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次期魔王と女王

「ふぁあ~~~~~……」


 アリスは押し殺す気もなく、部屋中に響く程の盛大な欠伸をした。


「暇だなぁ…………」


 アリスがアルバニスの首都トレルから帰還し、すでに三か月が経過していた。


 結局、城を抜け出した事はバレていた。戻った途端にゼリムに捕まり、丸三日間の説教。その後は玉座の間に押し込まれ、完全に監禁された状態。


 アリスも自分が悪いという自覚はある。だが、いい加減許してくれても良いのではないだろうか……。


 アリスは玉座にだらしなく腰掛け、不満を表すかのように両足をブラブラとさせた。


「コリーナに……会いたいなぁ……」


 どんな顔で?


 自らの指摘で我に返る。自分がした事は間違っていない。魔族として、次期魔王として、決して自らの立場を裏切るような真似はしていない。


 しかし、それはあくまでも自分の、魔族側の理屈。そこにコリーナの思いは関係ない。


 自分は父親の仇であり、間接的に母親の仇でもあるのだ。


「はぁ~~~~……」


 アリスは玉座に身を沈め、湧き上がる脱力感に身を任せた。


「アリス様、いかがいたしました?」


 羽をはやした黒猫キューイルが、心配そうに声を掛けてきた。


「別にぃ~~……何でもない……」


 何でもない筈は無いだろうと思うが、キューイルもアリスの扱いは心得ている。これ以上言っても無駄と、話を切り替える事にした。


「お遣いが完了いたしました」


「ごくろーさま~。それにしても随分と時間が掛かったじゃない、頼んでから一週間以上は経ってる」


「送り届けるまではとっくの昔に終わっていたのですがね、アリス様の魔力の痕跡を消すのに少々手間取りまして」


「別に残しておけば良いのに……」


「そうは参りません。アリス様の魔力を残して置いたら、どんな災厄が生まれる事か……」


「災厄ねぇ……」


 キューイルは隠匿を得意としている。


 それは自分自身だけではなく、今回で言えばアルバニスに残してきたアリスの残留魔力等を消す事も可能だ。


 アリスがトレル王と争っている時、コリーナ達以外が寝所にやってこなかったのも、キューイルの能力のお陰。


 それはアリスの指示であり、本当ならばコリーナ達に気付かれずに終わらせる事も出来た。


 だが、そうしなかったのもアリスの指示。トレル王が自ら結界を解除しなければ、アリスが内側から破壊していただろう。


 そうする事が必要な気がした。コリーナの為にも、自分の為にも……。


「ヴェルナス様、参謀長ゼリム。入ります」


 扉の外から、生真面目な声が聞こえてくる。


 玉座の前までやって来たゼリムは、アリスの姿を見て頭を抱えた。


「ヴェルナス様、威厳を持てとは申しませんが……せめてもう少し普通に腰かけられませんか? そこは一応玉座ですので……」


「ゼリムが私の事をアリスって呼んでくれたら、考えてあげる」


 アリスがゼリムを見ずにそう言った。


「またその様な我が侭を……」


「自分の名前で呼べってだけでしょ! どこが我が侭なの!?」


「ですから、それは……」


 ゼリムは自分の名を呼んでくれない。配下の者も「様」付けだ。もう誰も、自分の事をアリスとは呼んでくれない。


 アリスは更に落ち込み、溶けたスライムの様に玉座に体を沈みこませた。


「そう言えばヴェルナス様……」


「ア・リ・ス!」


「ア……ヴェルナス様、最近は魔魂恵身で作られた分身体を見掛けませんが……」


「私が閉じ込められているのに、代役なんて必要ないでしょ?」


「確かに、それでは処分されたのですね」


「……返した」


「返した?」


 聞き間違えかと思い、ゼリムが聞き返す。


「返したとは……」


「だから、術も使役も解いてヒトの国に送り返したの」


「……はぁ、なぜそのような手間を?」


「私のオモチャをどうしようが私の勝手でしょ!」


