太陽の下2
「えへへ、私ってば術の才能もあったりして」
アリスは自らの本能に従い、その場で仰向けに倒れこんだ。
「以前は、母様とこうして昼寝した事もあったなぁ」
緑豊かな草原で、太陽を一杯に浴びながら昼寝をする。こんな簡単な事すら、十数年ぶりだった。
父である魔王ヴェルナスが死去する以前から、アリスはラジアルより外へ出る事を固く禁止されていたのだ。そう、アリスの母親が亡くなった、あの日から…。
「って、和んでる暇は無かった。取り合えずこの格好じゃ不味いから……」
アリスが立ち上がり、指をパチンと鳴らす。白いドレスが、藍色のジャケットと黒いロングパンツに変わる。
過去に暇つぶしでヒトの書物を読み漁った事があり、ヒトの生活様式は何となくわかる。
更にアリスは、両手の中に先程の水晶玉を召還した。
「トレルの街は……アッチかな」
水晶玉を覗きこみながら、目的地の位置を確認。計算通り、トレルまでは数百mと言った所だ。
「もうちょっと近場でも良かったかなぁ~。でも、万が一失敗して、いきなり人前に現れる訳にも行かないし……仕方ないか」
アリスは水晶玉をカバンにしまい込むと、トレルに向けて歩き出した。
「魔王に呪われたヒトの王か……」
次期魔王としての責任感ゆえ……とは建前である。
アリスは、幼い頃にドラゴンの巣穴を冒険した時のような、頬の緩みを抑えきれないほどの高揚感を覚えていた。
人類を殲滅させられるかも知れない(次期)魔界の王が、今、好奇心とイタズラ心のみで、一国の要へと足を踏み入れようとしていた。
「ふふふ、楽しみ~……ん」
スキップをしそうな勢いで歩いていると、突然アリスの周囲が薄暗くなった。日が暮れた訳でない事はすぐに分かった。
目の前に、ストライプ柄の巨大な獣が現れたからだ。
獣は立ち止まったアリスの前の立ち塞がり、その狂暴で凶悪な顔面をアリスの眼前に晒した。
「グゥルルルルル……」
「アナタ……虎さん?」
アリスの前に現れたのは、強靭な四肢で巨躯を支え、大剣の如き牙を剥き出しにした猛獣。
通常の5倍はあろうかと言う巨大な虎だった。
虎は明らかな敵意を持って、アリスを睨みつける。
「そんなに怖い顔しないで……」
「ガァアアアアアア!」
アリスが柔和な笑みを浮かべて手を伸ばすと、虎は唸り声を上げながら二本の後ろ脚で立ち上がった。
唯でさえ巨大な虎は、立ち上がる事で更にアリスとの体格の差を明確にした。
「グゥルアァアアアアアア!」
遥か上空からアリスを威嚇する巨大虎。今まで出会った全ての人間は、これだけで萎縮し、楽々と仕留められた。当然今回もそのはず……だった。
「そう……アナタ、私の事を知らないの……」
虎の放った怒気が、突風に吹き飛ばされたかのように一瞬で消え失せた。いや、何か別の力で掻き消されたかのようだった。
そう、巨大虎は知らなかった。目の前の少女が、この地上でも最凶の力を持つ者だとは……。
「仕方ないわね……アナタも私達に近い存在だけど、元々地上で産まれたのでしょう? 父様の事ならいざ知らず、我が国の住人以外が私の事を知っているなんて、そっちの方が珍しいものね」
アリスの銀の瞳が、徐々に輝きを失い黒ずんでいく。
そんなアリスの瞳を見詰めながら虎は確信した。アリスの己の力量の差と、自らの死を……。
「せっかくの機会だから、覚えておくと良いわ。いずれアナタの主になる者の顔を……」
「グ……ァアア……」
巨大虎は全てを悟り、静かに前足を下ろすと、アリスの前で体を伏せた。完全なる屈服と、絶対の服従を現すために。
「ふふ……素直な子。良いのよ、私は何とも思ってないんだから」
アリスは手を伸ばすと、虎の頭を優しく撫でる。その瞳は、何時の間にか元の銀色に戻っていた。
撫でられた巨大虎は、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らす。
「そうだ、アナタに一つお願いがあるの。聞いて貰える?」
巨大虎の精神に直接話しかけるアリス。
どんな頼みごとでも、巨大虎の答えは一つだった。