の騎士を、澄んだ声が引き止める。続いて馬車の中から、一人の女性が降りてきた。
長く艶やかな栗色の髪を揺らし、ゆったりと馬車から降りた女性は、初老の騎士へと歩み寄る。
女性は豪奢な純白のドレスを纏い、頭には金色のティアラ。歳はアリス(の見た目)よりやや上だろうか。
雅やかさを感じさせるその仕種は、彼女が高貴な者である事を如実に示していた。
「私は、その方に助けて頂いたのです。邪険に扱う事は許しません」
「しかし、姫様……」
「私を想っての事であるとは理解しています。それでも、恩義や礼儀を蔑ろにしてはなりません。人の上に立つ者であるのならば、尚更です」
「は……申し訳ありません。アリス殿……失礼いたした」
アルバニス国の王女コリーナは、アリスに向かって頭を下げる騎士に優しく微笑み掛け、アリスの方へ向き直った。
「アリス様、大変失礼いたしました。私はアルバニス王女コリーナ。お助け頂き、真にありがとうございます」
「私などに勿体無い。騎士様も王女様も顔をお上げ下さい。私こそ、出過ぎた真似をいたしました」
「いいえ、私がアリス様に助けて頂いたのは紛れもない事実。ぜひ、何かお礼をしたいのですが……」
コリーナは虚空を見上げ、考え事をする仕種を見せる。暫くして、コリーナはパッと表情を明るくすると、両手をパンと叩き合わせた。
「アリス様は城をご見学にいらっしゃったのでしたね、それでは、私がご案内させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ひ、姫様! それはなりません!」
「今日の公務は終了しています、問題ありません」
「そのような意味ではありません! 幾らウッド殿の推薦があろうと、姫様自身がそのような事を……」
「私自身がご案内してこそ、礼を尽くした事になるのです」
「そ、そうかも知れませんが……」
「分かって頂けましたね。それではアリス様、参りましょう」
慌てふためく騎士を余所に、コリーナは爽やかな笑みを湛えアリスに語りかける。
このコリーナと言う王女は、なかなか勝気で頑固そうだ。
人間の王女は、もっと大人しい物だと思っていた。この時から、アリスにとってコリーナは興味深い存在となる。
「本当に宜しいのですか? コリーナ様」
「勿論ですよアリス様。さぁ、まずはお庭からご案内いたしますわ」
コリーナはそう言うと、アリスに先立ち城へと向かって歩き出す。
少々上手く行きすぎな気もするが、チャンスである事は間違いない。アリスは、慌てふためく騎士達を横目にコリーナの後を追った。
コリーナの案内は庭から始まり、主要な部屋を下の階から順番に回っていく形で行われた。
それぞれの場所で、コリーナはアリスに簡潔な解説を加えていく。それは自慢する訳でも謙遜する訳でもなく、実に客観的で明確な解説であり、人間界に疎いアリスにも充分に理解できた。
案内は上階へと進み、コリーナは4階から5階に繋がる階段の前で立ち止まる。
「申し訳ありませんアリス様、この先はお父様が許可を出した者でなければ立ち入る事が出来ないのです」
「この先には何が?」
「お父様の部屋と玉座の間があります。他にも空き部屋が幾つか。側近の者が使用したり、お客様の控え室などに利用しています」
王政に係わるエリアなら、一般の目に触れさせないのは当然だろう。アリスはコリーナに向かって恭しく頭を下げた。
「コリーナ様、ありがとうございました。大変参考になりました」
出来れば呪いに関してコリーナの話を聞いてみたかったのだが。城の門を潜ってから、ずっとアリスの後ろに騎士達が付き添ってきている。流石に、この状況で呪いの話題を振る訳には行かないだろう。
「それでは、失礼いたしま……」
「そうだ、アリス様。良ければこれから、私のお部屋でお茶でも如何ですか?」
コリーナの無邪気な提案に、アリスよりも後をついて来た騎士達が目を丸くする。
「ひ、姫様!」
「ちょうどお茶の時間ですし、宜しいですか?」
「はぁ……」
最早、騎士達の言葉に聞く耳も持たないコリーナ。アリスにとっては、当然願ったり適ったりの展開ではあるのだが……。
「さ、アリス様、参りましょう。皆の者は公務に戻るように、良いですね」
「姫様! いけません! 下々の者をお部屋へ招き入れるなど!」
大騒ぎする騎士達を完全に無視し、コリーナはアリスの手を掴むと、意気揚々と廊下を歩き出した。