「それはごもっともですが……確か元の人間はかなりの腕を持つ剣士、殺しておいた方が良かったかと」


「私があのレベルに苦戦するとでも?」


「いえ、しかし人間は成長します。次に会う時はどうなっているか……」


「何度来たって同じ事よ」


 アリスは、フンッと鼻を鳴らして腕組みをする。


「何? ゼリムは私をバカにしに来た訳?」


「そのようなつもりは……そうそう、ヴェルナス様への定時報告に参りました」


 ゼリムは手にした羊皮紙を広げた。


「本日も人間の侵略行為は無し。コレでほぼ三か月間、ラジアルを訪れた人間は居なかった事になります」


「あっそ、結構な事じゃない」


「はい、お陰で部隊編成も余裕がありますし、魔界からの兵の補充も最小限で済みます。何時人間どもがやってきても、万全の態勢で迎え撃てるでしょう」


「迎え撃つ……か」


 アリスは、コリーナが敵討ちの為に国を挙げて攻めてくる可能性も考えた。


 しかしゼリムの報告通り、この地に攻めてくる事も無ければ、諜報部隊からそんな噂すら聞かない。


 出来れば来ないで欲しい。アリスは、もうアルバニスの兵に手を上げたくはなかった。


「そうそう、もう一つ報告がございます」


 ゼリムが羊皮紙に挟まれた、一通の封筒を取り出した。


「これはヴェルナス様ではなく、アリス様宛の手紙です。使い魔で運ばれた物ですが、罠等が無い事は確認しております」


「手紙ぃ~? 私に手紙を出すなんて、随分風変わりな魔族ね」


「それが……」


 アリスは封筒を受け取り裏返す。


 そこには『アルバニス女王コリーナ』の書名があった。


「コリーナ……」


 アリスは逸る気持ちを押さえながら、手ごろなナイフを探す。素手で雑に開けたくなかった。


 取り出した便せんには、丁寧で美しい文字が理路整然と並んでいた。


 アリスは食入る様に手紙を読む。


「…………」


「ヴェルナス様、如何なさいました?」


 手紙を持ったまま固まるアリス。


 やがて手紙を持つ手がプルプルと震えだすと、満面の笑みでゼリムに詰め寄る。


「ゼリム! アレ! アレを用意して!」


「アレと言われましても……」


「ほらアレ! 私の誕生日に母様がプレゼントしてくれたドレス!」


「はぁ、それは勿論大切に保管していますが……あのドレスは大事な時にしか着ないと……」


「だから、その大事な時がきたの!」


 ゼリムはキューイルと顔を見合わせ、首を傾げる。


「ヴェルナス様、一体どうされたのですか?」


「お出かけよお出かけ! 魔王ヴェルナスじゃなくて次期魔王アリスとしてね!」


 アリスは玉座の上で飛び跳ね、手紙を胸に抱きしめる。


 アリスは、まだ人間の事が分からない。


 ただ何となく、コリーナがどんな思いで手紙をしたためたのか、その思いは感じ取れた気がした。


「お土産も必要よね。ゼリム! 以前魔界から送って来たお菓子! アレを箱詰めにしといて! 丁寧にね!」


 それからアリスは何度も手紙を読み返し、その度に胸を躍らせた。


 優しく穏やかな、彼女の笑顔を思い出しながら。

 ご覧頂きありがとうございました。


 表現の稚拙さは別にして、自分としては割と王道の展開だったかなぁと思ってます。


 結構前に途中まで書いた物だったんですが、一番不思議だったのが「何でこんなネーミングにしたんだろう?」と言う事でした。


 人名にしろ地名にしろ、さっぱり分からない。


 当時はちゃんと意味があってこの名にしたはずですが、全然覚えていない……。


 意味を覚えていたら、もっと別の終わり方をしていたのかな?


 やっぱり、書き始めたら最後まで書ききるべきだなぁと感じました。


 そんな作品に長々とお付き合い頂きました皆様に、改めて感謝を。


 ありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

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