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アリスの仕事2

「はぁ~~~」


 深い溜息を付いたアリスは、玉座に設置された水晶玉に手をかざし、魔力を注ぎ込む。すると、水晶玉の中に城内の映像が映し出された。


 それは、城門を超えた先にある巨大な廊下。そこで繰り広げられる、九つの首を持つ巨大蛇ヒドラと人間達の戦闘シーンだった。


「良いな~楽しそうで……」


 アリスは水晶玉の覗きながら、再び溜息を付く。


 廊下は既に人間達の血で真っ赤に染まり、原形を留めない肉塊で埋め尽くされていた。


 アリスの予想通り、人間達はヒドラ一体に全滅させられそうだ。


「しっかし人間も好きよね~無駄な努力ってやつが。しかも、馬鹿正直に正面から乗り込むなんて……ん?」


 人間達が残り十数人まで数を減らした所で、アリスは一人の剣士に目を向けた。


 その剣士は、他の人間達よりも明らかに動きの質が違った。実力的に頭一つ抜けていると見て間違いない。バスタードソードを自在に操り、劣勢ながらも確実にヒドラに傷を負わせている。


 年の頃は十代後半から二十代前半と言った所か。長身で整った目鼻立ちをした、なかなかの美形だ。白銀の鎧に純白のマント羽織った立ち姿は、由緒ある家柄である事を思わせる。


「ふ~ん、こんな人間も居るのね」


 ゼリムも事ある毎に言っていた。人間の中にも侮れない者が居ると。


 それでも、彼がアリスの前まで辿り着く事は無いだろう。既にヒドラの毒によって、体が麻痺し始めている。出血も酷い。


 アリスは剣士をジッと見詰め、ポツリと呟いた。


「ヒドラの相手で終わらせるのは、勿体無いな……」


 呟きと同時に、アリスの脳内に良からぬ知恵が働きだす。


 部屋を出てはいけないのなら、出なければ良い。出ない代わりに、欲しい物を部屋の中に招き入れれば良いのだ。


 アリスは水晶玉に両手を掲げると、更なる魔力を込めた。


「人間一人くらいなら、私にだって……」


 アリスの両手が黒い炎に覆われると、炎は水晶玉を通して剣士の体に絡みつく。


「な、何だぁ!!」


 突然、黒炎に覆われた剣士は、炎を振り解こうともがく。だが炎は一向に消えず、ますます剣士の体に纏わりつく。しかし、不思議なことに一切の熱を感じない。


「魔送転身!」


 アリスが黒炎に念を込めると、剣士の体が仲間達の目の前から瞬時に消えうせ、次の瞬間には、アリスの目の前に現れた。


「何だ! 一体何が!?」


 突如、見慣れぬ風景に囲まれ、動揺を隠せない剣士。気付けば、全身を覆っていた黒炎も消えていた。


「いらっしゃい、剣士さん」


 警戒心露な剣士にアリスが優しく微笑みかける。


「き、君は?」


「私? 私はアリ……じゃなかった、ヴェルナスよ」


 微笑みながら答えるアリスに剣士は目を見張った。自らに起こった現象と、目の前の少女が発した言葉。混乱しそうな脳内を、必死に整理する。


「き、キサマが……キサマが魔王ヴェルナスか!」


「ま、一応ね」


 半信半疑ながらも、剣士はバスタードソードの切っ先をアリスに向ける。


「トレル王の為、世界の為、貴様の命貰い受ける!」


 言うが早いか、剣士はアリスに向かって鋭い突きを繰り出す。


 しかし……。


「せっかちね~」


 闘気を纏った剣士の突きを、アリスは指先で軽々と受け止める。


 そのありえない光景に、剣士はようやくアリスが人の類で無い事を確信できた。


「おのれぇ!」


「久しぶりに遊べるんだから、少しは耐えてよね」


 斬りかかろうとする剣士に向かって、アリスはウィンクと同時に掌から魔力を放出する。


 アリスにすれば虫を払う程度の所作でありながら、直撃した剣士は一瞬で10m以上吹き飛ばされてしまった。


「がはっ!」


 背中を石畳に打ちつけ、苦悶する剣士。彼は愛剣を杖代わりに、何とか立ち上がる。だが気付いてしまった。二つの攻防で、己に勝ち目が無い事を。


 両足が震え、額に汗がにじむ。微笑みながら歩み寄るアリスを、剣士は見詰める事しかできない。


「あ、そーいえば」


 後一歩で剣士を射程に捕らえようと言うところで、アリスは何かを思い出したかのように立ち止まった。


「ねぇねぇ、さっき言ってたトレル王って誰?」


「惚けるな! 貴様の呪いによってトレル王は生死の境を彷徨って居られるのだぞ!」


「呪い?」


 アリスは高すぎる天井を見上げ、記憶を探る。しかし、自分が誰かを呪った記憶が無い。


 そもそも呪術はアリスの最も苦手とする所。父のヴェルナスによる物かとも考えたが、術者が死んだ後まで残るような呪いを、わざわざ人間の王如きに掛けるとも思えなかった。


 配下の者がやったのか? それならば、律儀なゼリムが逐一報告をしてくるはずだ。


「ねぇ、それってどんな呪い?」


「だまれ! 魔族の戯言など聞く耳持たん!」


「……あっ、そ」


 決死の覚悟で斬りかかる剣士に、アリスの表情から微笑が消えた。


 アリスは右手を掲げると、振り下ろされたバスタードソード素手で鷲掴みにする。


「だったら、もう訊かない」


「なっ!?」


 アリスが右手を握り込むと、鋼のバスタードソードが意とも簡単に握り潰された。更にアリスの瞳が、煌びやかな銀色から血のような赤色に変わる。


「ちょっと眠っててくれる?」


「ぐっ……あぁぁあぁぁぁ」


 剣士の視線が、アリスの赤い瞳に引き込まれる。やがて剣士の視界が真紅に染まり、何とか繋ぎ止めていた戦意すら、アリスの瞳の中に吸い込まれていった。


「お休みなさい」


アリスの瞳が銀色に戻ると、剣士は糸の切れたマリオネットのようにドサリと倒れこむ。


「ついでに怪我も治しておいてあげたわ、アナタには少し働いて貰わないといけないからね」


 剣士を見下ろしたアリスは、イタズラっぽい笑みを浮かべた。

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