表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/27

決着

「お、お父様……」


 コリーナが震える体を懸命に抑え、異形となった王を見上げる。


「まさか……まさか……」


「そやつの言う通りよ」


 コリーナが言葉を失う。もう頭の中は真面に思考出来ないほど混乱していた。


「お前達母娘がいる限り、民は誰も我を見ようとはせん! 我には力がある! アルバニスの血にも負けぬ力が! なのに……あ奴は…お前の母は言った! 内政に尽力せよと! 戦いは自分に任せろと! 有り得ぬ! 有り得ぬ侮辱だ!」


 トレル王が感情を露わにすると、その体が更に膨張を始める。


「だから言ってやったのよ! もうすぐ魔王軍の侵攻が始まると! このままではアルバニスは陥落すると! フェイガルと口裏を合わせたらスグに信用しおった! そして彼の地ラジアルに向かい、奴は死んだ! 最後まで……最後まで奴は我の武を頼ろうとはしなかった!」


 最早その姿は人の原型を留めていなかった。トレル王は一体の魔人となって、激しく咆哮する。


「見るが良い! 我とフェイガル、そしてピューターの研究により更に強大となったこの力を! 木っ端な魔族など、我の一撃で……」


「興味無い」


 アリスが手にした魔剣を一閃する。


 魔剣はトレルの持つ巨大剣と共に、その巨木の様な腕を同時に切断した。


「グォオオオオオオ!!!」


 剣先と片腕が同時に宙を舞い、トレルが苦悶の表情で叫ぶ。


「アナタがどれだけ強くなろうが、私達には遠く及ばない」


「き、貴様……貴様は何者だぁ!」


「しつこいなぁ……良いよ、教えてあげる」


 アリスが宙に浮かび魔剣を掲げる。その背後には、闇に隠れていたはずの満月が浮かんでいた。


「私はアリス、次期魔王としてヴェルナスを継ぐ者」


「次期魔王だと……」


「そ、もう諦めはついた?」


 トレルは漸く気付く。己の相対していた存在が、どれほど強大だったのかを。


「アナタなら良いアンデッドになれるかもしれないけど、私に殺された者は未来永劫地獄で苦しみ、輪廻転生の流れからも外される。安心して罪を償い続けると良いわ」


「う……うぅ……」


「さよなら」


 アリスは掲げた魔剣に力を込め、垂直に振り下ろす。


「止めて!」


 その甲高い声が、アリスの腕を止めた。


「お願いアリス! もう止めて!」


 瞼を泣き腫らしたコリーナが、アリスの前に立ち塞がった。


「コリーナ……」


「お願い! お父様の罪は私も一緒に背負います! だから……だから許してください!」


 まただ……。


 それはピューターの時と同じ。泣きながら他者の命を懇願するコリーナの姿が、アリスには理解できなかった。


 自分を殺そうとしている相手なのに……。


「おぉ……コリーナ……我が娘よ……」


 トレルが震える手でコリーナの肩を掴む。


「お父様……」


「ありがとうコリーナ……よくぞ……よくぞ……」


 トレルの巨大な手が、コリーナを鷲掴みにした。


「よくぞその身を差し出しに来てくれたなぁ!」


 トレルが掴んだ愛娘を、アリスに向かい投げつけた。


「きゃぁ!」


 アリスは魔剣を手放し、飛んできたコリーナを受け止める。


「死ね! 諸共に!」


 トレルが折れた巨大剣を振りかざした。


「さらばだ魔王よ! アルバニスの血よ!」


「くだらない……」


 瞬間、トレルが巨大剣を振りかざしたまま硬直する。


 トレルは、自身に向けられたその赤黒い瞳から目を逸らせなかった。


「そんな矮小な力を得るために、何とも無駄な努力をしてきたものね」


 アリスが片手をトレルに向ける。


「が……がぁ……」


 アリスが突き出した手を捻ると、トレルの巨体が不自然に捩じれていく。


「大人しくしていれば、まだ楽に死ねたのにね」


「がぁあ……ぐがぁああああ!」


 トレルの体が雑巾を絞る様に捩じれ、絶叫が木霊する。


「お父様!」


 アリスに抱かれたコリーナが後ろを振り向こうとする。アリスはそれを遮る様に、片手でコリーナの目を覆い、自らの胸に圧しつけた。


「アリス! 何を!」


「コリーナ、ココから先は見なくて良い。けど受け入れなさい。それが王を継ぐ者の使命よ……」


「アリス……」


「ぐがぁあああああああ!」


 体の捩じれが一周する頃、全身の骨が砕ける音と共に皮膚が裂け、噴水の様に鮮血を撒き散らし始めた。


「ぎゃぁがぁああああああ!」


「お……父様……お父様ぁ……」


「今度こそ、本当にさようなら」


 アリスが全身の魔力を突き出した手に集中させる。


「……ま、魔の者よ……貴様は我を……人間らしくないと……言ったな」


「……それが何?」


 トレルは原型を留めていない顔面で、それでも口角を上げた。


「お、覚えておくが良い……我こそ……我の姿こそ……人間そのものだとなぁ!」


「……あっそ」


 アリスが突き出した手を握り込む。


 トレルの捩じれた体が一瞬で元に戻り、瞬時に逆方向へと捩じれた。


 急激な変化に耐えられず、トレルの全身から鈍い音が響く。


「ぐがふっ!!!」


 トレルの体が一本の肉柱と化す。やがて肉柱となったトレルはその鼓動を止め、ただの肉塊へと成り果てた。


「魔族に生まれていたら、結構優秀だったかもね」


 アリスはトレルの体が崩れ落ちる様を見送った後、コリーナを離す。


 コリーナは振り返らない。自分の父親が、どうなっているかは分かっている。


 それを目の前の魔族がした事も、父親自身がしてきた事も。


 コリーナは言い様の無い感情で、全身を震わせていた。


「コリーナ……」


「何で……何でこんな事に……」


 コリーナが、両の拳でアリスの胸を叩く。


「何で! 何で! どうして! なんでぇえええ!」


 それが父親の仇である事も忘れ、コリーナはアリスの胸の中で泣いた。


 アリスは空を見上げる。


 何時しか漆黒だった夜空が僅かに赤らみ、満月が地平線に近付いていた。


 もう少しだけ、コリーナが泣き止むまでは夜でいて欲しい。


 アリスは、生まれて初めて月と太陽の神に祈り、そう願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